天才の笑顔



「お前、この前の中忍試験の本戦観たかよ」

「あ? あぁ、みたみた。一回戦の日向にはがっかりだったよな」

「だよなぁ。落ちこぼれのルーキーに負けるようじゃあ天才の名も泣くよ」

「まあ、あの本戦自体メインイベントは一回戦じゃなかったしなあ」

「同じく天才と呼び名の高いうちはに話題持ってかれてるって、いいのかよそれでって笑っちまったよ」

「はははっ、試合観てた奴らはあの戦い評価してる奴も多いけど、それだってあの落ちこぼれルーキーへの評価だろ? 日向の天才くん今頃絶対プライドズタズタだな」

「まあ、木ノ葉崩しの一件で中忍試験自体うやむやだろうし、その負け試合すら早々に忘れられるんじゃねーのかな」

「ははっ、そうかもな」



ギリッ……、と歯が軋むほど噛み締めたのはナルトだった。
路上にて、死角になる曲がり角で拳をわなわなと震わせて、ナルトはそいつらの前に飛び出そうとした。

あんなん言われて我慢できっかよ。
あいつは。…あいつは……、本当に……!

「…やめろ、ナルト」

ふいに、肩に手を置かれ制止をかけられた。
振り返ると、まさに今しがたあいつらが話題にしていた “そいつ” だった。

「お前ってば、いつから……」

「…先程から」

「あいつらの会話…聞いてたのかよ?」

「……ふん、オレのプライドがズタズタかどうかっていうのか?」

それなら聞いていたぞ、と淡々と続けるネジにナルトの怒りもなぜだかしおしおと萎んでいく。
一番怒るべき本人がこの調子なのだから。

「オレのプライド……、ズタズタに見えるか?」

不敵な笑みを浮かべてそう尋ねてくるネジの意図を図りかねる。

だが、一つ確かに分かることはある。
プライドがズタズタになってなどいないということ。
本当に屈辱を感じている時のネジはこんな顔をしない。

もっと激情を滲ませるのだ。

その白い瞳が涙でゆらゆらと──
そして、青い炎でメラメラと揺れるほど。


彼のプライドがズタズタになっていないのならナルトは別にそれでもいいのだが、まだ中忍試験の頃の方が分かりやすい性格していたよな、とは思った。
こんなふうに、真意を測りかねる言い回しや、どういう含みを持つのか分からない視線をネジから向けられることが近頃やけに増えたようにナルトは思う。

「…もっと悔しそーにしろっての……」

ナルトは逡巡してから、一言そう零した。
じっと見てくるその視線が何故だかくすぐったかった。


だから、あいつらにあんな風に言われちまうんだっての……!




◇◇◇


ナルトは不安で不安で今にも押しつぶされそうだった。
ネジが、目を覚まさないからだ。

結局、サスケを連れ戻すことはできず任務に携わった面々はシカマルを除いて皆、入院沙汰だ。
それでもキバも赤丸もチョウジも順調に快復し、もう三日後には退院できるらしい。
シズネのおかげで一命を取り留めたネジだが、発展途上の身体にふたつも開けられた風穴は想像以上に深刻だ。
面会はかなり短い時間しか許されず、ナルトはその決められた短い時間をめいいっぱい使って毎日ネジの病室を訪れていた。

ネジは天才なのだと、信じて疑うことがなかった。
無愛想で、憎たらしいほどに正論ばかりを紡ぐ彼の口を覆うのは今や、人工呼吸器だ。
長い髪は治療のために10cmほど切られたように見受けられた。
それが、なぜだかナルトは無性に悲しかった。
こんなに痛々しい彼を見ているのが辛い。
果たして彼は、こんなに弱々しかっただろうか?

色白の肌が、より一層青白く見えた。


約一週間後。
まだ退院の目処は立たないが、それでも着実にネジは快復に向かっていると綱手は言う。
呼吸が安定している時間も大幅に増え、人工呼吸器が彼の口から外されることも増えた。
それでもネジは目を覚ますことがない。

「…ネジ、そろそろ起きろってばよ……」

呼びかけても、やはり今日も返事は無い。
肩に風穴が開いた彼を揺すって起こす訳にもいかない。
一体どうしたら、目を覚ましてくれるのか。
時間ばかりが毎日過ぎていくのがナルトはもどかしかった。
あと二カ月半後には自来也と修行のためナルトは里を出ないといけないのだ。
その前に、何としてでもネジと会話をしたい。


呼吸を塞いだら……苦しくて起きるだろうか?

そんなことがふと頭に思い浮かび、いけないとナルトはブンブン頭を横に振った。



小さく上下する彼の胸を横目に、ネジが生きていることに安堵するとともに、ナルトは不安で苛立つ。

血の気を感じない彼の唇に自身の唇を宛がったのは、きっと苛立ちから魔が差しただけ。

悔しいなら起きてみやがれってんだ────

「…んっ、…ぅ……」

くぐもる声にドキリとする。
苦しそうというよりも、何故だか悩ましげに眉をひそめるネジが至近距離にいる。
まだ目が覚めていないのだろうか。
瞼だけは依然として閉じられたまま。

「ナ…ル、……ト……」


なんで目ェ閉じてるのにオレだって分かるんだってばよ……!?

「ナル…ト……、ナルト……!」

しきりに掠れた声で名前を呼んでくるネジに、バレたのか? とヒヤヒヤする。
だが、相変わらず彼の瞼はキツく閉じられている。
お互いの唇は触れたまま。
だが、もはやナルトはそれどころではなくただ合わさっている状態に過ぎない。
またもや薄目を開けてナルトは眼前のネジを確認する。
眉根を寄せた彼の頬が、心做しか血の気を感じさせた。

恐る恐る、舌を忍ばせてみた。
抵抗もなくあっさりと口内に受け入れられた。
ネジの口蓋をナルトが自身の舌の大部分でざらりとひと舐めすれば彼の弱った肩がびくりと震えた。

そして、潤んだ彼の白眼をナルトは見ることになった。

ネジが長い眠りからようやく目覚めたのだ。

ぼうとしたような、それとも熱に浮かされて蕩けたようなネジの表情を、ナルトは少し離れて見た。

こんな顔もするのか、と。


「…ナルト……」

「あっ、…あ、い、今ナースコールするってばよ……!」

「待ってくれ」と、ネジにより制止をかけられた。
病み上がりで目覚めたばかりのネジは、ナルトが濡らした唇でぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出した。

その声色はゆったりとして、優しい。

ネジは何かを確かめるかのように、ナルトの名前を呼び掛ける。
きちんと、ナルトがこちらを見ていることを確認してから話し始める。

「ナルト……。オレは、お前に負けて、良かった……心底そう思っている」

「死の淵をさまよって、やっと分かった気がする……」


今更改まって何を言うのかと思えば────

ベッドに横たわるネジは少し顔を傾けてナルトをじっと見上げた。

柳眉りゅうびを下げて困ったように。
潤む目を細めて、頬が染まり口端は綻びる。
ふっくらした唇を噛んで、はにかむように。
それは、ナルトが初めて見る彼の笑顔だった。

「…っ、ネジ……!」

「オレは、救われたのだと……お前に。だから、サスケも……」

「ごめん、ネジ……」

「ナルト……?」

「サスケは、行っちまった……」


今やっと初めて見たばかりの彼の笑顔を曇らせたのは、他でもない自分なのだと思うとナルトは苦しくなった。

自分を責めてこないのが、もっと辛かった。




THE END









ナルトから見た中忍試験後のネジの自分に対する態度の変化。
少しずつ少しずつ、ネジの甘くなった優しい態度に居心地の良さと悪さを覚えてモヤモヤしていくのいいと思うよ!!






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