千代「………ぁ………」



ラビ「千代…ｯ！？」





安堵した優しい顔を向けてきた彼に、大粒の涙がボロボロと溢れ落ちた。
オロオロとあの時のように慌てふためく彼の姿が、懐かしくて………苦しくて、止めどなく溢れる感情が言葉が抑えきれなかった。





千代「ごめ…ごめ、んなさ……ｯ、ごめんなさい。ごめんなさい……和真…ｯ。
貴方じゃなくて私が死ねばよかった、私が死ねばよかったの…！私の、せいで、貴方の未来を奪った…。
私と出会うことがなければ、貴方はずっと生きてたのに…ｯ！
………私が、私が和真を殺した…。私、が…私が貴方を…殺したの、私が…。」



ラビ「………ｯ」



“和真”
そう呼んだ相手が、ラビだとは気づかなかったぐらい錯乱していた。
ラビだけじゃない、コムイさんもブックマンもいるのに、焦点が合っていないのかと思うぐらい……正気ではなかった。
泣きじゃくりながら、狂ったかのように、謝り続ける………それがどんな姿に映ったのだろうか。

悔恨、怒り、絶望………。
過去を呪い、己を恨み憎む。
きっと、この世界の住人であったら、アクマの材料になっててもおかしくなかっただろう。
喜んで彼の名を呼び掛けていたに違いない。
そんなこと、彼は望んでいないのをわかっているのに………それでも、行き先のないこの怒りの矛先を向けたかったのだ。
哀しみを後悔を………今まで押し殺してきた感情の全てを、手放したかったのだ。
もう二度と喪わないように。二度と、感情（こころ）を持たないように………。





千代「貴方を…愛さなければよかった…ｯ信じなければよかった………！…そうすれば誰も傷つかないの。もう、疲れたよ……いつまで、私。化け物でいなくちゃいけないの……？」



ラビ「………ｯ目を、覚ませ…千代…！そんなこと、誰も望んでなんかないだろ…ｯ」



千代「望んでいないならどうして……！？どうして、いつまでも私を縛り付けるの？何処まで私を壊せば気がすむの……！？
もう、嫌だよ……っ！！」



ラビ「っ………！」



ブックマン「………！」



コムイ「ラビ………ｯ！」





彼の腕に、具現させた短刀よりも一回りぐらい小さめの小刀で思い切り突き刺す。

痛みに顔を歪める彼の後ろで、コムイ達が駆け寄ろうとするも、なんでもないといった声色で、話しかけてくる。

何て言っていたのかはわからない。わからないけれど、聞きたくなかったし、知りたくもなかった。
独りにしてほしかった。
ただ、ただ静かにいさせてほしかった。
女である私が、男の人の力になんて到底敵わないのは分かってる。だからこそ、抗いたかった。
更に彼を傷つけてしまうから、心の傷を増やしたくなかった。

俺の顔をみろ。と喚く私の体を揺さぶりながら、同じ目線になるように顔を無理矢理向けさせられる。
涙でぐしゃぐしゃになった頬を、そっと包む“彼”の手が、やけに熱く感じる。
視界は当然ながらぼやけて見えないし、ぐるぐる回っていて気持ち悪い。





千代「離、して……ｯ！私に構わないで…もうこれ以上、殺させないでよ……！離して……離してってば…ｯ」



ラビ「………千代。もういい、もういいから………やめてくれさ…」



千代「……ぅ……あ…ｯい、や…ｯ………嫌だあああｯ、ぁ……………？───」





私を落ち着かせるために、“彼”はぎゅっと抱きしめてくれた。
優しく優しくあやすように、抱きしめるそんな彼から逃れるように、暴れだす私の額にとん、と光るなにかが刺さった。

痛みも何もなく、ただ急激に襲いかかってくる睡魔に抗えず、まるで糸が切れた操り人形のように……ぴくりと動かなくなった。





コムイ「……ｯ…ブックマン、今のは………」



ブックマン「安心なされよ、室長殿。少し、麻酔針を放っただけだ。直に目を覚ます。
だが………」



ラビ「…………」



ブックマン「“誰にも愛さない”、“愛されたくはない”………か。
『彼女』と同じことを言うとはな……そうだろう？ラビ」





彼女を抱き抱えたまま、背を向けている弟子にジロリと冷たい視線を投げつける。
それが何を意味するのか……分かっているのか、未だ眠る彼女をぎゅっと強く抱きしめていた。