千代「詳しいことは知らない。ただ、それだけ。心の記憶は、誰にでも覗けれるものじゃないから。………たとえ、千年公が徒（いたずら）に覗こうとしたとしても」





その人の過去は、その人にしかわからないから。

そんな呟きに、二人は黙り込む。静まり返った空気にハッと気づいた私は、誤魔化すように話題を変える。





千代「あっ、ご、ごめんなさい。ほんとに何も知らないの。噂程度？だから気にしないで！！
…それで、あの……ええっと………」



ブックマン「…………。ついてきなさい」





ブックマンは私をじっと見てから、踵を反す。
やはり何か怒らせたのだろうかと一抹の不安を覚えながら、彼らの後を追いかける。





千代「ここは………」



ブックマン「千代嬢。すまないが、全てのイノセンスを発動させてはくれんか？」



千代「イノセンスを？」





彼らに付いていった先は、修練場だった。
不思議に思いながらも発動をする。
ビースト・リングは、2つの頭を持つ巨狼を呼び出し、鎮座させる。
竜の守り石は、口寄せを使って鮮やかな朱色で私と同じくらいの体躯と尾尻などに金色を持つ、鳥を呼び出した。
呼び出した途端に、鳥は私を見るなり顔をすりよせてくる。




千代「ちょ、カーラ。くすぐったいよ」



カーラ「ピュイ♪ピュ…ピュ…ピュイゥ♪」





カーラと呼ばれた鳥は嬉しそうに鳴きながら私の回りをぐるぐると歩き出した。
ここ何日かの任務で移動手段として呼び出していたからか、今日も空の散歩ができると思ったのだろう。
親である私に、遊んで。構ってほしい。と言わんばかりに頬を擦り付けている。
ようやく私以外の人間が視界に入ったのか、私と見比べるかのように首をかしげていた。

普通の鳥と違って巨鳥ではあるのだが、まだまだ遊び足りない生後1ヶ月の雛鳥である。
以前、イノセンスを使いこなす修行をしていた際に、口寄せを使ったら偶然巨大な卵が現れたのだ。
しかも孵化する寸前だったらしく、私が卵に触れたとたんに孵ったのがカーラだった。
それ以来、カーラは私を“親”だと認識し、こうやって甘えている。





千代「ごめんね、カーラ。今日はお散歩じゃないの。いい子でいてくれる？」



カーラ「ピュー……ゥ」





子供だからか、凄く落胆しているのが見ていてもわかる。それに苦笑しながら最後のイノセンスを手に持つ。





千代「エレメント───………いｯ」





発動させようとして弦を構えたとたん、指先からビリビリと鋭い痛みが走った。





〔代わらぬか、小娘〕



千代「ｯ！」





痛みが長引くと同時にぐん、と引き下げられる感覚に陥る。
なんだこれ、前にも同じようなことがあった気がする。デジャブだ。
しかもあの声はウンディーネ？

ふらつく体を必死に支えながらイノセンスを抱き抱える。
警戒体制を張り詰めながらじっと窺（うかが）っていた二人に、大きなため息をついた。





千代？「……………まったく。妾をこんなむさ苦しいところに呼び出そうとするなど、言語道断じゃ。馬鹿者が。」



ラビ「え…っ……千代……？？」



千代？「ん？………ああ、ブックマン一族の老いぼれと小童（こわっぱ）か。話を聞きたいのだろう？
だが、まずは場所を変えてもよいな？どうにも、この場所は妾達には肌が合わぬ。」



ブックマン「ふむ。…………あいわかった。」





突如、上から目線な物言いに唖然として開いた口が塞がらないラビの隣で、状況が読めたブックマンは彼女の後を追う。





ブックマン「1つ、訪ねてもよろしいかな？」



千代？「なんだ」



ブックマン「貴殿はなんだ？
千代という少女は今どこにいる（・・・・・・）？」





そんなブックマンにニヤリとおくそ微笑む。




千代？「妾に名はない。
人々は妾の事を“ウンディーネ”、“水を統べるもの”、“水精”と呼ぶがな。

その小娘ならばそこにいるのだが、お主らには見えぬのだったな。
…………ほれ、こうすれば分かりやすいか？」



宙を指差すと、小さな水の渦が巻き起こり、やがて人の姿を象（かたち）づくる。
立体的に浮かび上がるそれは、揺りかごの中で眠りにつく一人の少女だった。





ラビ「これは………」



ブックマン「……………」



千代「安心せい。意識下で眠っておるだけじゃ。
ずっと、悪夢に魘（うな）されておったからな。
体調がよくないにも関わらず、から元気なまま任務に行って支障をきたしては、本末転倒じゃしの。」





そういう彼女は振り返りもせず、前へと進む。
それ以上は聞くなとばかりに、無言で歩く彼女の後を追いかけながら、二人は森へとたどり着いた。