寂しかったからなのだろうか?


夕方の木ノ葉の里は、いつもと変わらず賑やか。
アカデミーからの帰りであろう子供が前方から楽しそうに走ってきてぶつかりそうになるのを容易に避けると、ネジはそれを気にとめることも無く歩く。

帰路に着く途中のネジは、疎らな人の波に紛れてこちらに向かって歩いてくる人物を見つけると、ほんの少しだけ心臓が跳ねた。
ネジの眼はどれだけの人の中であったとしてもその人物を見つけられるであろう。
元々持っている洞察力に優れた眼に頼らずとも、その人は己の中で特別な人であるから。
つい眼で追ってしまうのだ。
すると、向こうもこちらに気づいたようで派手な金髪頭が大きく手を振りながら駆け寄ってきた。
ネジは気づいてくれたことにほんの少しの喜びを覚える。
話すのはいつ以来かな。

「よお! ネジ! 久しぶりじゃねーか」

「ナルト……。久しぶりだな」

「お前ってば、これから家帰んのか?」

「ああ、そうだ。お前もか?」

「オレは一楽のラーメン食べてから帰るってばよ!」

「……夕飯、か? 」

「そうだってばよ! 今日オレってばすっげー特訓したからさ、お腹ペコペコなんだ! 大盛り二杯ぐらいは余裕でいけそうだってばよ」

ナルトの疲れも見せぬ楽しげな表情を前に、ネジは何かを思案していた。
ナルトに会う度、一楽一楽と、よく聞く気がする。
いくらラーメンが好きとはいえ、そんな凄い特訓をしたあとだというのにそれで栄養はつくのか?


「……お前ってば、料理とかすんのか?」

ナルトはネジの手元に視線を下げてそう問う。
ネジの片手に食材の入ったカゴを下げているのを見つけたからだ。
カゴの中には人参、じゃがいも、玉ねぎ等などがちらりと見えた。

「ああ…。まあ、人並みぐらいにはな」

「オレってば、自炊とかやんねーから、キッチンなんてロクに使ったことないってばよ」

「外食以外で、お前は普段何を食べているんだ?」

「んー、朝はテキトーにカップラーメンか、牛乳と食パンだろー、昼は任務とかにもよるけど、夜は外食しない日はカップラーメンとかだってばよ」

「………ナルト。お前、今日は一楽はやめてオレの家に来い」

ネジはただ、純粋に心配になった。
ナルトはかなり不摂生と見た。
自分は今、カゴに野菜と肉を詰めている。
せっかくナルトに出会したのだ。しかもこの後の予定もない(一楽に行くとは言ったが)らしい。


「お前ん家……? でもオレってばお腹ペコペコで夕飯食べたいし悪ィけどまた今度な!」

「はあ……。そうではなく、夕飯はオレの家で食べていけと言っているんだ」

「…え!? いいのか!? 迷惑じゃねーか? 」

「遠慮はいらない。オレもお前と同じで一人暮らしだからな」

「そっかー。それなら、お邪魔させてもらうってばよ……!」



────


食材が入ったカゴをテーブルにごとりと置いた。
少々重かった荷物から解放されたネジは軽く腕を回すと、ナルトに向き直る。

「ナルト、……何を見ているんだ?」

「……あ、いや、お前の父ちゃん……だろ? あそこの仏壇。お前に似てるなァって思ってよ」

ナルトの視線を辿り、見慣れた遺影をネジは見遣る。
少し困ったように笑うのは父上の癖だった。
毎朝、欠かさず手を合わせているし、今日も勿論手を合わせ、今朝は少し時間に余裕があったので父上に些細な話もした。

「……ああ、オレの父だ」

「お前の父ちゃん……、こんな人だったんだな。なんつーか、お前と違って……、うーん? 優しそうだってばよ」

「強くて、優しい父だったよ」

「あ、でも、お前ってば、最近は、あの写真の父ちゃんみたく笑えるようになってる気もする!!」

「……そんなことはないと思うが?」

「うーん、やっぱりオレの記憶違いかなァ? なんかそんなふうに笑ってる時もあったような気がしたと思ったんだけど……」

ネジはそう言われて、もう一度父の遺影を見た。
幼かったネジの行く末を案じていた父の顔だ。



「……ナルト、よかったら手を合わせていかないか? 父上は、日向が変わるのをきっと楽しみにしていると思うからな」

「ああ、もちろんいいぜ!! って…、ああ!! その顔だってばよ!! 今の顔! やっぱり記憶違いなんかじゃなかったってばよ!!!」

「……………」

「あ、しかめっ面に戻ったってばよ」

ナルトのからかいを、ふん、と躱すとネジはすたすたと歩きだし、仏壇の引き出しから線香を取り出すと火をつけた。
それを慎重に指先で摘みながら、微かな煙たい香りと共にナルトの所まで戻って来たネジは、火のついた線香をそっとナルトに手渡した。

「……サンキューな、ネジ」

ナルトは受け取った線香を摘みながら、目の前の仏壇へと向かい、香炉の灰の中に線香をそっと刺し入れた。
仏壇のすぐ真下にある座布団に正座をして、手を合わせると目を閉じた。



普段騒がしいはずのナルトの佇まいのためか、
しん、と静まり返りやや厳かな雰囲気に包まれた。

ネジは、もう片方の手に持ったままだった線香が入った箱から新しい線香を取り出すと、それに火をつけた。
仏壇の前まで来ると、ホロホロと灰と共に若干短くなってきているナルトの刺した物の隣に自分の分の線香を刺した。
端に積んでいた何枚かの座布団を上から一枚だけ取ると、ナルトの隣に敷き、ネジはそこに正座をした。
ネジによる一連の動作は手馴れたもので、物音もなく流れるように行われた。
ネジは目を閉じると、そっと手を合わせた。


(────父上……。ただいま帰りました。
今日の任務は里内での比較的楽なものでした。それで、帰りに、以前父上にも話したナルトに偶然会ったのです。…以前じゃないな。二日前にもナルトの事を父上に話した気がします……。でも父上に会わせるのは初めてですね。
うずまきナルトは、私にとってライバルで、私に無いものをたくさん持っています。でも、コイツはお調子者で、食事と言えばラーメンばかり食べている不摂生で困ったヤツです。まあ、でもそれのお陰でこうして父上にナルトを会わせることも出来たので良しとしましょう。
────父上、ナルトがここに居るだけで、なぜか……、暖かいような気がしませんか? 気のせいだろうか。
ああ、生きていたら父上にも聞かせてやりたかったな……。三年前にナルトが言ってくれた言葉。それに甘んじるつもりはありませんが、頼もしいと、そう思います。父上が心配しなくても、もう大丈夫です。ナルトは絶対、自分の言葉は曲げない男ですから……。
ああ、そうだ。今日の夕飯は肉じゃがなんですよ。ナルトは野菜が特に不足しているので偶然だがちょうど良かった。これから二人で食べます。父上にも後でお出しします)




“ぐう〜〜”

「……ネジ、オレってば、腹減ってるんだったってばよ…! そろそろご飯にしよーぜ」

ナルトはお腹の虫の鳴き声が自身から聞こえてきたのに少しだけ照れた様子でいる。
ネジは「ああ、そうだな」と頷き、二人は仏壇を後にした。



こんなふうに、夕飯を誰かとテーブルを共にするのはいつ以来かな。
十分な大きさはあるものの、こじんまりとしたテーブルに並べられた二人分の温かい食事を前に二人は揃って同じことを思う。
特に、誰かを自宅に招いて食事をする機会はほとんど無い。
ナルトは自宅に友達が数人遊びに来ることはあっても皆、夕飯前には帰ってしまう。
ネジに至っては自宅に人を招き入れる事さえもほとんど無い。

────家族がいたら、毎日こんな感じなのかな。


「……冷めないうちに食べようぜ、せっかくお前が作ってくれたからな!! オレもちっとばかし手伝ったし、普段料理しない割にはよくできただろ!?」

「ああ、いただくとしよう。大分、じゃがいもに皮が残ってるのが目立つがな……」

「んなもん、あったけーうちに腹の中に入れちまえば同じだってばよ」

作りたての肉じゃがを箸で挟む。
ほろりと柔らかいニンジンと歯ごたえの良いしらたきを口に頬張り、ほかほかの白米と食べ進めていく。
皮がいっぱいついたじゃがいもと、柔らかい牛肉はさらに美味いと感じる。
ナルトにとって久しぶりの白米は、とても美味しくて空腹も相まって勢いよく掻き込む手が止まらない。
そんなナルトの気持ちの良い食べっぷりを、ネジは作った甲斐があったと、目を細めて眺めていた。

しかし、きっと明日の方がもっと野菜がクタクタになって味が染みて美味しいであろう。
それは、少しだけ残念にも思う。


「……ナルト、お前、今日は修行でボロボロみたいだから風呂でも浴びていけ。貸してやる」

「………風呂から出たら、なんかして遊ぼうぜ!! オレってば、なんなら今から影分身で家にトランプとか取りに行くし、あ!! あと色々、お前ん家ってホラ、遊ぶもんとか何もなさそうだし雑誌とか持ってくるってばよ…!!うーん、だったらついでにパジャマとかも持ってくるか……、って、さすがにそこまでお前ん家に世話になるワケにゃいかねーか……」

「……いいぞ。泊まっていけ。遠慮などお前には似合わん。土足でズカズカと人の心に踏み込むお前らしくもない……。お前のサイズに合う服があるか分からんからな。家に寄るならパジャマもついでに持ってくるといい」


今の二人は、きっと互いに同じ気持ちを抱いている。
強がりがクセの二人は決してストレートには言い表さないが、普段なかなかそりの合わない二人は、今はお互いの気持ちが手に取るように分かっていた。

寂しい。人恋しい。
温かい食事を腹いっぱい食べて、満たされた。
こんな気持ちがずっと続けばいいのにと思った。



────


濡れ髪は、何となく色気を感じさせる。

男相手になにを、と思うが男が思うかっこいい男とはこういうのも言うのかと。
いつもは逆立つ、シャワーで湿ったままの撓る金髪をネジは見遣る。
今までにも皆で銭湯に行った際などに見てはいるのだが、こうして二人きりで見るのは初めてであった。

「…ネジはさ、髪なげーよなァ……」

ふいに自身の髪のことについて触れられたネジは、ドキリとした。
まさに今、同じようなことを考えていたからだ。
ネジは風呂から上がったばかりの僅かに滴る長い髪もそのままだ。

「…何をいまさら……。長いのは昔から知っているだろう……」

「うん、でもよ、お前ってば下ろすとかなり雰囲気変わるんだってッ!!」

「そうか……?」

「だってさ! だってさァ!! 昔、サスケがまだ里にいた頃によ、サクラちゃんも一緒で、その日の七班の任務で泥だらけになって銭湯に行ったときにさ、たまたまその銭湯にお前とゲジマユもいてさ、そんでお前ってば、あん時、男に髪の長い女の子って間違われてパンツ盗まれてたじゃんかよ!!」

「あ…! あれは……、普通に考えて間違える方がどうかしてる!! なぜ男湯に女が堂々と居ると思えるんだ!?」

「でもさ、オレは普通に男だって知ってるから無いけどよ、知らないヤツからすると、あん時のお前ってばまだ背も小さかったし、ヒョロっとしてたし髪で背中とか肩とか隠れてたら間違うヤツいても不思議じゃねーってばよ」

「……………」

ネジは不機嫌そうに、顔を顰めると一言も発しなくなった。
ナルトは、口からベラベラと衝いて出た思い出話(?)を少し後悔する。
ネジが本気で怒っている訳では無いのは分かるのだが、確かに男に向かって女に見えると力説して嬉しいはずは無い。

いつもと違って、色気を感じたのが気まずかったからつい、なんてのは、それ以上に言えないことではあったのだが。

「……ホラ!! とりあえず髪乾かせってばよ!!」

少々荒っぽい手つきでナルトはネジの頭部全体に、まだ自分の手の中にあったバスタオルを被せると、ガシガシと湿ったままの黒髪を拭き始めた。

「ちょっ、おい、自分で拭けるッ……!!」

ネジは、勢いよくガサツに動くナルトの手を自分の手で掴むと、その動きを制止させた。

「…………」

「……」

タオル越しにネジの髪を掴むナルトの手に少し力が篭ったのと、ナルトの手の甲に重ね合わせたネジの手のひらに力が篭ったのは同時だった。
そして、意識するとかなり顔と顔とが至近距離であったことに気づく。


可笑しいな、と思っていながら……、
何故だかどちらからともなく引き寄せられるかのように近づいて、それから、なぜキスしたのか。

せめてもと、ネジの頭に被せられたままのバスタオルをネジの目元が隠れるぐらいまで無意識に引き下ろしていたナルトは、唇を離したあと、ぎゅっと口を引き結んで俯くネジの赤くなった頬が、ただただ印象的だった。




────果たしてそれは、寂しかったからなのだろうか?





THE END






もどかしい距離感的なものを書きたかった!

銭湯で女に間違われた云々は、以前のサイトで閲覧者様から頂いたリクエストの銭湯ネタからの出来事を引用しています〜🥰





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