◇第百七話◇君のいない空っぽの世界で
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額に浮かぶ汗を拭いながら、ジャンはソファに腰を降ろした。
昨晩は、フレイヤが帰ってから必死に書類を捌き続け、真夜中を過ぎてやっと仕事が終わった。
ベッドに入った時には気絶するように眠ってしまうくらいに疲れていたというのに、いつも通りに目が覚めてしまったのは、今までは起こしてやらないといけない相手がいたからなのかもしれない。
二度寝しても良かったが、せっかくの兵団全体が非番になる調整日だ。
眠ってしまうのは勿体ない気がして身体を起こしたのはいいものの、出掛ける予定もなければ、そんな気も起きない。
結局、暇すぎて、部屋の掃除をして時間を潰すことしか思いつかないなんてリヴァイのようだと、思い出してしまった恋敵の不機嫌な顔に、さらに憂鬱な気分になる。
(なかなか綺麗になったな。)
ピカピカに磨き上げられた床や壁を眺めながら、自分自身を褒めてみた。
残念ながら、虚しくなっただけだった。
心地の良い朝の風に吹かれてカーテンが揺れている。
窓から射し込む太陽の眩しい光が、ソファに座るジャンを照らす。
『ん~、眩しいよ、ジャン…。カーテン閉めてぇ…。』
ベッドの方から、聞こえてくるはずのない間抜けな寝惚け声が届く。
その声につられて、ベッドを見れば、いるはずのない眠り姫の姿が、淡く柔らかい光に包まれて、それでもハッキリと見えた。
そこには、夢の世界をまるで自分のもののように過ごしている贅沢な男の後姿まである。
『いつまで寝てんすか。休みだからって昼まで寝るなって。』
贅沢な男が乱暴にシーツを剥がすと、眠り姫から情けない悲鳴が上がる。
太陽の光が相当ツライようで、悲鳴を上げたままシーツの中に逃げ込もうとするも、奪われたシーツに隠れることは出来ない。それでも、ベッドに突っ伏して頑なに寝ようとする眠り姫をなんとかたたき起こして、顔を洗って着替えるように指示を出す。
贅沢な男が、なんだか母親のように見えてしまって、ジャンからは思わず失笑が漏れた。
『いい加減にしてくださいよ。部屋中、アンタの抜け殻だらけじゃねぇか。』
脱ぎながら歩く眠り姫の後ろを、脱ぎ捨てられた服を拾いながら贅沢な男が追いかける。
一体いつになったら自分のことを自分で出来るようになるのかと呆れながら叱るあの男が、今はすごく羨ましい。
なまえが伸ばしたかもしれなかった手を離して、突き放したのは自分なのに、今さら何を考えているのだろう。
「掃除も、終わっちまったな…。」
何しようかな――。
ジャンは、ソファの背にもたれかかって、古びた天井を見上げながら呟く。
今までは、どうやって過ごしていただろう———思い出す必要もないほどに、鮮やかに蘇ってくる。
忘れるわけが、ないのだ。
『せっかくの非番なんすから、デート行きますよ。』
『えー、やだよ。せっかくの非番なんだから、いっぱいしたいことあるの。
本読んだり、お昼寝したり、本読んだり、お昼寝したり、本読んだり!
あとは寝たい!』
『本読んで寝てるだけじゃねぇーか。いつもと変わらねぇよ。』
『質が違う!』
『はいはい。いいから行きますよ。美味い飯屋が出来たってライナーから聞いたんすよ。』
『いーーーーやーーーーーーー!!』
非番が重なる度に繰り返されていたくだらない言い争いだ。
それでも、いつだってなまえは、ジャンに合わせてくれて、トロスト区の街に一緒に出掛けることになるのだ。それが、すごく嬉しくて、だらだら歩き回るだけで、すごく楽しかった。
なまえが隣にいるだけで、飽きるほどに見慣れた街の全てが眩しく光って見えたのだ。
全く興味のない本屋でさえ、なまえがキラキラと瞳を輝かせるから、遊園地のようだった。
一緒に本を選んで欲しいとなまえに言われたことはない。
でもいつも、一緒に本を選んでいたのは、本の裏表紙に書いてあるあらすじを読んでは、適当に結末を勝手に作って話して聞かせると、なまえが腹を抱えて笑ってくれるのが嬉しかったからだ。
本は好きではないけれど、なまえと一緒に行った本屋は大好きだった。
「あ~…。」
無駄に、声を出した。
この感情を何と呼べばいいかは分からない。けれど、自分の身体の中に留めておくのは、健康上悪い気がする。
でも結局、無駄に漏れた声くらいでは、身体中を重たくしているこの感情を薄くすることなんて出来ない。
ため息をつきながら、ソファに手をつく。
そしてジャンは、バランスが悪くなって傾いた身体で、ソファの右と左で沈み込む深さが違うことに気が付く。
なぜだろうか———そう思いながら、ソファについた手を離すと、片方だけ座面が凹んでいた。
それは、いつもなまえが寝転んでいた場所だった。
デートから帰ってくると、なまえは必ず、ソファに横になって、買ってきたばかりの本を読むのだ。
行儀が悪いし、きちんと座って本を読むように言ったって、既に本の世界に夢中のなまえは、話半分で頷くばかりだった。そして、気が付いた時にはもう、ソファの下に新しい本を落として、本人も寝落ちしているのだ。
幸せそうな寝顔を思い出しながら、彼女は、本の世界に入ることではなくて、本を読みながら眠ってしまうのが気持ちよくて好きだったのかもしれないと今更気づく。
あながち、間違っていないはずだ。
(嫌になるな。)
何処を見ても、何をしていても、なまえと過ごした日々を思い出してしまう。
そして、その度に胸が苦しくなって、心が悲鳴を上げるのだ。
会いたい。会いたい。廊下ですれ違っても、目を逸らして逃げてしまうくせに、会いたいと何度も願ってしまう。
彼女はきっともう、違うのに————。
昨晩は、フレイヤが帰ってから必死に書類を捌き続け、真夜中を過ぎてやっと仕事が終わった。
ベッドに入った時には気絶するように眠ってしまうくらいに疲れていたというのに、いつも通りに目が覚めてしまったのは、今までは起こしてやらないといけない相手がいたからなのかもしれない。
二度寝しても良かったが、せっかくの兵団全体が非番になる調整日だ。
眠ってしまうのは勿体ない気がして身体を起こしたのはいいものの、出掛ける予定もなければ、そんな気も起きない。
結局、暇すぎて、部屋の掃除をして時間を潰すことしか思いつかないなんてリヴァイのようだと、思い出してしまった恋敵の不機嫌な顔に、さらに憂鬱な気分になる。
(なかなか綺麗になったな。)
ピカピカに磨き上げられた床や壁を眺めながら、自分自身を褒めてみた。
残念ながら、虚しくなっただけだった。
心地の良い朝の風に吹かれてカーテンが揺れている。
窓から射し込む太陽の眩しい光が、ソファに座るジャンを照らす。
『ん~、眩しいよ、ジャン…。カーテン閉めてぇ…。』
ベッドの方から、聞こえてくるはずのない間抜けな寝惚け声が届く。
その声につられて、ベッドを見れば、いるはずのない眠り姫の姿が、淡く柔らかい光に包まれて、それでもハッキリと見えた。
そこには、夢の世界をまるで自分のもののように過ごしている贅沢な男の後姿まである。
『いつまで寝てんすか。休みだからって昼まで寝るなって。』
贅沢な男が乱暴にシーツを剥がすと、眠り姫から情けない悲鳴が上がる。
太陽の光が相当ツライようで、悲鳴を上げたままシーツの中に逃げ込もうとするも、奪われたシーツに隠れることは出来ない。それでも、ベッドに突っ伏して頑なに寝ようとする眠り姫をなんとかたたき起こして、顔を洗って着替えるように指示を出す。
贅沢な男が、なんだか母親のように見えてしまって、ジャンからは思わず失笑が漏れた。
『いい加減にしてくださいよ。部屋中、アンタの抜け殻だらけじゃねぇか。』
脱ぎながら歩く眠り姫の後ろを、脱ぎ捨てられた服を拾いながら贅沢な男が追いかける。
一体いつになったら自分のことを自分で出来るようになるのかと呆れながら叱るあの男が、今はすごく羨ましい。
なまえが伸ばしたかもしれなかった手を離して、突き放したのは自分なのに、今さら何を考えているのだろう。
「掃除も、終わっちまったな…。」
何しようかな――。
ジャンは、ソファの背にもたれかかって、古びた天井を見上げながら呟く。
今までは、どうやって過ごしていただろう———思い出す必要もないほどに、鮮やかに蘇ってくる。
忘れるわけが、ないのだ。
『せっかくの非番なんすから、デート行きますよ。』
『えー、やだよ。せっかくの非番なんだから、いっぱいしたいことあるの。
本読んだり、お昼寝したり、本読んだり、お昼寝したり、本読んだり!
あとは寝たい!』
『本読んで寝てるだけじゃねぇーか。いつもと変わらねぇよ。』
『質が違う!』
『はいはい。いいから行きますよ。美味い飯屋が出来たってライナーから聞いたんすよ。』
『いーーーーやーーーーーーー!!』
非番が重なる度に繰り返されていたくだらない言い争いだ。
それでも、いつだってなまえは、ジャンに合わせてくれて、トロスト区の街に一緒に出掛けることになるのだ。それが、すごく嬉しくて、だらだら歩き回るだけで、すごく楽しかった。
なまえが隣にいるだけで、飽きるほどに見慣れた街の全てが眩しく光って見えたのだ。
全く興味のない本屋でさえ、なまえがキラキラと瞳を輝かせるから、遊園地のようだった。
一緒に本を選んで欲しいとなまえに言われたことはない。
でもいつも、一緒に本を選んでいたのは、本の裏表紙に書いてあるあらすじを読んでは、適当に結末を勝手に作って話して聞かせると、なまえが腹を抱えて笑ってくれるのが嬉しかったからだ。
本は好きではないけれど、なまえと一緒に行った本屋は大好きだった。
「あ~…。」
無駄に、声を出した。
この感情を何と呼べばいいかは分からない。けれど、自分の身体の中に留めておくのは、健康上悪い気がする。
でも結局、無駄に漏れた声くらいでは、身体中を重たくしているこの感情を薄くすることなんて出来ない。
ため息をつきながら、ソファに手をつく。
そしてジャンは、バランスが悪くなって傾いた身体で、ソファの右と左で沈み込む深さが違うことに気が付く。
なぜだろうか———そう思いながら、ソファについた手を離すと、片方だけ座面が凹んでいた。
それは、いつもなまえが寝転んでいた場所だった。
デートから帰ってくると、なまえは必ず、ソファに横になって、買ってきたばかりの本を読むのだ。
行儀が悪いし、きちんと座って本を読むように言ったって、既に本の世界に夢中のなまえは、話半分で頷くばかりだった。そして、気が付いた時にはもう、ソファの下に新しい本を落として、本人も寝落ちしているのだ。
幸せそうな寝顔を思い出しながら、彼女は、本の世界に入ることではなくて、本を読みながら眠ってしまうのが気持ちよくて好きだったのかもしれないと今更気づく。
あながち、間違っていないはずだ。
(嫌になるな。)
何処を見ても、何をしていても、なまえと過ごした日々を思い出してしまう。
そして、その度に胸が苦しくなって、心が悲鳴を上げるのだ。
会いたい。会いたい。廊下ですれ違っても、目を逸らして逃げてしまうくせに、会いたいと何度も願ってしまう。
彼女はきっともう、違うのに————。