本命だ、なんて
「ネジ兄さん……! お願いがあります……!!」
今年こそはナルトにチョコを渡したいというヒナタに懇願されてネジは渋々チョコ作りを手伝うことになった。
湯煎でチョコを溶かしているうちに、宗家のキッチンには甘ったるい香りが立ち込め、いつも厳格な邸の雰囲気に些か不釣り合いにも思えた。
溶けかかるチョコを見つめて、とろりと、隠し味を混ぜていくかのようにヒナタはナルトへの思いを呟きながらヘラで混ぜていく。
「ナルト君に、渡せるかな私……」
「ナルト君、今ごろどこにいるんだろう……」
「……そういえば、この間、演習場でナルト君を見かけたんです……。また一段と強くなって見えて、私も頑張らなきゃって思ったんです」
────ナルトの話をしている時の彼女は照れながらも凄く幸せそうで、今このときのように、そのままの気持ちをナルトの前でも出せればいいものを、とネジは思うのだった。
「……ネジ兄さん、ナルト君の話を聞いてくれてるとき、すっごく楽しそうにしてますね」
「……え?」
「気付いていませんでしたか……? ネジ兄さんずっと前からナルト君の話を自分からするときもすっごく楽しそうで、誇らしそうで、……私もそれを聞いてるとすごく楽しくて、嬉しいんです」
「………そんな。オレはそんなに顔に出たりしません」
「ふふっ、ネジ兄さんも私と同じで照れ屋なとこあるのかもしれませんね…。ナルト君にちゃんと……渡せるかな……今年こそ……」
「……ナルトは鈍いヤツなんですから、もう少しヒナタ様も積極的にならないといけません」
「そ、そうだよね……」
ヒナタに習いながら、宗家のキッチンにて二人でチョコを作っている間、ネジとヒナタは肝心のどうやってナルトに渡すか作戦を話し合う。
とろりと蕩けたチョコに、もうこのままでもすでに美味しそうだが、湯煎をかけ温かくなった生クリームをたっぷりと注ぎ、ヘラで混ぜていく。
「オレとヒナタ様が一緒に作ったと言って、多く作りすぎたからと、それとなく先にオレが渡すので、ヒナタ様も頑張ってナルトに渡してください」
「う、うん。頑張ってみます……。ネジ兄さん、そのまま満遍なく混ぜたら冷蔵庫に三十分ほど入れておきましょう」
「はい……。意外と手作りチョコって凝ったことするんですね……」
ネジはてっきり溶かしたものを型に流し込んで冷蔵庫で固めて終わりだと思っていた。
「せっかくだから、美味しいの食べてもらいたいから……」
「まあ、人にあげるものなので手抜きするのもどうかと思いますので……」
◇◇◇
三十分ほど経ち、冷蔵庫からチョコの入ったボールを取り出す。
ヒナタは、チョコが入ったボールにスプーンを差し入れると、形を留めておけるほどの柔らかさのチョコをスプーンで掬い、クッキングシートを敷いた金属プレートの上に置いていく。
歪な丸をした形のチョコが次々と並べられていく。
「ネジ兄さん、こんな風にスプーンで掬ってそのままシートの上にチョコを並べてください」
「こんな歪な形のままでいいのですか……?」
「このあと、また冷蔵庫に入れて、少し固めてそれから形を整えていきます」
ネジはヒナタに倣い、スプーンでチョコを掬ってはシートの上に並べていく。
そして、並べたチョコは再び冷蔵庫に戻って行った。
◇◇◇
一時間経ったころ、ヒナタはプレートに並べたチョコを冷蔵庫から取り出した。
「ネジ兄さん、両手を出してください」
「……?」
ヒナタは、頭に疑問符を浮かべるネジにかまわず、その差し出された両手にそっとラップを被せると歪な形のチョコを一粒乗せた。
「ラップの上から形を、ネジ兄さんのお好きなように整えてください」
お好きなように、と言われてもネジはいまいち思い浮かばず、普通にころころとチョコを手の中で転がし丸を整えていく。
ネジはヒナタの方をちらりと見ると、同じように、だが慣れた手つきでころころと形を整えているので、そのまま続けた。
「ナルト君に食べてもらえるの……楽しみですね、ネジ兄さん」
「オレのは、ただの義理ですから……。ヒナタ様こそ楽しみなんじゃないですか?」
「うん……。喜んでくれたらいいな……」
二人は形を整えたチョコに、無糖のココアパウダーを塗していく。
ネジはヒナタに習いながらとは言え、不慣れなお菓子作りがなんとか上手くいって安堵した。
「ネジ兄さん、チョコを詰める箱とリボンを用意したのですが、どれにしますか……?」
ヒナタはそう言って、何種類かの箱と色違いのリボンをネジが選びやすいようにテーブルに広げていく。
白、黒、茶色、赤、ピンクの箱。
白、黒、茶色、赤、オレンジ、ピンクのリボン。
「ヒナタ様からお先に選んでください……。本命なんですから」
「私は、もう決めていて既に用意しているの……」
「……そうでしたか」
ネジは並べられた色とりどりの物を前に迷った。
無難に黒い箱に赤いリボンでもいいか、と思ったのも束の間、はっとして、気づく。
赤いリボンというのはまずいだろうと選択肢から即刻外すことになる。
赤いリボンなんて、本命のヒナタが選ぶような色だ。被るのは避けなければとネジは迷った。
「では、これと、これで……」
ネジは、黒い箱と白いリボンを指差した。
「分かりました、じゃあそれにチョコを詰めていきましょう」
ヒナタは、ピンクの箱にやはり赤いリボンを丁寧に結んでいた。気持ちを込めて。
赤いリボンは選ばなくて正解だった、とネジは安堵した。そして、ネジは仕切られた枠の中に一粒一粒チョコを詰めていき、黒い蓋を閉じた。
選んだ白いリボンを箱に絡め、整えて緩まぬようきつく結ぶ。
ヒナタはその様子を自分の作ったチョコを両手で大事に抱えながら眺めていた。
「ネジ兄さん、オレンジのリボンもつけてみませんか……?」
「さすがに、白と黒では地味過ぎましたか……?」
「う、うん……。私のものがピンクの箱と赤いリボンだし、目立つから……。それに、オレンジってナルト君の色って感じするでしょう……?」
「……まあ、ヒナタ様がそう仰るのでしたら」
ネジはオレンジのリボンを手に取ると、白いリボンに編み込むようにして結んだ。
◇◇◇
日向一族にとって、探し者を見つけ出すことなど造作もないこと。
いとも簡単にナルトを見つけた二人は、そこへと向かった。
「……ナルト」
演習場にて。
少々ボロボロな所を見るに修行をしていたのであろう。ナルトは自身の名を呼ぶ、知った低い声に振り返った。
「よォ、ネジ、とヒナタ!」
ネジのあとを着いてきたヒナタに気づいたナルトは、なぜ彼女が顔を真っ赤にしているのかまでは気付く様子がない。
いつも元気が溢れるよく通る声にネジは、なぜだか胸が高鳴る。
それはいつもの事だが、今日はそれだけでは無いことは、はっきりと分かった。
「二人して、なんかオレに用?」
「あ、……その、なんだ……。今日はバレンタインとやららしいな?」
「え? うん。オレってばサクラちゃんと一応いのからももらったってばよ! あとモエギからも! あー! オレも一度でいいから本命チョコってのが欲しいってばよ……。サクラちゃんには義理だって言われちまったし……!」
「そ、そうか……」
作戦の言い出しっぺなのに、実際にナルトの前で渡すことになった途端にネジまでヒナタから移ったのか微妙に緊張してしまっていた。
(……なるほど、女性がチョコ渡す時に緊張する気持ちがなんとなく理解できた……)
(しかし、ナルト……。本命なら今に貰えると思うが……?)
もちろん、ヒナタのチョコのことだ。それ以外に何があるというのだろう。
ネジは静かに深呼吸をして、おずおずとチョコをナルトに差し出した。
「……その、偶然ヒナタ様と一緒にチョコを作ることになったのでな……。親戚とか班員とかのために色々多く作りすぎたから、ナルト……、お前も受け取れ……」
ネジは、頭の中で予め考えていたセリフを早口で言ってしまうと、ナルトの顔をちらりと盗み見た。
努めて笑顔を作ろうとするのが不味かったのか。
言ったあとに、あの言い草ではやはり冷たい感じがしただろうな、とネジは少し後悔した。
「……あ、ああ。うん。ネジ、ヒナタ。サンキューな」
さほど驚くでもなく、かと言って、大喜びするわけでもなく。
少々困惑した面持ちのあと、愛想笑いのような笑顔でそう言われた。
義理だったはず……。
ヒナタの本命チョコのダミーだったはずの、ネジの手作り義理チョコは、いつしか正真正銘の本命チョコになっていたみたいだ。
俗っぽいイベントに浮かれているようで恥ずかしくてネジはそれをなかなか認めたくはなかった。
だが、実際にナルトに渡して緊張しているのは事実なわけで、女々しいな……と独り言ちる。
それから、もう少しぐらい、喜んでほしかったな、などと思わないでもなく、ネジはそんな胸を刺す痛みに気付かぬふりをしながら、しかし意識してそんな気持ちを掻き消すように本来の目的を思い起こした。
自身の背後に隠れているヒナタに目をむけると、顔を真っ赤にして今にも爆発しそうになっている。
「……ヒナタ様、渡すんでしょう?」
ネジが困ったように笑いかけて、小声で促すと、ヒナタは控えめにこくりと頷く。
しかし、ナルトは踵を返していた。
「ま、まって! ナルト君……!!」
ヒナタの大きな声に、ナルトは振り返った。
ネジはここまで言えたらもう渡せるだろうと、
ヒナタを信頼して、そしてナルトとヒナタを二人きりにするためその様子を見届けると、その場を去ったのだった。
「なに? ヒナタ? つーか、ネジいなくなってるけどいいのか?」
「えっ、……?」
(ネジ兄さん、気を使ってくれたんだ……。渡さなきゃ……、今年こそ……。緊張してたネジ兄さんだってちゃんとナルトくんに渡してみせたんだもの……。私だって……!!)
「……ナルト君。私からのバレンタインチョコ……。受け取ってほしいの」
箱を一周するリボンに気持ちを織り成し綺麗にラッピングされたチョコを震える両手でナルトへと突き出し、必死な顔は俯き気味だったが、はっきりとヒナタは言った。
ナルトはチョコを受け取ると、ヒナタが好きなあの笑顔でニカッと笑ってみせた。すごく嬉しそうな顔をしていて、自分の手からチョコが離れると、渡してよかったなとヒナタは心からそう思った。
「……ヒナタ、サンキューな! まさか二つももらえるとは思わなかったってばよ! オレってば、ネジからもらったものがヒナタと一緒に作ったって言ってたから、それで一つなのかと思ってた」
「う、うん……。私も、自分で渡すものはちゃんと自分で作りたかったから……。それとね、……ネジ兄さん、ああ言ってたけど、本当はナルト君のことを思って作ってたんだと、思うよ……。私も一緒に作ってたから分かるの……」
ナルトは、あからさまに怪訝そうな顔をしていた。
「えー、だってあいつ、ものすっごい顔しかめて嫌そーに渡してきたってばよ……。しかも、めっちゃ上から目線で受け取れって!」
「ネジ兄さん、私と同じで……照れてるだけだから……。分かってあげて……」
「……ん、まあ、お前が嘘つくようなヤツじゃないのは知ってるし…分かったってばよ」
「う、うん……。よかった……。ナルト君が分かってくれて……」
「さっきはちょっとビックリしたっつーか、意外すぎて上手くお礼言えなかった気ィするから、ネジに悪いことしたかな……オレってば……。次会ったらちゃんと礼言わなきゃな……!」
THE END
やっぱりナルネジでバレンタインとかの恋愛行事ものって私には書きにくい!!
でも一応せっかく書いたから貧乏性なので載せておきます。
ナルトも鈍そうだわ、ネジも俗っぽいイベ興味無さそうだしで、こんなふうにヒナタがネジを巻き込んでやっとどうにかバレンタインらしくなる……!
バレンタインじゃないけど、前にヒナタとハナビ巻き込んでお菓子作りさせたの書いたことあったね。
どう足掻いても甘いもの絡むネタだと女の子が必要。
だって手強いカプだし、鈍い男×堅物男ですから……🤦♀️
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