◇第九十六話◇残酷な真実の中心で彼女は笑う
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マルコは、なまえの部屋の扉の前に立っていた。
何度か深呼吸をしてから、緊張した面持ちで、その扉を手の甲で軽く叩く。
以前、ジャンから、なまえの部屋に行っても、扉を開けてもらえることは少ないと聞いたことがある。
留守にしているわけではなく、任務時間外に限らず、ベッドの上で気持ちよく眠り、夢の中にいるからだ。
もしくは、大好きな読書に励み、妄想の世界にいることも多いらしい。
だから、割とすぐに返事が返ってきて、驚いてしまった。
なまえの声に反応して、一気に緊張が最高潮に達する。
「憲兵団本部から来ました、マルコです。今、お時間大丈夫でしょうか。」
シャツの襟元を握りしめて、緊張で震えそうになる声をなんとか抑える。
必死に、冷静を装った。
そうでなければ、混乱と不安、よく分からない高揚感で、叫びだしてしまいそうだったのだ。
「ジャンに何かあったの!?」
ドタバタと騒がしい音がしてすぐに、爆発でも起きたかのように、勢いよく扉が開いた。
飛び出てきたなまえは、大きな瞳をさらに大きく見開き、慌てていた。
「ジャンなら、大怪我したのが嘘のように元気ですよ。
本人も早く職場復帰したいみたいで、これからはリハビリを頑張ると言ってました。」
「そっか…。よかった…。」
なまえが、胸に手を置いて、ほう、と大きく息を吐く。
マルコの名前を聞いただけで、我を失うほどにジャンの容態を心配する彼女を見れば、誰でも分かる。
なまえは、ジャンを愛している。
前から、もしかしたらそうなのではないかと思っていたが、今、マルコは確信した。
でも、それならどうして、なまえはジャンに会いに行かないのか。
彼女の足枷になっているのが、本当に、ジャンの両親に仲を認めてもらえていないことや、フレイヤのことだけだとは、どうしても思えない。
「あ、それで、どうしたの?
仕事・・・じゃ、ないんだよね?ジャンのお見舞いに来たの?」
なまえは、マルコの私服を見ながら訊ねる。
「さっきまでジャンのとこに来てました。
明後日まで非番を頂いてるので、今夜は調査兵団の客室をお借りして
明日のお昼前には、トロスト区を発つ予定です。」
「そうなんだ。憲兵団本部よりは居心地は悪いかもしれないけど
皆、とてもいい人達ばかりだから、困ったことがあれば何でも言ってね。」
なまえが、ふわりと微笑む。
そこまで長くは生きていないマルコだけれど、彼女の今の言葉が、ただの社交辞令ではないことくらいは分かるほどの人生経験は積んでいると自負している。
優しさを体現したようななまえが、人殺しと呼ばれているだなんて、やはりどうしても信じられない。
だからこそ、確かめに来たのだ。
確認しなければならない。
ジャンの親友として、そして、公に心臓を捧げた憲兵として———。
「なまえさんに大切なお話があってきました。
今、お時間大丈夫でしょうか。」
「うん、大丈夫だよ。どうぞ。」
相変わらず、なまえは、敵を作らないような、ふわりとした笑みを浮かべて、マルコを部屋の中へと促した。
「ごめんね。ちょっと散らかってるんだけど、適当に座ってね。
これでも、いつもよりは綺麗なんだけどね~。」
ソファの周辺に散らばっている服を拾い上げながら、なまえが困ったように笑う。
お世辞にも〝綺麗〟とは言えない部屋だけれど、ジャンからよく聞いていたような〝汚部屋〟というほどでもない。
証拠に、脱ぎ捨てられたと思われる服を拾い上げたなまえが、それらをクローゼットの中に放り込めば、床の上に散らばっているのは、小さな埃程度になった。
目も当てられないくらいに汚いのは、デスク周りだけだ。
デスクの上には、資料が乱雑に散らばり、何冊もの書籍が開きっぱなしのままで放置されている。そこで紅茶を飲んでしまったのか、茶色い染みをつけている書類まである。
マルコは、一通り部屋を見渡した後、座る場所にソファを選んで、中央に浅く腰かける。
部屋に併設されている給湯室で、お湯を沸かしに行っていたなまえは、それほど時間をかけずに戻ってきた。
その途端に、甘くて苦い良い香りがふわりと広がってくる。
「どうぞ。」
なまえは、ソーサーにティーカップを乗せると、そっとテーブルに置く。
自然な所作はとても上品で、さすが、貴族出身で憲兵団幹部の親を持つお姫様だとマルコに思わせる。
「わざわざお時間を作ってくださり、ありがとうございます。」
「気にしないで。ちょうど休憩しようと思ってたところだったから。
それで、話って何かな?」
なまえが首を傾げる。
いよいよ、だ。
マルコは、膝の上で、ズボンを巻き込みながら、拳を握りしめる。
「なまえさんが、〝人殺し〟と呼ばれていることで、
確認したいことがあってきました。」
「あぁ…。」
そのことか———そんな反応をしたなまえは、顔色を悪くして視線を落とした。
いや、ジャンに何かがあったと勘違いをして部屋を飛び出した時から、なまえの顔色は悪かったように思う。
大きく目を見開いて焦っていたなまえに驚いて、気づかなかっただけだ。
実際、向き合ってみれば、明らかに顔色が悪い。
瞳は落ち窪み、目の下には深い隈を刻み、頬もこけている。
ジャンの容態の心配をしているというのもあるのだろうが、人殺しという噂が原因で調査兵としての日常生活にも支障が出ているのだろう。
実際、マルコが、通りがかった調査兵になまえの部屋の場所を訊ねたときも、彼らは一様に嫌な顔をした。噂を真に受けて、ひとりきりでなまえの部屋に行くことを心配する調査兵はまだ良い方で、あからさまに『あの人殺しに殺されに行くのか?』『婚約者が倒れてる間に掻っ攫うつもりか?』『すぐに寝とってもらえるらしいから今がチャンスだな。』とバカにしたように嘲笑してくる調査兵までいた。
本当に、互いに命を預けて戦っている仲間なのかと疑いたくなるが、彼らにそう思わせてしまうだけの理由が、なまえにもあったのだろう。
だからと言って、あの態度は間違っているけれど、それならなまえも毅然とした態度をとればいいのだ。
だが、偶々会ったハンジに話を聞く限りだと、なまえは、自分が人殺しだと呼ばれていることを、否定も肯定もしていないそうだ。
それでは、疑念は深まるばかりで、彼女を信じたい仲間の心まで離れていく。悪循環だ。
「ジャンから、なまえさんが人殺しだと呼ばれるようになった理由を聞きました。」
「え?ジャン…、知ってるの?」
なまえが、僅かに目を見開き、息を呑んだのが分かった。
「ジャンは、駐屯兵団の方に訊いたらしいです。
精鋭兵のリコさんです。」
「あぁ、そういうことか。」
なまえが納得したように頷いたところで、マルコは本題に戻す。
「あの日、多くの兵士が壮絶な戦死を迎えました。
駐屯兵団の精鋭兵の方達も同じです。責任を感じるのも分かりますが、
なまえさんが〝人殺し〟呼ばわりされることではないと思います。」
「うん…、ありがとう。
でも、私は気にしてないから。」
ヘラヘラ、となまえが笑う。
でもそれは、いつもの悩みなんてなにもなさそうな気の抜けた笑みとは違う。
どこか影があるのだ。
「〝人殺し〟と呼ばれる理由に、他に心当たりがあるんじゃないんですか。」
思い切って聞いてみれば、なまえはあからさまに驚いた様子で目を見開く。震えながら開いた小さな唇からは「え。」と掠れた声まで漏れた。
自分の考えに間違いはなかった———悪い方に、マルコの予想は当たってしまったとしか思えない。
ズボンを巻き込んで握りしめた拳はそのまま、緊張しながら口を開いた。
「あの日、壁に穴を開けたのは、なまえさんなんですか?」
声ではなく、喉が震えていた。
何度か深呼吸をしてから、緊張した面持ちで、その扉を手の甲で軽く叩く。
以前、ジャンから、なまえの部屋に行っても、扉を開けてもらえることは少ないと聞いたことがある。
留守にしているわけではなく、任務時間外に限らず、ベッドの上で気持ちよく眠り、夢の中にいるからだ。
もしくは、大好きな読書に励み、妄想の世界にいることも多いらしい。
だから、割とすぐに返事が返ってきて、驚いてしまった。
なまえの声に反応して、一気に緊張が最高潮に達する。
「憲兵団本部から来ました、マルコです。今、お時間大丈夫でしょうか。」
シャツの襟元を握りしめて、緊張で震えそうになる声をなんとか抑える。
必死に、冷静を装った。
そうでなければ、混乱と不安、よく分からない高揚感で、叫びだしてしまいそうだったのだ。
「ジャンに何かあったの!?」
ドタバタと騒がしい音がしてすぐに、爆発でも起きたかのように、勢いよく扉が開いた。
飛び出てきたなまえは、大きな瞳をさらに大きく見開き、慌てていた。
「ジャンなら、大怪我したのが嘘のように元気ですよ。
本人も早く職場復帰したいみたいで、これからはリハビリを頑張ると言ってました。」
「そっか…。よかった…。」
なまえが、胸に手を置いて、ほう、と大きく息を吐く。
マルコの名前を聞いただけで、我を失うほどにジャンの容態を心配する彼女を見れば、誰でも分かる。
なまえは、ジャンを愛している。
前から、もしかしたらそうなのではないかと思っていたが、今、マルコは確信した。
でも、それならどうして、なまえはジャンに会いに行かないのか。
彼女の足枷になっているのが、本当に、ジャンの両親に仲を認めてもらえていないことや、フレイヤのことだけだとは、どうしても思えない。
「あ、それで、どうしたの?
仕事・・・じゃ、ないんだよね?ジャンのお見舞いに来たの?」
なまえは、マルコの私服を見ながら訊ねる。
「さっきまでジャンのとこに来てました。
明後日まで非番を頂いてるので、今夜は調査兵団の客室をお借りして
明日のお昼前には、トロスト区を発つ予定です。」
「そうなんだ。憲兵団本部よりは居心地は悪いかもしれないけど
皆、とてもいい人達ばかりだから、困ったことがあれば何でも言ってね。」
なまえが、ふわりと微笑む。
そこまで長くは生きていないマルコだけれど、彼女の今の言葉が、ただの社交辞令ではないことくらいは分かるほどの人生経験は積んでいると自負している。
優しさを体現したようななまえが、人殺しと呼ばれているだなんて、やはりどうしても信じられない。
だからこそ、確かめに来たのだ。
確認しなければならない。
ジャンの親友として、そして、公に心臓を捧げた憲兵として———。
「なまえさんに大切なお話があってきました。
今、お時間大丈夫でしょうか。」
「うん、大丈夫だよ。どうぞ。」
相変わらず、なまえは、敵を作らないような、ふわりとした笑みを浮かべて、マルコを部屋の中へと促した。
「ごめんね。ちょっと散らかってるんだけど、適当に座ってね。
これでも、いつもよりは綺麗なんだけどね~。」
ソファの周辺に散らばっている服を拾い上げながら、なまえが困ったように笑う。
お世辞にも〝綺麗〟とは言えない部屋だけれど、ジャンからよく聞いていたような〝汚部屋〟というほどでもない。
証拠に、脱ぎ捨てられたと思われる服を拾い上げたなまえが、それらをクローゼットの中に放り込めば、床の上に散らばっているのは、小さな埃程度になった。
目も当てられないくらいに汚いのは、デスク周りだけだ。
デスクの上には、資料が乱雑に散らばり、何冊もの書籍が開きっぱなしのままで放置されている。そこで紅茶を飲んでしまったのか、茶色い染みをつけている書類まである。
マルコは、一通り部屋を見渡した後、座る場所にソファを選んで、中央に浅く腰かける。
部屋に併設されている給湯室で、お湯を沸かしに行っていたなまえは、それほど時間をかけずに戻ってきた。
その途端に、甘くて苦い良い香りがふわりと広がってくる。
「どうぞ。」
なまえは、ソーサーにティーカップを乗せると、そっとテーブルに置く。
自然な所作はとても上品で、さすが、貴族出身で憲兵団幹部の親を持つお姫様だとマルコに思わせる。
「わざわざお時間を作ってくださり、ありがとうございます。」
「気にしないで。ちょうど休憩しようと思ってたところだったから。
それで、話って何かな?」
なまえが首を傾げる。
いよいよ、だ。
マルコは、膝の上で、ズボンを巻き込みながら、拳を握りしめる。
「なまえさんが、〝人殺し〟と呼ばれていることで、
確認したいことがあってきました。」
「あぁ…。」
そのことか———そんな反応をしたなまえは、顔色を悪くして視線を落とした。
いや、ジャンに何かがあったと勘違いをして部屋を飛び出した時から、なまえの顔色は悪かったように思う。
大きく目を見開いて焦っていたなまえに驚いて、気づかなかっただけだ。
実際、向き合ってみれば、明らかに顔色が悪い。
瞳は落ち窪み、目の下には深い隈を刻み、頬もこけている。
ジャンの容態の心配をしているというのもあるのだろうが、人殺しという噂が原因で調査兵としての日常生活にも支障が出ているのだろう。
実際、マルコが、通りがかった調査兵になまえの部屋の場所を訊ねたときも、彼らは一様に嫌な顔をした。噂を真に受けて、ひとりきりでなまえの部屋に行くことを心配する調査兵はまだ良い方で、あからさまに『あの人殺しに殺されに行くのか?』『婚約者が倒れてる間に掻っ攫うつもりか?』『すぐに寝とってもらえるらしいから今がチャンスだな。』とバカにしたように嘲笑してくる調査兵までいた。
本当に、互いに命を預けて戦っている仲間なのかと疑いたくなるが、彼らにそう思わせてしまうだけの理由が、なまえにもあったのだろう。
だからと言って、あの態度は間違っているけれど、それならなまえも毅然とした態度をとればいいのだ。
だが、偶々会ったハンジに話を聞く限りだと、なまえは、自分が人殺しだと呼ばれていることを、否定も肯定もしていないそうだ。
それでは、疑念は深まるばかりで、彼女を信じたい仲間の心まで離れていく。悪循環だ。
「ジャンから、なまえさんが人殺しだと呼ばれるようになった理由を聞きました。」
「え?ジャン…、知ってるの?」
なまえが、僅かに目を見開き、息を呑んだのが分かった。
「ジャンは、駐屯兵団の方に訊いたらしいです。
精鋭兵のリコさんです。」
「あぁ、そういうことか。」
なまえが納得したように頷いたところで、マルコは本題に戻す。
「あの日、多くの兵士が壮絶な戦死を迎えました。
駐屯兵団の精鋭兵の方達も同じです。責任を感じるのも分かりますが、
なまえさんが〝人殺し〟呼ばわりされることではないと思います。」
「うん…、ありがとう。
でも、私は気にしてないから。」
ヘラヘラ、となまえが笑う。
でもそれは、いつもの悩みなんてなにもなさそうな気の抜けた笑みとは違う。
どこか影があるのだ。
「〝人殺し〟と呼ばれる理由に、他に心当たりがあるんじゃないんですか。」
思い切って聞いてみれば、なまえはあからさまに驚いた様子で目を見開く。震えながら開いた小さな唇からは「え。」と掠れた声まで漏れた。
自分の考えに間違いはなかった———悪い方に、マルコの予想は当たってしまったとしか思えない。
ズボンを巻き込んで握りしめた拳はそのまま、緊張しながら口を開いた。
「あの日、壁に穴を開けたのは、なまえさんなんですか?」
声ではなく、喉が震えていた。