◇第百二話◇眠り姫が恋をして思い知ったこと
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覚束ない足取りで、なまえはリヴァイのジャケットの裾を握りしめて歩く。
今夜はもう遅いから、部屋の片づけは自分に任せて、なまえは空いてる部屋で寝た方がいいとリヴァイから言われたきり、2人に会話もない。
時々、廊下ですれ違う調査兵達が、何事かという顔で彼らを見ていくが、誰かが声をかけることもなかった。
彼らが、誰も触れてはいけない2人だけの世界にいるようだった。
それは、いつもヘラヘラと笑っている眠り姫が、泣き腫らした瞼を隠す余裕もなく、なんとか必死に涙をこらえて唇を噛んでるせいなのか。それとも、そんな彼女を守る騎士のように、眉間に皴を寄せて怖い顔をして周りを威圧しているリヴァイのせいなのか。
「俺が、着替えを取りに行っても構わねぇが。」
漸く、リヴァイが口を開いたのは、なまえの部屋まであと少しと言うところだった。
なまえも、ジャンを求めるためだけに散らかした悲惨な部屋を思い出す。
苦しさで悲鳴を上げ続ける心が、もう堪えられないと泣き叫びそうだった。思わず立ち止まりかけたけれど、なんとか踏ん張って答える。
「大丈夫です。自分で、取りに行けます。」
消え入りそうな声だった。
それでも、リヴァイはしっかりと耳を傾け、「わかった。」と短く受け入れてくれる。
とても、有難かった。
けれど、これがジャンだったなら———そう思わずにはいられないのだ。
今のなまえに、リヴァイが自分に向ける好意を思い出してやる心の余裕なんてあるわけがなかった。
だから、ジャケットの裾を握りしめていた手を離すと、目の前に見つけた手を握りしめてみる。
一瞬、驚いたようにリヴァイの肩が跳ねたことにも、なまえは気づかない。
そして、ただ自分勝手に、いつものように、大きな手が握り返してくれることを願うのだ。
でも現実は、躊躇いがちに握り返してきたのは、華奢だけれど、皮が厚くなっていて、まめだらけの人類最強の手だ。
「ジャン…っ。」
小さく零したなまえの声に、リヴァイが気づかないわけがない。
でも、彼は何も言わなかったし、握り返した手を緩めることもしなかった。
数か月前まで、何をしていても、これが騎士ならと繰り広げていた楽しい妄想が、いつの間にかすべてジャンになっていて、それは、なまえにとって夢ではなくて、幸せな〝現実〟だったのだ。
それが今では、悲しい現実を思い知る為の悲劇的な方法になってしまった。
部屋の前に辿り着くと、なまえの脚が震えを思い出して動かなくなる。
怖くなったのだ。
この扉を開いて、あの悲惨な部屋を目の当たりにしたら、今度こそ本当に、ジャンに拒絶されてしまった現実を認めなければならなくなる。
それだけは、したくなかった。
いつまでも妄想を、夢を、見続けていたい———。
「大丈夫か?」
扉を睨むように凝視しているなまえの顔を、心配そうにリヴァイが覗き込む。
「…大丈夫です。」
ゆっくりと首を横に振ったなまえは、扉を開けるために、握っていた手を離そうとした。
でも、大丈夫だとでも言うように、リヴァイが強く握り返して、離してはくれない。
それが、有難いのか、ひどく悲しいのか、なまえにももう分からなかった。
それでも、強引に手を離すだけの覚悟もなく、握りしめられたままで、扉を開く。
「あ…。」
無意識に、小さな声が出た。
もしかしたら、ジャンが戻ってきてくれているかもしれない。戻って来たジャンが、部屋を綺麗にしてくれているかもしれない———そんな諦めの悪いどうしようもない期待があった。
でも、目の前にあるのは、無造作に散らかされた悲惨な部屋の現状だ。
これが、現実だ。
「散らかってますね~…ハハハ。」
平然を装って、ヘラヘラと笑う。
視界の端に、なんとも言えない表情をしているリヴァイが映っていた。
こんな下手くそな笑顔では、リヴァイどころか、自分すら騙せない。誤魔化せない。
泣きそうになるのを必死に堪えて、無作為に飛び出している引き出しから、服をはみ出させているチェストへと向かった。
でも、すぐに気づく。
ベッドの上だけが、不自然なほどにやけに綺麗なのだ。
手当たり次第に放り投げたはずの服や、巻き散らかされた書類が、ベッドの上からなくなっている。枕やブランケットも、あるべきところに置いていた。
そしてなぜか、見覚えのない紙袋が、心細そうにポツンと置いてある。
それが何かなんて、なまえには分からなかった。
でも、ジャンだと思ったのだ。
きっと、ジャンが来た———。
気づけば、なまえは、握りしめてくれていたリヴァイの手を振りほどいて、ベッドへと駆けだしていた。
そして、ベッドに飛び乗ると、すぐに紙袋を開く。
その途端に、美味しそうな甘い匂いが広がった。それと同時に、紙袋から1枚のメモがハラハラと零れ落ちた。
なまえは、ベッドの上に落ちたメモにおずおずと手を伸ばす。
「それは、何だ?」
すぐにやってきて、リヴァイが、訝し気に紙袋の中を覗く。
「見たことねぇ菓子だな。
こんなものどうし————。」
不思議に思いながら訊ねようとしたリヴァイが、驚いて息を呑む。
なまえが、泣いていたからだろう。
メモに書いている文字は、ベッドに落ちたその瞬間からなまえにも見えていた。
それが、ジャンの字だということだって、すぐに気づいた。
でも、なまえは、震える手でメモを握りしめ、何度も何度もその文字を読み返す。
この感情を何と呼べば良いのか、なまえには分からなかった。
ただ、瞬きも忘れて、見慣れた右上がりの文字を凝視する瞳からは、一粒、また一粒と涙が零れ落ちていく。
震えるなまえの肩を、リヴァイが、何も言わずに、そっと抱き寄せた。
今夜はもう遅いから、部屋の片づけは自分に任せて、なまえは空いてる部屋で寝た方がいいとリヴァイから言われたきり、2人に会話もない。
時々、廊下ですれ違う調査兵達が、何事かという顔で彼らを見ていくが、誰かが声をかけることもなかった。
彼らが、誰も触れてはいけない2人だけの世界にいるようだった。
それは、いつもヘラヘラと笑っている眠り姫が、泣き腫らした瞼を隠す余裕もなく、なんとか必死に涙をこらえて唇を噛んでるせいなのか。それとも、そんな彼女を守る騎士のように、眉間に皴を寄せて怖い顔をして周りを威圧しているリヴァイのせいなのか。
「俺が、着替えを取りに行っても構わねぇが。」
漸く、リヴァイが口を開いたのは、なまえの部屋まであと少しと言うところだった。
なまえも、ジャンを求めるためだけに散らかした悲惨な部屋を思い出す。
苦しさで悲鳴を上げ続ける心が、もう堪えられないと泣き叫びそうだった。思わず立ち止まりかけたけれど、なんとか踏ん張って答える。
「大丈夫です。自分で、取りに行けます。」
消え入りそうな声だった。
それでも、リヴァイはしっかりと耳を傾け、「わかった。」と短く受け入れてくれる。
とても、有難かった。
けれど、これがジャンだったなら———そう思わずにはいられないのだ。
今のなまえに、リヴァイが自分に向ける好意を思い出してやる心の余裕なんてあるわけがなかった。
だから、ジャケットの裾を握りしめていた手を離すと、目の前に見つけた手を握りしめてみる。
一瞬、驚いたようにリヴァイの肩が跳ねたことにも、なまえは気づかない。
そして、ただ自分勝手に、いつものように、大きな手が握り返してくれることを願うのだ。
でも現実は、躊躇いがちに握り返してきたのは、華奢だけれど、皮が厚くなっていて、まめだらけの人類最強の手だ。
「ジャン…っ。」
小さく零したなまえの声に、リヴァイが気づかないわけがない。
でも、彼は何も言わなかったし、握り返した手を緩めることもしなかった。
数か月前まで、何をしていても、これが騎士ならと繰り広げていた楽しい妄想が、いつの間にかすべてジャンになっていて、それは、なまえにとって夢ではなくて、幸せな〝現実〟だったのだ。
それが今では、悲しい現実を思い知る為の悲劇的な方法になってしまった。
部屋の前に辿り着くと、なまえの脚が震えを思い出して動かなくなる。
怖くなったのだ。
この扉を開いて、あの悲惨な部屋を目の当たりにしたら、今度こそ本当に、ジャンに拒絶されてしまった現実を認めなければならなくなる。
それだけは、したくなかった。
いつまでも妄想を、夢を、見続けていたい———。
「大丈夫か?」
扉を睨むように凝視しているなまえの顔を、心配そうにリヴァイが覗き込む。
「…大丈夫です。」
ゆっくりと首を横に振ったなまえは、扉を開けるために、握っていた手を離そうとした。
でも、大丈夫だとでも言うように、リヴァイが強く握り返して、離してはくれない。
それが、有難いのか、ひどく悲しいのか、なまえにももう分からなかった。
それでも、強引に手を離すだけの覚悟もなく、握りしめられたままで、扉を開く。
「あ…。」
無意識に、小さな声が出た。
もしかしたら、ジャンが戻ってきてくれているかもしれない。戻って来たジャンが、部屋を綺麗にしてくれているかもしれない———そんな諦めの悪いどうしようもない期待があった。
でも、目の前にあるのは、無造作に散らかされた悲惨な部屋の現状だ。
これが、現実だ。
「散らかってますね~…ハハハ。」
平然を装って、ヘラヘラと笑う。
視界の端に、なんとも言えない表情をしているリヴァイが映っていた。
こんな下手くそな笑顔では、リヴァイどころか、自分すら騙せない。誤魔化せない。
泣きそうになるのを必死に堪えて、無作為に飛び出している引き出しから、服をはみ出させているチェストへと向かった。
でも、すぐに気づく。
ベッドの上だけが、不自然なほどにやけに綺麗なのだ。
手当たり次第に放り投げたはずの服や、巻き散らかされた書類が、ベッドの上からなくなっている。枕やブランケットも、あるべきところに置いていた。
そしてなぜか、見覚えのない紙袋が、心細そうにポツンと置いてある。
それが何かなんて、なまえには分からなかった。
でも、ジャンだと思ったのだ。
きっと、ジャンが来た———。
気づけば、なまえは、握りしめてくれていたリヴァイの手を振りほどいて、ベッドへと駆けだしていた。
そして、ベッドに飛び乗ると、すぐに紙袋を開く。
その途端に、美味しそうな甘い匂いが広がった。それと同時に、紙袋から1枚のメモがハラハラと零れ落ちた。
なまえは、ベッドの上に落ちたメモにおずおずと手を伸ばす。
「それは、何だ?」
すぐにやってきて、リヴァイが、訝し気に紙袋の中を覗く。
「見たことねぇ菓子だな。
こんなものどうし————。」
不思議に思いながら訊ねようとしたリヴァイが、驚いて息を呑む。
なまえが、泣いていたからだろう。
メモに書いている文字は、ベッドに落ちたその瞬間からなまえにも見えていた。
それが、ジャンの字だということだって、すぐに気づいた。
でも、なまえは、震える手でメモを握りしめ、何度も何度もその文字を読み返す。
この感情を何と呼べば良いのか、なまえには分からなかった。
ただ、瞬きも忘れて、見慣れた右上がりの文字を凝視する瞳からは、一粒、また一粒と涙が零れ落ちていく。
震えるなまえの肩を、リヴァイが、何も言わずに、そっと抱き寄せた。