初穂に
名前変換
名前変換神社の用語や主人公の設定(仮)などを余談にまとめております。
もしよろしければそちらもお読み頂けたらと思います。
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こうして座っていれば「早く朝ご飯を食べないとね。」なんて母が言い出すような気がして、名前はしばらくその場を離れることが出来なかった。それに、ここで立ち去ってしまったら最後、もうここに戻れる自信は無かったし、家族が家族でなくなり自分が自分では無くなるような気がした。
しかし、父と母が遺したものはあまりにも多かった。そのうちの二割も子供である名前はまだ分からない。
早く戻らないと。お家に帰ってご飯を食べて、神社に行って神様に挨拶をして、境内を掃除して。すべて頭では分かっているのに。
「名前...ちゃん?名前ちゃんかい!?」
「梅おばあちゃん...。」
あんなにおっとりと穏やかな梅さんが、普段からは想像もつかないような焦りようで名前近づき、抱きしめた。
「良かった...、神様、本当に良かった...。」とただ繰り返し、名前よりも優しいしわが多い細腕でずっと抱きしめていた。
いつもなら「梅おばあちゃん!」と笑う名前も、この時はただ呆然とすることしかできなかった。温かいこともわかる、梅の匂いも、お日様の匂いも、草花の匂いも全部全部わかる。
でも何一つわからず、立ち尽くすことしか出来なかった。
そんな時、梅の体が震えた。恐らく少し遠くの茂みにある”それ”に気が付いたのだろう。声にならない声で、震えた呼吸を吐き出している。それに比例して名前を抱きしめる力が強くなっていった。
「普段なら、もう来てる時間なのに。毎日きっちりと神社に来る皆なのにおかしいなと思って。そうしたら、開いた戸と血の痕を見たから...。ああ、どうしてこんな...。どうして...。」
「名前ちゃんは何も無いかい!?痛いところは、襲われてはいないかい!?」
「昨日の夜寝ていたらね、血だらけのお母さんが私を起こしたの。お母さんにね、何があっても押入れから出て来てはだめって。」
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名前は昨夜からの悲劇をすべて話した。涙は出てこなかった。
まるでいつも母と父が聞かせてくれた神様の物語も同然で。自身に起きた現実の話ではなく、すべてが神話や夢を話しているようにしか思えなかった。
梅は涙ながらにその話を抱きしめながら聞いていた。梅にとってもまた、現実の話とは思えなかった。ましてやこんな、小さな女の子が。毎日神様やその地域のためにと貢献していた、聖人君子のようなあの神主とその奥方がこんな目に遭うなんて。
梅にはどうしてこんな事になったか、すぐに思いついた。だから名前を疑う事はしなかった。
この悲劇の原因はこの地域にはそう出ないはずなのに。自身がまだ名前の母と同じくらいの頃、同じように襲われたという悲劇があった。
その原因を取り除く救世主様たちがどうにかしてくれた。それなのにどうして。
「まだ幼いのにこんな話をするなんて、酷だろうけどねぇ。名前ちゃんのお父様とお母様をこんな事にしたのは、鬼っていう化け物。
二人のことは、ちゃんと大事に弔いますからね、神社も守っていかないとね。」
「名前ちゃん、一回私のお家においでなさいね。いつまでもこうしていたら、お父様とお母様が天国にいけないからね。警察さんに話もして、ちゃんとしてあげないとね。」
名前は静かにうなずいた。梅が来てから、現実なのだと思い知らされ続けて、どこか整理がついたような気分だった。
梅は名前を抱き上げ、少し道を戻って名字家の戸を閉め、駐在している警察に話をした。
当然この二人に容疑がかけられてもおかしくはないのだが、もう一人の警察が確認してあの被害に対して二人があまりにも綺麗なことや精神状態から厳しい態度をとられることはなかった。
名前が話した顛末と、被害からすぐに鬼の仕業だと話が結論づいた。
この地域は浅草や銀座といった都会からは離れた地域色というものが強い土地だった為、鬼という存在などもより身近なものではあった。
救世主についても理解があった。しかし、この地には鬼自体がそう出ない。最後にあったのは何十年と前の話だった。
伝承に近い話ではあるが、過去であろうと実害があるためにこの地域は数人ばかり駐在員を増やして対応をしていた。
”持たぬ者”が束になろうと敵わないのもしらなかったのだ。大きい野犬程度の認識があるだけよかったくらいなのだ。
梅の家についてすぐに、梅は残っていた朝食を用意するつもりでいたがそうはならなかった。
名前はとても食事を出来るような精神状態ではなかった。それに加えて時々戻してしまうほどであった。
水と冷やした手拭いを置いて、寝かせた名前を梅はただ看病した。
神社の手伝いをする人間は他にもいた為、しばらく祈願は取りやめて、お守りなどの授与といった所から始める旨も伝えていた。
しばらくすれば名前はうなされながらも眠りについてくれた。
しかし、翌日になるまで目を覚まさなかった。
梅は今だけは休めるときに休んでほしいという思いから、いつ起きて来ても大丈夫なようにと食事をすぐに出せるようにはしたものの、決して名前を起こさなかった。
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翌朝、ようやく目を覚ました名前は見知らぬ天井や布団、家の匂いに困惑した。
が、すぐにすべてを思い出してそばにあった桶に戻してしまった。
そうか、もうあれから一日と経ってしまったのか。覚えているのに、もうずうっと昔の話としか思えなかった。あれだけ一緒だった父や母と別れてしまった。
「おはよう。昨日は起きてこなかったから心配したよ。」
梅はそういって、味噌汁の匂いをまとって名前を抱きしめた。
家や作り手が違えば、同じ料理でもまるで姿を変えてしまう。
梅のぬくもりから感じる匂いも、知っている匂いだとは思ったがすぐに気が付けなかった。
「今日は、怖いかもしれないけれど...。神社に一緒に行きましょう。神主さんたちはね、名前ちゃんに教えたかったものがたくさんあるからね。」
「...、うん。」
跡取りとはこういうものなのだろうか。父の厳しさとはこういうところにあった。
社家に産まれた時点でわかっていたのに、まさかこんなに早く来るとは思っていなかった。
こんな台風のように、大人になったらね、が来ると思わなかった。
「その前に食べれるほどで良いからご飯を食べましょうね~。」と梅は台所に戻ってしまった。様子を見に来てくれただけのようだった。
はっと思い出して胸に押し付けていたお守りを思い出した。
クシャリとわずかに音がして酷く安心した。
本当に少しだけだったが梅が作ってくれた朝食を食べて、寝間着ではなく緋袴を履いて、二人で手をつないで神社に向かった。
現世との境界になる神聖な鳥居の前に何人か、見知らぬ人たちが立っていた。
正確には顔を知ってはいるが、この地域の人という事しか知らない人たちだった。
梅と名前を見るなり訝しげに顔を変えた。
「ここの宮司さん方が鬼に襲われたって言うのは本当みたいね。」
「ああ、恐ろしい。不吉な話だわ。」
「あんなに神様、神様、ってまじめな方々でいらしたのに。鬼の話なんてもうずっと前の昔話のようなものでしょう?
それが今の時代にあるなんて。それも神社の人間が被害を受けるだなんて、神様も何もあったものじゃないわね。」
「そうだそうだ、そこの嬢ちゃんの父さんと母さんだったんだろう?それなら尚のことやりきれないだろう。
その怨霊がここら一帯にとどまっちまうんじゃないか?」
「ちょっとやめなさいよ、縁起でもない。」
大人たちは思い思いに、昨日親を亡くしたばかりの子供に構うことなく吐き捨てていた。
『神様なんて居やしない。』
『だから君のご両親は死んだ。』
『あんなにやさしかったのに。』
『死ぬには若すぎるわ。神様とやらがいるっていうのなら何をしていたのよ。』
とてもじゃないが、耐えられなかった。
梅がそれらに向かって珍しく怒っていたのは聞こえていた。
でももう、耐えられなかった。
「お父さん、お母さん、神様、スサノヲ様、ごめんなさい。」
突然声を出した子供に、皆が注目した。
梅も目を見開いていたが、すぐに「こんな事を子供に言わせるなんて!」とまた怒っていた。
「梅おばあちゃん、優しくしてくれてありがとう。ごめんなさい。」
そう言ってすぐに名前はただ走った。
どうして、どうしてお父さんたちが大事にしていたものを、私が大好きなものを馬鹿にするの?
ごめんなさい、ちゃんと二人が天国に行くのを見届けなくてごめんなさい。
梅おばあちゃんもごめんなさい。せっかくあんなにやさしくしてくれたのに。
あの中に一人にしてごめんなさい。
遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。
でも、私もう戻れないや。本当にごめんなさい。
どうか、どうか元気でいてね。
どうか、もう探さないで。
このまま遠くに行けばお父さんとお母さんに会える気がするから。
お願いします、神様。