イル ネージュ -Il neige ❅*॰ॱ
目が覚めたおり、肩がすくむ。
今日はまた一段と冷えているな、と思いながら温もりを閉じ込めた布団の中で身を捩った。
まだ出たくないな…と思ったが、段々と覚醒してきた頭が今日の約束を思い出して心がじんわりと熱を持ったのが分かる。
こうしてはいられない。
逸る気持ちをおさえつつネジは布団から這い出て、寝室を出ると、広めの庭先を見渡せる縁側で、はたと立ち止まった。
一面、キラキラの銀世界。
ネジは冬の澄んだ空気を、すう、と肺に取り込む。
その雪景色に見惚れて感嘆を吐き出すと、真っ白な息がふわりと現れて消えた。
柄にもなくネジは心を躍らせていた。
ひとつはこの雪景色。
もうひとつは、ナルトとの約束。
特別な景色に特別な人。なんて良い日だろう。
ネジの足取りは寒さも気にならないぐらい楽しげに軽やかで、雪景色を横目に縁側を後にすると、朝食を食べ、身支度を済ませて家を出た。
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────ナルトの自宅まで来ていたネジは、ドアを前にして浮かれた顔を努めて引き締めると、ノックをした。
パタパタと、ドアの向こうから騒がしい足音が近づいてくるのが聞こえて相変わらずのドタバタ忍者ぶりに、せっかく浮かれた顔を引き締めたというのにまた笑えてきてしまう。
「ネジッ! おはよーだってばよ!」
勢いよくドアを開けると、元気よく朝の挨拶をしてきたナルトにネジは「ああ、おはよう」と返す。
きちんといつもの顔ができているだろうか。
「今日は冷えるな〜!! こんな日こそ修行頑張ってあったかくするしかねえな!」
「なあ、ナルト。ひとつ提案なんだが…」
「ん? なに?」
「オレの自宅で修行するというのはどうだろうか」
ネジは、ナルトの家へ向かう途中ふと気づいた。
自宅の広い庭は誰にもまだ踏まれることなく穢れなき真っ白な世界のままだった。
しかし、ナルトの自宅は木ノ葉の中心部にある。
どうしても人が密集している地域のため早朝とはいえ、すでに色んな人の足跡や汚れで、いっぱいだった。
木ノ葉の中心部通りの雪は、どうしても、自宅の庭を見たあとだと見劣りして見えたのだった。
「お前ん家? そういや、オレってば行ったことないしな〜」
「お前に、見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの? なんだってばよ」
「それは、ついてからのお楽しみだ」
「いいぜ! んじゃ、お前ん家で決まりな!」
「ああ」
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自宅へ戻ってきた。
ネジは初めてナルトを家へと招き入れた──
「…さあ、ナルト。入れ」
「お邪魔するってばよ」
ぎゅっ…と、白に足が沈み込み音が鳴った。
そしてナルトの青い瞳が、一面の銀世界を映し出して、キラキラと輝き出した。
「ほわー! スッゲェ! 雪積もってる!!」
「……ああ。比較的、温暖な気候の木ノ葉にこんなに雪が積もるのは久しぶりだからな」
「まだ誰も足跡つけてないってばよ!!」
「まあ、自宅だからな」
「オレたちだけで、こんな凄い景色に足跡つけれちゃうってなんかワクワクしてきたってばよ!!」
しかし、ナルトは次に、「あー…、でもこんな汚れ一つない景色に足跡いっぱいつけちゃうってのももったいねェ気もする」と付け加えてきた。
「……別に遠慮することはない。修行するのだからどうしても足跡はつくだろう」
「んー…、でも、もうちっとだけさ、このままの景色見ていたい気もするってばよ…」
ナルトは相変わらず一面の銀世界に見惚れていて、ネジはその横顔を眺めた。
ナルトが雪にはしゃいだのは予想通りで、それにはこちらもわざわざ連れてきて見せた甲斐があるというもの。
だが、綺麗なものを綺麗だと言う、こんな顔もするのだなとネジは少し意外に思った。
なにも、急ぐ必要はない。
すぐに足で踏んづけて汚してしまうような無粋な真似をするのも子供染みているかな。
少しの間だけでもこの雪景色を目に焼き付けておくのも悪くないなとネジは思った。
「……ナルト、熱いお茶を淹れるからそこの縁側に座っていろ」
「ああ、うん! サンキューな、ネジ」
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温かい湯のみを両手で握り締め悴んだ手を暖めながら、時おり、隣のお茶菓子をつまむ。
ネジとナルトはお茶菓子を間に挟んで横並びに座り、はらはらと降る雪を眺めていた。
「……昔、父上がまだ生きていた頃、オレがまだ四歳で、」
ナルトはぽつりぽつりと語り出すネジの方を見やる。
ネジは遠い記憶を思い出すように真っ白な世界の果てを眺めていた。
薄紫を帯びた白い瞳が、さらにキラキラと真っ白に染まっている。
ナルトはちょっとだけ綺麗だな、などと思ってしまった。
ほんの少し見蕩れていたのは内緒だ。
舞い降りる粉雪がふわりふわりと、白い瞳に映し出されると、まるで、ネジの瞳の中にまで雪が降り積もって行く様だった。
「その日も、こんな風に、雪が降り積もっていてオレは子供だったから…すごくはしゃいでいた」
「お前の子供の頃って、想像つかねーってばよ…。可愛げなさそう〜」
ナルトがからかうようにそう言うとネジは苦笑した。
普段の自身のイメージからそう言われるのも無理はない。
ネジは誤解するな、と言わんばかりに続けた。
「……父上と、雪合戦して、雪だるまも作ったぞ」
「へえ……、意外と子供らしいことしてたんだな。お前ってば…」
「たしか、父上に雪玉を二発も当てたな…。父上と一緒に遊んだ最後の思い出だ……」
「そっかァ……、オレってば、子供の時のそういうの、なかったからさ……ちょっと羨ましいってばよ…」
「……すまないな、急に変なこと言いだして…」
ほんの少しの間、しん…として白と静寂とだけになる。
ナルトの胸中を察することなく、自分の事ばかり喋り過ぎてしまったとネジは少し反省した。
どうにも、ナルトの前だとつい本音がべらべらと口を突いて出てしまうな、と自身を省みる。
白い静寂をナルトの声が破った────
「……父ちゃん、いなくなって、寂しいって思ったりしたんだろ? お前も…」
「……当時は、子供だったからよく分かっていなくて、だが悲しかったのは覚えている…。しだいに死というものを理解するにつれて、今度は悲しさよりも運命によって理不尽に殺された恨みの方が正直強くて、………素直に父上がいなくて寂しいと感じられるようになったのはここ最近だな……」
「繋がりがあるから苦しいってサスケも言ってたなァ…そういや…」
「でも、今は、オレや、家族、兄弟、里のために、自らの意思でみんなを守り抜いて死んでいった父上を誇りにも思うよ……。サスケもきっといつか救われる日が来るとオレは信じている」
闇とは対照的な、一面の純白の景色。
こんなに、優しくて、穏やかで、真っ白な世界もあるんだと知ってほしい。
二人は同じ景色を見てそんな事を思って、温かいお茶を飲むとほっと心が解けていき、胸がじんわり暖かくなったような気がした。
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「なァ、ネジ。雪合戦しようぜ」
「……修行はどうするんだ?」
「雪合戦だって、本気でやりゃ、修行だってばよ!」
まあ、言い分は分からなくもない。
技を確実に当てる修行にはなるだろう。
ネジはそう思うと、そういえば、と何かを思い出した。
「…ナルト、少し待っていろ」
「……?」
ネジは、小走りで家の中に消えていき、数分後には戻ってきた。
手袋をしたネジの手の中に大事そうに何かが収められている。
「…ナルト、これを使え。昔、父上が使っていた手袋だ」
「え、でも、大事な物なんだろ?」
「……大事な物であるのは、そうなんだが、お前との時間もオレにとっては、……大事なものなんだ」
「……暖かそうな手袋だな! ありがとな!」
「…ああ。風邪でもひかれると困るからな…。まあ、馬鹿は風邪をひかないと言うが」
したり顔で笑うネジの顔面に大玉の雪が飛んできたのはすぐのこと。
───── THE END ❅*°
タイトルのイル ネージュ -Il neige
フランス語で雪が降っているという意味らしいですが、ネージュ(=雪)という響きがネジぽいからというそれだけの理由でタイトルにしました笑
イル ネージュ…居るネジ…ネジが居る🤔
後にナルネジは義家族(厳密にはヒナタとは従兄弟だから違うとはいえ)となるって考えたら感慨深いものがありますよね。
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