◇第百九話◇諦める理由を探してる
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「以上。各自、作戦実行まで、より一層気を引き締めるように。」
エルヴィン団長から、締めの言葉が出たけれど、幹部達の表情が和らぐことはなかった。
いつもならば、会議が終わった途端に、忙しなく席を立つ彼らが、今回ばかりは、まるで冷たい石にでもなったかのように固まって動かない。それどころか、彼らの表情をこわばらせていた筋肉はさらに張りつめ、漂う緊張感は頂点へと達そうとしている。
その理由はただひとつ。毎日のように続いていた会議が、この日、漸く、求めていた結果でまとまったのだ。
エルヴィン団長と、その右腕であるアルミンが、必死に憲兵団と王政を説得してくれたおかげだ。
「ついに、だな…!」
隣に座るハンジさんが、覚悟を決めて呟いた。その声にも、自然と力が入る。
私は声を出すことすらできず、声帯を喉の奥で震わせながら、作戦提案書を握りしめていた。穴が開くほどに凝視する作戦提案書、その提案者としてサインされているのは、私の名前だ。
(ほんとに、ついにだ…。)
地獄というものが実在するのならば、いっそ地獄の方がマシだと思ってしまってしまいそうなほどに、悲惨で残酷な作戦だ。
私は、この作戦にすべてをかけて来た。一度は、父との約束を守る為に諦めかけたけれど、ジャンがここまで繋いでくれた。
今、私の隣にジャンはいないけれど、この作戦を決行できるのは、優秀で頭のキレる補佐官がいたおかげであることは、紛れもない事実だ。
そしてその作戦が、ジャンを地獄よりも悲惨な現実へ突き落すこともまた、紛れもない事実なのだ。
私の身体が震えているのは、武者震いだろうか。
それとも、この世で誰よりも深くジャンを傷つけてしまうのが、自分になってしまうことが怖いからなのだろうか————。
「…!」
作戦提案書を握りしめ震えていた手が、優しい手にそっと包まれて、思わず肩をビクリと揺らした。
それは、ジャンのように大きくはないけれど、マメだらけの厚くなった皮が、今まで力強く仲間を守り続けていたことを物語っている頼りになる手だ。
まだ慣れないけれど、私の婚約者の、手だ。
隣を見れば、リヴァイ兵長と目が合った。
真っ直ぐに私を見つめるだけで、彼は何も言わない。
言葉数が多いわけではない彼の、大丈夫だ、という力強い声が聞こえて来た気がして、私はゆっくりと頷いた。
「さぁ、行きましょうか。僕達、昼間からずっと会議続きで、夕飯もまだですよ。
お腹が空いて倒れそうです。」
モブリットがそう言いながら、立ち上がる。
気を利かせたその声が、永遠に続いてしまいそうだった暗い雰囲気を和らげた。
「本当だぜ。早く行かねぇと、うちの飯泥棒共の腹に全部持って行かれちまうぜ。」
「間違いないな。兵舎の中で野垂れ死にしたくなかったら、急いだほうがいい。」
ゲルガーとナナバが、いつも通りの悪態を吐くから、幹部達からはどっと笑いが起きた。
彼らのおかげで、さらに空気が和んだような気がする。
エルヴィン団長から、明日からの作戦を想定した訓練の為にも早く食事を済ませて寝るようにと指示も出たこともあり、幹部達も続々と席を立ち始めた。
まだ緊張感は残っているせいなのか、少しぎこちなく見えるものの、幹部達は談笑しながら会議室を出て行く。
「俺達も行くぞ。」
リヴァイ兵長に手を引かれて、私も立ち上がった。
会議デスクに広がっている書類をリヴァイ兵長が集めるために、自然に手が離れて、私は気づかれないようにホッと息を吐く。
会議室から出ると、エルヴィン団長がハンジさんとモブリットと話をしていた。
夕飯の時間もとっくに過ぎたこの時間にもなると、会議室前の廊下に調査兵達の姿はほとんどない。
それでも、極秘作戦を漏らすわけにはいかないことを誰よりも分かっている彼らが、会議の内容を話しているとは思えない。
ハンジさんが、鼻の穴を膨らませて、興奮気味に話している姿から察するに、またとんでもない実験でも思いついてしまったのだろう。
必死に彼女をなだめているモブリットのことを、いつものことだとぼんやりと眺めている様子のエルヴィン団長の隣には、呆然としているアルミンがいた。
疲れる会議の後にハンジさんの相手だなんて大変そうだな————そんなことを思いながら、通り過ぎようとしたときだった。
目が合ったアルミンに、呼び止められた。
「なまえさん、リヴァイ兵長!少し、いいですか…!」
急いだ様子で駆けて来たアルミンは、興奮しているハンジさんから逃げて来たというよりは、本当に私達に用があるようだった。
そして、私達の前に立つと、チラチラとリヴァイ兵長のことを見ながらも、言いづらそうにしながら口を開く。
「あの…、ジャンの、ことなんですけど…。」
なんとなく、そんな気はしていたけれど、ジャンの名前が出てくると条件反射みたいにビクッとしてしまう。
「アイツがどうかしたのか。」
「本当に、作戦に参加させないつもりなんですか?」
怒られてしまうとでも思っているのか、アルミンは、不安そうだった。
作戦に参加することで、心の準備をさせてあげることが、ジャンのためだと思っているのだろう。
もしかしたら、アルミンが、そうやって、自分の心に折り合いをつけているのかもしれない。
「あぁ、復帰してからの訓練も問題なくこなしてはいるようだが
アレだけの大怪我の後だ。まだ本調子じゃねぇアイツを作戦に参加させて、
大事な戦力を失うのは、得策じゃねぇ。」
「そう…っ、かも、しれませんが…!
ジャンが、次回の壁外調査に自分は参加できないと知ったら、どう思うか…!
今、ジャンは必死に、自分の居場所を探そうとしているのに…!」
「それは、俺が、アイツの居場所を奪ったとを言ってんのか。」
まさか、リヴァイ兵長がそんなことを言うとは思わなかったから驚いた。
それはもちろん、その言葉を投げられてしまったアルミンもだ。大きな碧い瞳をより一層大きく見開いている。そして、声を落とすみたいに「いえ…。」と小さく呟いて首を横に振った。
「アイツには、明日のうちに所属隊の分隊長であるミケから話があるはずだ。
馬鹿じゃねぇんだ。どうして自分が作戦に参加できないかは理解できるだろう。」
「———補佐官であることは、変わらないんですよね?
今は、完全に復帰するまで待っているだけだって思っていてもいいですよね。」
アルミンの揺れる瞳は、不安そうだった。
でも、語尾が強くなった口調は、補佐官をやめさせないでほしいという強い要望を感じさせた。
「それは———。」
「今回の作戦後、アイツがどう考えるか次第だ。」
返事をしようとした私よりも先に、リヴァイ兵長が伝える。
突き放すような言い方だったかもしれない。
だからなのか、アルミンも何かを言い返そうとしたようだったけれど、すぐに口を閉じてしまった。
リヴァイ兵長の返事に、間違いはないからだ。
今回の作戦遂行後、調査兵団は過酷な状況に陥ると考えられる。それが成功しようが失敗しようが、関係なく、だ。
私が思いついてしまった作戦は、誰も幸せにしないものだ。
それでも、現実を受け入れようとする強いジャンは、どんな覚悟を持って、どんな決断をするのか。
それは、その時にならないと、きっと彼も分からないと思う。
「話が終わったなら、俺達はもう行く。
そろそろこいつを寝かせねぇと、また空を飛びながら寝落ちされちまうからな。」
「もうしません!」
意地悪く口の端を上げたリヴァイ兵長に、私は慌てて否定する。
少しだけ驚いたように目を見開いたアルミンが、小さな声で「したことあるんだ…。」と呟いた声が聞こえた気がしたけれど、聞こえなかったことにする。
残念ながら、それは否定できないのだ。
「———わかりました。
お引止めして、すみませんでした。」
アルミンは、納得できない顔をしていた。
それでも幹部の決定を受け入れて頭を下げた。
エルヴィン団長から、締めの言葉が出たけれど、幹部達の表情が和らぐことはなかった。
いつもならば、会議が終わった途端に、忙しなく席を立つ彼らが、今回ばかりは、まるで冷たい石にでもなったかのように固まって動かない。それどころか、彼らの表情をこわばらせていた筋肉はさらに張りつめ、漂う緊張感は頂点へと達そうとしている。
その理由はただひとつ。毎日のように続いていた会議が、この日、漸く、求めていた結果でまとまったのだ。
エルヴィン団長と、その右腕であるアルミンが、必死に憲兵団と王政を説得してくれたおかげだ。
「ついに、だな…!」
隣に座るハンジさんが、覚悟を決めて呟いた。その声にも、自然と力が入る。
私は声を出すことすらできず、声帯を喉の奥で震わせながら、作戦提案書を握りしめていた。穴が開くほどに凝視する作戦提案書、その提案者としてサインされているのは、私の名前だ。
(ほんとに、ついにだ…。)
地獄というものが実在するのならば、いっそ地獄の方がマシだと思ってしまってしまいそうなほどに、悲惨で残酷な作戦だ。
私は、この作戦にすべてをかけて来た。一度は、父との約束を守る為に諦めかけたけれど、ジャンがここまで繋いでくれた。
今、私の隣にジャンはいないけれど、この作戦を決行できるのは、優秀で頭のキレる補佐官がいたおかげであることは、紛れもない事実だ。
そしてその作戦が、ジャンを地獄よりも悲惨な現実へ突き落すこともまた、紛れもない事実なのだ。
私の身体が震えているのは、武者震いだろうか。
それとも、この世で誰よりも深くジャンを傷つけてしまうのが、自分になってしまうことが怖いからなのだろうか————。
「…!」
作戦提案書を握りしめ震えていた手が、優しい手にそっと包まれて、思わず肩をビクリと揺らした。
それは、ジャンのように大きくはないけれど、マメだらけの厚くなった皮が、今まで力強く仲間を守り続けていたことを物語っている頼りになる手だ。
まだ慣れないけれど、私の婚約者の、手だ。
隣を見れば、リヴァイ兵長と目が合った。
真っ直ぐに私を見つめるだけで、彼は何も言わない。
言葉数が多いわけではない彼の、大丈夫だ、という力強い声が聞こえて来た気がして、私はゆっくりと頷いた。
「さぁ、行きましょうか。僕達、昼間からずっと会議続きで、夕飯もまだですよ。
お腹が空いて倒れそうです。」
モブリットがそう言いながら、立ち上がる。
気を利かせたその声が、永遠に続いてしまいそうだった暗い雰囲気を和らげた。
「本当だぜ。早く行かねぇと、うちの飯泥棒共の腹に全部持って行かれちまうぜ。」
「間違いないな。兵舎の中で野垂れ死にしたくなかったら、急いだほうがいい。」
ゲルガーとナナバが、いつも通りの悪態を吐くから、幹部達からはどっと笑いが起きた。
彼らのおかげで、さらに空気が和んだような気がする。
エルヴィン団長から、明日からの作戦を想定した訓練の為にも早く食事を済ませて寝るようにと指示も出たこともあり、幹部達も続々と席を立ち始めた。
まだ緊張感は残っているせいなのか、少しぎこちなく見えるものの、幹部達は談笑しながら会議室を出て行く。
「俺達も行くぞ。」
リヴァイ兵長に手を引かれて、私も立ち上がった。
会議デスクに広がっている書類をリヴァイ兵長が集めるために、自然に手が離れて、私は気づかれないようにホッと息を吐く。
会議室から出ると、エルヴィン団長がハンジさんとモブリットと話をしていた。
夕飯の時間もとっくに過ぎたこの時間にもなると、会議室前の廊下に調査兵達の姿はほとんどない。
それでも、極秘作戦を漏らすわけにはいかないことを誰よりも分かっている彼らが、会議の内容を話しているとは思えない。
ハンジさんが、鼻の穴を膨らませて、興奮気味に話している姿から察するに、またとんでもない実験でも思いついてしまったのだろう。
必死に彼女をなだめているモブリットのことを、いつものことだとぼんやりと眺めている様子のエルヴィン団長の隣には、呆然としているアルミンがいた。
疲れる会議の後にハンジさんの相手だなんて大変そうだな————そんなことを思いながら、通り過ぎようとしたときだった。
目が合ったアルミンに、呼び止められた。
「なまえさん、リヴァイ兵長!少し、いいですか…!」
急いだ様子で駆けて来たアルミンは、興奮しているハンジさんから逃げて来たというよりは、本当に私達に用があるようだった。
そして、私達の前に立つと、チラチラとリヴァイ兵長のことを見ながらも、言いづらそうにしながら口を開く。
「あの…、ジャンの、ことなんですけど…。」
なんとなく、そんな気はしていたけれど、ジャンの名前が出てくると条件反射みたいにビクッとしてしまう。
「アイツがどうかしたのか。」
「本当に、作戦に参加させないつもりなんですか?」
怒られてしまうとでも思っているのか、アルミンは、不安そうだった。
作戦に参加することで、心の準備をさせてあげることが、ジャンのためだと思っているのだろう。
もしかしたら、アルミンが、そうやって、自分の心に折り合いをつけているのかもしれない。
「あぁ、復帰してからの訓練も問題なくこなしてはいるようだが
アレだけの大怪我の後だ。まだ本調子じゃねぇアイツを作戦に参加させて、
大事な戦力を失うのは、得策じゃねぇ。」
「そう…っ、かも、しれませんが…!
ジャンが、次回の壁外調査に自分は参加できないと知ったら、どう思うか…!
今、ジャンは必死に、自分の居場所を探そうとしているのに…!」
「それは、俺が、アイツの居場所を奪ったとを言ってんのか。」
まさか、リヴァイ兵長がそんなことを言うとは思わなかったから驚いた。
それはもちろん、その言葉を投げられてしまったアルミンもだ。大きな碧い瞳をより一層大きく見開いている。そして、声を落とすみたいに「いえ…。」と小さく呟いて首を横に振った。
「アイツには、明日のうちに所属隊の分隊長であるミケから話があるはずだ。
馬鹿じゃねぇんだ。どうして自分が作戦に参加できないかは理解できるだろう。」
「———補佐官であることは、変わらないんですよね?
今は、完全に復帰するまで待っているだけだって思っていてもいいですよね。」
アルミンの揺れる瞳は、不安そうだった。
でも、語尾が強くなった口調は、補佐官をやめさせないでほしいという強い要望を感じさせた。
「それは———。」
「今回の作戦後、アイツがどう考えるか次第だ。」
返事をしようとした私よりも先に、リヴァイ兵長が伝える。
突き放すような言い方だったかもしれない。
だからなのか、アルミンも何かを言い返そうとしたようだったけれど、すぐに口を閉じてしまった。
リヴァイ兵長の返事に、間違いはないからだ。
今回の作戦遂行後、調査兵団は過酷な状況に陥ると考えられる。それが成功しようが失敗しようが、関係なく、だ。
私が思いついてしまった作戦は、誰も幸せにしないものだ。
それでも、現実を受け入れようとする強いジャンは、どんな覚悟を持って、どんな決断をするのか。
それは、その時にならないと、きっと彼も分からないと思う。
「話が終わったなら、俺達はもう行く。
そろそろこいつを寝かせねぇと、また空を飛びながら寝落ちされちまうからな。」
「もうしません!」
意地悪く口の端を上げたリヴァイ兵長に、私は慌てて否定する。
少しだけ驚いたように目を見開いたアルミンが、小さな声で「したことあるんだ…。」と呟いた声が聞こえた気がしたけれど、聞こえなかったことにする。
残念ながら、それは否定できないのだ。
「———わかりました。
お引止めして、すみませんでした。」
アルミンは、納得できない顔をしていた。
それでも幹部の決定を受け入れて頭を下げた。