序章
――「マーリン」
「なんですか、とうさん」
古い書物が積み重なる部屋で、気もそぞろに返事をする。目を通している文献に興味深い魔法がのっているのだ。試しに使ってみようとしたところで声が掛かったのだから、マーリンとしても面白くない。
「城から呼び出しがあった」
「へぇ、城から……どこの国です?」
「ネメルミスアだ」
途端、マーリンは興味深そうな表情で顔を上げた。キラ、と赤い目が光る。その圧に、アキメネスが怖気付いたかのように少しだけ後退った。
「神樹の、ネメルミスア?」
「ああ、そうだ」
「なぜ?」
「詳しいことは知らん。だが、ネメルミスアからの要請とあっては無下に出来ん」
「多額の支援金を頂いていますからね」
寝転んでいたソファから下りると、マーリンは「いいですよ」と笑った。
「私でよければ、お受けします」
「お、おお! 本当か!」
「もちろん。神樹や聖女の力について調査するのに、これほどの機会はありませんから」
ほっと胸を撫で下ろすアキメネスは明らかにマーリンを恐れている。そしてそれをマーリンも分かっていた。
今やバベルの塔はアキメネス老ではなく、マーリンを中心に回っている。
「そうと決まれば」とマーリンは早々に準備を終えた。というより、私物がほとんどないのだ。必要なものは向こうで買えばいいし、大抵の事は魔法で何とでもなる。
すぐにでもここを発てそうなその様子に慌てたのはアキメネスだ。
「待ちなさいマーリン!」
「ああ、楽しみだなぁ」
「マーリン!!」
「それでは行ってまいります」
アキメネスの嘆きは届かず、夜も更けた頃にマーリンはネメルミスアへと飛んでしまう。
魔法使いというものは、往々にして常識が通用しない。
5/5ページ