今更の恋心


とてもきれいな子を見た。

それは髪が長くて、肌が白くて、女の子の様にも見えたけれど、きりっとした表情が男の子のようにも感じさせる不思議な子だった。
ちらっと見えた目がとても印象的であった。
あんな目の色を今まで見た事がなく、頭から離れない。

薄紫かかった、きれいな色だった。

(ボクの真っ黒の目とは正反対です。とてもきれいでした……。あの子の名前が知りたい……)

誰かに聞こうなんて手段は最初からなかった。
なぜなら、リーにはアカデミーに友達がいなかった。
落ちこぼれだと馬鹿にされる毎日で、馬鹿にされる以外は話かけてもらう事はないからだ。
リーは、どうしてもあのきれいな子の名前を知りたくて学校中を探し回った。
放課後、いつも授業でランニングなどに使う演習場で、そのきれいな子を見つけた。

その子は真剣な顔で、流れるような柔らかい動きの、独特な体術を練習していた。

そのきれいな動きに見惚れた。

だが、その子の動きが止まった。
途端、こちらの方を向き眉をひそめた。


「……そこで何をしている? コソコソ隠れず出てこい!」

びっくりして、慌てて姿を見せる。
正直言って、さっきまできれいだと見惚れていたのも吹き飛ぶくらい怖かった。
とにかく、何か言わなければと頭を捻る。

「……すっ……すみませんっ!! あの、キミの体術がきれいだったもので、つい見てしまいました……」

その子は、眉間のシワをさらに深くした。

「……去れ。修行の邪魔だ」

「……すみませんっ……。あの、名前だけでも教えてくれないでしょうか……」

これを言いに来たのだ。これを言わずにそそくさと引き下がりたくはなく、震える口を引き締め力強く言った。

「……そんなもの聞いてどうする」

「お願いですっ……教えて下さい!」

「はぁ……、日向、ネジだ」

「日向……ネジくん、ですね。ありがとうございますっ……!! あっ、えっとボクの名前は……ロッ、」

「お前の名前などに興味はない! いいから、早くここから去れ」

リーが名前を名乗る前に、ネジは幼い声色ながらもドスの効いた声で、吐き捨てた。

「……すっ……すみません……。今から帰ります。 しゅ……修行、頑張ってください……」

涙目になるのを必死に堪えながら、その場を逃げるようにして走り去った。

(なんて情けないのでしょう……! こんなみっともない姿を見せてしまうなんて。ネジくんに嫌われてしまったでしょうか……)

最初はただ、きれいな子だと思っていたのに、この出来事でリーの中でネジに対して恐怖心が上回ってしまい、気になるのに、まるで近づけなくなってしまった。

それから数年後、アカデミー卒業で班員が発表された。

「次! 第三班! 日向ネジ、テンテン、そしてロック・リー! 以上三名だ」

(え……? ネジ? 日向ネジ!? 同じ班? ど……どうしよう……)

視線を感じた。
ネジくんが、こちらを睨みつけていた。
言いたい事はすぐに分かってしまった。

(ネジくんはナンバーワンルーキーで、なぜこんなボクみたいな落ちこぼれと同じ班なのかって言いたいんでしょう)

だが、リーとてアカデミー在学中の間、死に物狂いで修行を重ねて来たのだ。
前とは違って、恐怖心よりも対抗心の方が上回っていたことに気付く。


(ボクは、もうキミに怯えたりしません。これからはキミのライバルになってやります!)

心に固くそう誓った。
幼い時抱いた恋心を封印して。

三班での下忍認定試験を無事突破し晴れて本当の下忍となった。
暫くして中忍試験の話が舞い込んできたが、もう少し実力をつけるため受験は見送った。
数々の任務をこなしながら、ネジに試合を挑む日々。

(いつも、ボクが負けると決めつけられて、しかし実際いつもその通りで……)

「無駄だよ、リー。お前はオレには勝てない。これは運命で決められているんだよ」

ネジはボクを倒した後、いつも決まって “運命” という言葉を使った。
何故だろうと思った。
なぜ、彼は “運命” という言葉に固執しているのか分からなかった。
単なる口癖だとは思えなかった。
“運命” という言葉を使うたび、薄紫の瞳が更に冷たくなるからだ。

ある時、ガイとネジがなにやら二人だけで話しているのが聞こえた。
宗家と分家という言葉と、仲が良くないという事だけは理解できた。
ネジはその分家で、班内ではリーダー的存在だが、一族の中では身分が低いのだという事に気付いた。
だが、リーはそれ以上の事を知るわけでもなく心の内に聞こえた話をそっと閉じ込めた。

第三班が結成してから約一年が過ぎた。
もうアカデミー出たてほやほやの新人ではない。
次のルーキーが全員揃って中忍試験に出るというのを小耳に挟んだ。
今年の中忍試験には、ガイも自信をもって参加させるつもりである。

第二試験を無事突破し、第三試験の前に予選を挟む事になりそこでネジの宗家と分家という関係の謎の一部を垣間見た。

宗家と分家の間に詳しくなにがあったかまでは未だに分からなかったが、ネジが宗家に対して相当な憎悪を抱いているのだけは嫌でも分かった。

いつも己はコテンパンやられていたけれど、あそこまで本気の殺意を誰かに対して向けているネジを、リーはこれまで見たことがなかった。




(決定的に、キミが変わったのは……、ナルトくんとの戦いがきっかけでしたね)


あの時、ネジへの恋心を封印したつもりだったのに、急に悔しくなってふつふつと湧き上がった。
リーは予選で負傷して大怪我を負い、ネジの本戦での戦いを見る事が出来ず、試合の結果こそ会場にいた他の忍から聞けたものの、詳しくネジとナルトとの間に何があったのかは後々テンテンから聞くことになった。

ネジが負けたと聞かされた時はリーは耳を疑った。
あのネジがルーキーに負けるだなんて信じられなかった。
しかし、本戦後のネジの態度が大きく変わっているのに気付いた。

ネジが、いつだったか。
穏やかな顔をして “ナルトがオレを闇から救い出してくれたんだ” と言った。


(心底悔しかった。ボクは昔からキミを見てきて、キミに何度も挑んで、キミの闇のほんの一部を少しだけ知っていたというのに。救ったのは出会ったばかりのナルトくんだということが)

だが、間違いなくネジを救い出したのはナルトという事実は変わらない。
そして、ネジが変わったということはリーにとっても大変喜ばしいことなのだ。

封印した恋心が、今再び動き出そうとしてどうしたものかと思う。

(キミのライバルになると決めたのに。キミが変わった瞬間、再び恋をするだなんて都合が良すぎですよね。それにキミはナルトくんに心を奪われているのに。本当に今更です……)



THE END



1/1ページ
    like it…!