甘え/お言葉に甘えて



【CHAPTER】




ナルヒナ前提ナル←ネジからのナル→←ネジ。
※苦手な方は読まないでください。







「お邪魔するってばよ!」

元気の良い青年にしては高めの声が、日向宗家の門前で響き渡る。
使用人の女性が、ヒナタ様をお呼びしてきますと声の主のナルトを中へと招き入れた後、早足で駆けて行った。

ナルトとヒナタが恋人として付き合うようになって、ナルトは日向家へと赴く機会が増えた。
最初の頃は、格式高い名家の門を潜るのは緊張していたが、最近はマシになってきたようである。
日向の屋敷は来るたび来るたび、色々な顔ぶれの、だが皆同じ薄紫色の眼を持った人たちが大勢居る。
ナルトは必然的に、同じ日向の名前を持つネジの姿を見かける機会も増えていた。

ナルトにとってネジは、日向の顔ぶれの中では数少ない同年代の同性なので、今迄も仲間として交流はあったが最近は己の恋人の義兄として接する事が多かった。

そわそわしながら照れ屋の恋人が現れるのを待っていたナルトの目線の先に、先ほどの使用人の女性が申し訳なさそうな顔をして駆けてきた。

「どうしたんだ? ヒナタ呼んできたんじゃねえの?」

「申し訳ありません。ヒナタ様は現在留守だとお父上様から確認を取りました……。是非また次の機会にお会いになられて下さい」

「なんだそっかあ……。んー、ここまで来て帰るのもなァ。あっ! じゃあネジいるか? 居たら呼んできてもらえねえか?」

「ネジ様ですね。確認してみます」


再び駆け足で去っていった使用人の女性を見やりながら、ナルトは自分でも辺りを軽く見回してネジの姿を探してみる。


“あっ”

ナルトは心の中で声をあげた。

(おばちゃんに悪ィことしちまったなあ……)

直ぐ近くにネジの姿を見つけてしまったので使用人の女性を無駄足にさせてしまったことに少し詫びつつ、ナルトはネジに近寄った。


「ナルトか……」

やはり、ナルトはいつもネジに存在を気付かれる。
ナルトは今更びっくりすることも忍として簡単に見つかってしまう事にがっかりすることもなく。

「ああ、また来ちまった。けどヒナタ留守っつってたんだよ。お前暇か?」

「見ての通り暇だが?」

「なら、いつもの部屋で話そうぜ」

ネジは無言でナルトを一瞥して、ふと廊下へと足を向けた。
ナルトはついてこいと言われてるのだと直ぐに理解し、小走りで少し先を歩くネジの隣の位置まで来た。

「ほら、入れ」

襖を開ければ、いつもの殺風景な、だが燦々と光が射す部屋へと足を踏み入れる。
ナルトの家はフローリングだが、日向の屋敷の部屋は廊下を除いて畳だ。
足の裏に触れる畳の感触と、独特の良い匂いがナルトは好きだった。


部屋に置いてあった酒を昼間なので、ほんの少しだけ嗜みながら、ナルトとネジはたわいもない話に花を咲かせる。


「そういやさァ、お前ってば彼女とか欲しくねえの?」

ネジの眉が僅かに反応したのを目の前のナルトは見逃す筈もなかった。
何かまた怒らせること言ったかなと思ったのも束の間、ネジの白くなだらかな頬に涙が伝っていた。
それなのにもかかわらず、当の本人は涙を流す以外の反応を見せず先ほどとあまり変わらぬ表情だ。

「えっ、ネジ……? 悪ィ、オレなんか変なこととか言っちまったか……?」

ナルトは目の前の普段冷静な男の態度からは予想もつかない事態に少々慌てた。

「何がだ……?」

未だに頬に涙を伝わせながら、キョトンとした顔でいるネジにナルトは言ってよいのか戸惑ったが、濡れている目尻に軽く親指を当てて、“涙” と指摘した。

漸く己の事態に気が付いたネジが今度は慌てふためく番だった。

「違ッ……お前は悪くない……」

先ほどのナルトの問い掛けにやっと返事を返すが当然ナルトは納得など出来ずに顔を顰めた。

「じゃあ、何で泣いてんだ……」

「お前には関係の無い事だっ……!」

「いや、でもよ……」

「いいから、今は一人にしてくれないか……」


ナルトは、己がヒナタに会おうと屋敷に足を踏み入れるたびに、何処までも見通せる眼を持ったネジの悲痛な視線には気付くことがなかった。

ネジは普段は感情を表に出すことは無いのだが一度怒りの琴線に触れてしまうと分かりやすく感情を表してくる。
かつてネジと戦った中忍試験本戦での出来事を思い出して、ナルトはネジの本質について少しだけ思考を巡らせた。


「そんな状態のお前を一人になんてできっかよ! ちょっくらオレん家に来いってばよ。ここは日向の人多くて落ち着かねェだろ?」

ナルトが一人で闇を抱え込む人を放ってなど置けない性分なのは昔からだ。

ナルトは半ば強引にネジの手首を掴み上げると、そこから立ち上がらせた。
勢いよく襖を開けて、部屋を後にする。
屋敷の門まで早足で歩いていると先程の使用人の女性が居た。

「さっきは、すまなかったな! 自分でネジ見つけちまった! ちょっくら今から出掛けてくるってばよ!」

少々早口でナルトはそう使用人に告げるとネジの手を強引に引いたまま屋敷を後にした。


本気で嫌なら振りほどきそうなものだが何故かそうはしてこない、今は弱々しい白い手を力強く掴んでナルトは自宅まで早足で向かった。
自宅に漸く辿り着くと、ナルトは古びた木のドアを開けて先にネジの体を中へと押し込めた。

取り敢えずネジを座らせようとナルトはキッチンテーブルを見やるが、テーブルの上にも椅子の上にも物が積み上げられ散らかっていてこれは無理だと、少しだけ日頃の大雑把な行いを反省した。

ベッドにでも腰をかけさせようと思ったがネジは項垂れているばかりであった。

「……嫌なら話さなくてもいいけどよ、あんまゴチャゴチャ溜め込むなってばよ。オレにできることがあんなら何でもやってやるから!」

ナルトは先程の厳しい顔つきから一変、にかっと快活に笑う顔をネジに見せた。
すると、項垂れているばかりであったネジの眼とナルトの眼がかち合った。

「……何でも?」

いつもと違う、あどけなさや頼りなさが漂う雰囲気のネジにナルトは少しの間言葉が詰まってしまう。
深い呼吸をしてから、ナルトは再び笑いかけた。

「ああ。オレにできる事なら」

「……口付けを、して欲しい」

やっとの思いで望みを告げてしまったネジは堰を切ったように、再び涙が薄紫色の眼を濡らしていく。

「……お前に救われた時からオレはお前の事を好きになってしまった……、ずっと必死に隠してきた……なぜここまで隠しておいてオレは今更泣いたりなどしてしまったんだ……っ 」

ネジは自分に腹が立っていた。
ナルトとヒナタに嫉妬し、そしてここまで気持ちを隠しておいて今頃になってよりにもよってナルトの目の前で涙を見せてしまった己の脆弱さに舌を噛み切ってしまいたい気持ちでいっぱいだった。
それなのに、裏腹に口付けなどという行きすぎた望みを要望してしまった。
最初で最後なのだからこれぐらい許されるだろう、これぐらいは自分だって報われても良いのではないかという気持ちもあったからだ。

「本当はこんな感情……、墓場まで持って行くつもりだったのに、お前が優しいから……っ、オレは甘えてみたくなった……」

言葉の最後の方は涙のせいで声が震えていた。

ナルトは震える肩を引き寄せてなるべく落ち着かせるように、宥めるようにゆっくりとネジの唇と己の唇を重ねる。
だが反対にネジは想いを言った後、若干後悔をしたのか、つい後退りをしてみせる。
ナルトはネジのちょうど背後にある壁へと身を押し付けると、再び唇を奪った。
涙で濡れて少ししょっぱいネジの唇を、ナルトが甘く溶かしていく。

時間的には僅かだったがネジは言葉で言い表せない程の幸せを感じてしまった。

だがしかしたった今、己に齎された僅かな時間の幸せは義妹のヒナタにはこれから永遠にある事も知った。


ナルトの唇が離れた後、ネジに猛烈な罪悪感がのしかかってくる。
余りにヒナタに申し訳なくて、ナルトにも己の心の弱さや我儘に付き合わせてこんな事までさせて自分は何をしているのだという自己嫌悪に苛まれる。
ネジはナルトの肩を強く押し返した。
口付けの直後で乱れていた息すらも整えられない。

「これで全て終わりだッ……、これ以上オレの心を掻き乱さないでくれ!」



少しの間の静寂、それを破ったのは落ち着いたように振る舞うネジだった。

「ヒナタ様はずっとお前を見てきた。これからはお前もヒナタ様の事をずっと見てやれ……」

ネジは嫉妬していた自分を恥じるふりをした。
自分が反省をし、心の整理がついたと思わせられればと思った。
なるべく声を押し殺して言ったつもりなのだが、本人は気付いていないのだ。
如何に自分が分かりやすい人間であるかという事を。
ナルトは納得のいかない顔をして顔を顰めた。
そして再び今度は、ネジの肩を強く壁に押し付けた。

「お前はッ、お前は違うのかよ!?」

ネジは訳が分からずに眼を丸くした。
ナルトは構わず、ネジの肩を段々と骨が軋むほど押さえつけて物凄い形相になる。

「……ッお前もオレを見てきたんじゃねェのかよ!? 違うのか!? じゃあさっきの告白は何だったんだよ!」

突然肩を強く掴まれて壁に押し付けられたネジは背中の痛みで眉を顰めた。
そして突然己の頭上へと降り注いだ怒声に思わず恐る顔をみせた。
いつのまにかナルトに追い越された身長で、そして物凄い形相をしたナルトにネジは壁際に追い詰められてしまった。

「……ナルトッ……」

怒鳴られる事になるとは予想もしてなかったネジは、何と言えば良いのか思いつかずに名前を呼ぶ事しかできない。
するとナルトはネジが怖がっている事に気付き、肩を掴む手の力を緩めてやった。
そして怖い形相をして怒鳴った事を少し反省して、今度は眉を下げた。

「……そんな風にお前に泣かれたり、怖がられたくねェよ、オレ……。 それにお前が辛い想いしたままオレたちだけ呑気に幸せになんてなれねェんだ」

ネジは今度はナルトの悲痛な顔を見つめて、そして己に訴えかけてくる静かな言葉に耳を傾けた。

「お前だってそうだろ? 幸せになりたいと思うだろ……。オレになら、お前を笑わせてやれると思ってる」

ナルトはただ真剣な顔をしてみせた。

ネジの眼に再び涙の膜が浮かび上がる。
発せられた声は震えていて、やはりネジはまだ諦めなどついてなく、未だ強がっていただけだったのだとナルトは確信した。

ネジはこれ以上自分の弱さを曝け出す事などしたくはなかった。
嫉妬こそあったものの、決して二人の邪魔をしたい訳ではなかった。
これは完全に己の中で片付けてしまうべき感情だった。
ネジはナルトを突き放すしかない。

「ナルト。お前は、何度オレの心を掻き乱せば気が済むんだ? ……またオレはお前に甘えてしまう」

「甘えんななんて一言も言ってねえだろうがよ」


何を言う訳でもなく互いは無言になり唇を重ねた。
ネジは今度は少しも拒むことがなくなり、ナルトはそれを認めるとネジの肩に置いていた手の力を更に緩める。

先程より深い口付けをしようとナルトは舌を伸ばした。
それにもネジは拒まない。

ナルトは舌だけでなく赤く染まったネジの唇も吸い上げる。
甘い吐息が惜しげもなくネジの唇から洩れ始めた頃。
ナルトは薄っすらと青目を開けてみた。
先程交わした口付けの時のネジは一瞬幸せそうな顔をしたと思えばどこか我慢して辛そうだった。
だが今は全てを曝け出してしまうことが出来た為か、ネジの凝り固まってしまっていた何もかもが溶けてしまった。
ネジは己に身を委ねて甘えているであろう顔になっていた。

ナルトはネジの肩から頭へと手を移動すると、柔らかな黒髪を撫でて再び眼を閉じた。



to be continued…





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