初穂に
名前変換
名前変換神社の用語や主人公の設定(仮)などを余談にまとめております。
もしよろしければそちらもお読み頂けたらと思います。
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私のお家は、色んな人が色んな思いを胸に祈りに来るところ。
お花のように優しいお母さんと、いつもは優しくて厳しいお父さん。地域のおばあさんやおじいさん、朝になれば爽やかに辺りを照らすお日様と、夜になれば静かに辺りを映し出すお月様。
皆が大事に大事にして、皆で守る神社。今日もお父さんと神社に来た人たちが神様がいるところでお願い事をして、私はお母さんやおばあちゃんとたくさんお掃除をしたの。
いつもいつも私のいのちはゆっくりで、皆と一緒。
私はこの神社と大人になって、いつかはお母さんみたいな優しいお嫁さんになるの。
お父さんみたいに格好良い旦那様と地域の人たちを支えるやさしい人になりたいなぁ。
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「名前、このあと初宮参りに来るご家族がいらっしゃるから、赤ちゃんが怖がらないようにね。」
「はつみやまいり...ってどうしてやるんだっけ?」
「赤ちゃんが産まれて少し経ったら、この土地の神様にご挨拶するんだよ。きっと今日もまた怖くて泣きだすだろうからお父さんと一緒に拝殿に来てくれ、巫女さん。ついでにお神酒もお渡ししてほしいな。」
お父さんに「巫女さん」と呼ばれると、自慢したくなるくらいにうれしくなるけどこころがくすぐったくなっちゃう。前はお父さんとお母さんが一緒にやっていたけれど、もうそろそろ私にも覚えてほしいって二人に言われて最近は私とお父さんでやることが増えた。
お父さんは毎日の初めには必ず私のことを「巫女さん」って呼ぶ。きっと、私がくすぐったくなっちゃうけど嬉しくて背筋が伸びちゃうのを分かって居るんだと思う。
私もいつか、赤ちゃんと旦那さんと、旦那さんのお母さんたちとお宮参りをするのかな。その時はお父さんとお母さんにこの神社でご祈願してもらうんだ。お宮参りだけじゃない、結婚する時だって、もうちょっと大人になったら厄除けだって。お父さんの祝詞が好き。お母さんから渡されたお神酒はとてもキラキラとしていて、とっても実が詰まったどんなに甘いみかんよりも美味しそう。まだ飲めないのが悔しいなぁ。
「お支度は出来ていますから、もう始めても良いかもしれないわね。二人とも今日も頑張ってね。」
「うん!」と答えて、お父さんとすぐそこまで。本当にすぐそこなのに、いつも凄く遠く感じる。神様が居るって考えるとやっぱり力が入っちゃう。
一人で着れた袴を少しだけきゅっと掴んでお父さんと歩く境内は緊張しちゃう。
叉手をしなくちゃいけないからと手を合わせているものの、袴に触れる手のひらは袴とくっついていないとちょっぴり怖い。
「それではお揃いのようですので、高橋家の初宮参りの神事を執り行わさせて頂きます。お子様のお名前は「高橋初子」さんでお間違いはないでしょうか?」
「ええ、宜しくお願い致します。」
拝殿に入ってお父さんの雰囲気ががらっと変わった。開始を伝える太鼓の音が響く。私ちゃんと覚えた。先にお祓い、祓詞をあげるの。そのあとに祝詞。神様の物語をお話してくれているみたいで、聞くたびふわふわとした気持ちになる。
とても難しい言葉に加えて、祓詞も祝詞も長いの。祓詞はまだ短いけれど、お辞儀とかのお作法もすごく難しくて私には出来る気がしないや。
長いように思うもあっという間にご祈願は終わって、その後今日はご祈願に来る人があまりいないからと、私たちに加えていつもお手伝いに来てくれる梅さんというおばあちゃんと社務所でお仕事。
ご祈願に来る人に渡す授与品を作ったり、お習字の練習をしたり、色んな神社に出すお手紙なんかを書いたり。
お守りを求めてきた人には、私が出ていくの。もうすっかり慣れて難しいもの以外は任せてくれる。
「そうだ、お母さんとお父さんで考えた事があるの。名前ももうすっかり神社に慣れてきたし、名前ならもう教えても出来るだろうと思ってね。」
お母さんが出したのはきれいな奉書紙。受け取って開いてみれば、びっしりと難しそうな漢字と読み仮名が。さっき難しくて出来そうにないと思ったばかりの祓詞だった。
「かけまくも、かしこぎ...」と拙くも読み上げてみればお父さんもお母さんも、おばあちゃんも皆私を見て優しく微笑んでくれた。
お父さんもお母さんも、神社の人は皆こんなにも難しいものを読んでいたんだ。しかも他にも。
「良かったねぇ。名前ちゃんならすぐに覚えてお作法もできるようになるよ。」
「無理に一気に全部覚えようとしなくて良い。父さんがいつもあげているのを頭でわかるようになればまずはそれで良いさ。梅さんの言う通り、もう舞も覚えて踊れる名前なら作法もすぐに出来ると思うぞ。」
「ふふ、名前は神社のお家に産まれるべくして産まれた素直な良い子だからね。神様も見ていてくれている事だと思うわ。少しずつで良いから、また一つお父さんやお母さんに近づけるように頑張りましょうね。」
穏やかな、心がお日様にあたっているみたいな温かい時間。
私はもっともっと頑張りたいな。たくさん頑張って、いつも気が向けば踊っていた舞だってもっともっともっと上手くなるの。
いつもお父さんやお母さんがしているみたいに、神社にお願い事をしに来る人たちを助けて、神様と人を繋げる優しくて強くて、素敵な神職になるの。
皆で笑いながらお仕事をすれば、あっという間に夕暮れ。梅さんともお別れして、三人で手をつないで覚えたての言葉を何度も唱えてお家に帰る。
お家に帰ったらお母さんとお夕飯を作ってみんなで食べて、今日はなんだか三人で入りたいからって、お風呂を狭くしてみんなで入った。
寝るときはいつもお母さんとお父さんが神様のお話をしてくれるの。神様のお話って、とっても面白いの。色んな神様のことが好きだけど、私はやっぱりスサノオノミコトが好き。アマテラス様を困らせたりしたりもしたものの、そのあとにヤマタノオロチを退治したのはすごく格好いい。私のおうちの神社はスサノオノミコトをがいる神社だもん。
気が付けば二人の声がまるでお山から聞こえるくらいになって、私はそれからすぐに寝ちゃった。
お母さんとお父さんと入るお布団はとても温かくて、優しいな。
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ガタガタ、ドンドンッ、
変な音が遠くから聞こえる。
名前! 名前!!
今お友達とお絵かきをしていたのに。
起きなさい、早く、早く逃げなさい!!!
お母さんは鬼ごっこがしたいのかな。
「名前!!!!」
思い切り肩を掴まれてううん、と目を開ければまだお外は海みたいに深い青色だった。
こんなに早起きしないといけないくらいに何か大事なお祭りなんてあったっけ?と考えながら、だんだんはっきりしていくお母さんには寝る前には無かった血がべっとりとついていた。
「お母さん!?どうして、血が出て...早く手当てをしないと、あ、うう、でも逃げる...?とも言ってたよね...?」
「名前、良いわね。どんな物音や声が聞こえても、絶対に、絶対にこの押し入れから出て来てはだめ。一人で心細いかもしれないけれど、絶対によ。お約束。
ほら、この祓詞の紙をお守りに胸に持っていなさい。けど、声を出してはだめ。ただ持っていて。息も誰にも聞こえないくらい静かに。」
「お母さん、どういうことなの?お母さんのけがを先に治さないと、あ、それにお父さんを...」
「名前、名前。お母さんとお父さんは名前を愛しているわ。お母さんとお父さんのところに産まれて来てくれて本当にありがとう。ごめんね。名前なら、誰よりも何よりも素敵な人になれる。神職にだって。いつまでもその素直な優しい気持ちを忘れないで。愛しているわ。」
段々と涙ぐむお母さんとに、私も涙が止まらなかった。どうして、どうしてそんな、どうして突然そんな風に。いつもの優しいお母さんからの優しい言葉なのに、どうしてお母さんはそんなに辛そうなの?泣いているの?
混乱を抑えることが出来ずにいる間にお母さんは私を抱き上げて入れた押し入れを閉めて、走って遠くにいってしまった。
いつもなら暗くて怖い押し入れも、さっきまでのまどろみも全部がなくなった。
本当は今すぐ飛び出て、お母さんのところに行きたい。お父さんがどうして居ないのかも気になる。けど、お母さんはとにもかくにも出てはいけないと言っていた。お約束は破りたくない。それも大好きなお母さんのお約束。お母さんを泣かせたくない、泣いてほしくない。
なぜ、どうして。当然生まれる疑問と良くない考えが頭をぐるぐると台風のように駆け巡り続けた。どんなに考えても、母との約束を守るため、涙も嗚咽も母の涙で押し殺した。
涙も枯れて、気が付けば外からちゅん、ちゅんと鳥の声が聞こえるようになった。一瞬音がしたこともあったけど、静かになってしばらく経つ。
本当ならこの時間はお母さんのお味噌汁で夢から出て来る時間。
そーっと、押し入れを開けてみる。
三人が寝ていたお布団が乱れているのを確認して、何も無いかどうかも注意深く見て押し入れを出る。
きょろきょろと廊下や居間も見るものの、何にもない。
そうしていたら、家の中にひときわ鳥の鳴き声が響いた。
どうしたのかと見に行くほどの声の元に行けば、玄関にすずめがひっそりと入っていた。
戸が半分だけ開けられたままなのを良いことに、好奇心で入ってきたのだろうか。
現実離れした一夜の後にはこのすずめが救いにも見えた。
でもなぜ、こんな風に開いているのだろうかと見に行ったら血痕に気が付いた。
よく見れば血痕は小さく玄関内から寝室までもあり、名前は血がついていた母を思い出した。
我慢できず、お母さん!と急いでその血痕を辿れば、かなり遠くまで続いた。
朝日に照らされた森にも続いており、躊躇もせずに無我夢中で入っていった。おどろいたすずめがちゅん!とひとつ泣いて飛び立った。
「あれ、血のあとが今までより大きい。お母さん居るのかな。」
そんな小さなつぶやきをしつつ、袖で額の汗をぬぐいながら顔を上げれば本来なら真っ白な寝間着を着た、真っ赤な何かがあった。
肘の先が足より遠くに捨てられていて、膝から先や首元が血だまりになっている。
とても自分を愛していると涙を流した母でも、自分を「巫女さん」と呼んで心をくすぐる父だとは思えなかった。
しかし、そこに捨てられている血を流した何かは紛れもなく実の両親であり、眠りにつくまで、産まれてから夢を見るまで一緒に過ごしてきた母と父だった。
何も出来なかった。泣くことも、その場に崩れることも、叫ぶことも。何も出来ず、ただただ緑と赤を繰り返し瞳に映していた。生臭いにおいがする気がした。泣きすぎて自分の目がおかしくなってしまっただけで、実はお母さんとお父さんは原っぱの上で寝たかっただけな気がした。
そうしてずっと待っていたら、さっき玄関で鳴いていたすずめなんて比にならないくらいに大きい鳥の鳴き声が頭に響いて仕方がなかった。頬が濡れていた。無くなってしまうのではないかと思うくらいに喉が痛かった。
私に優しく微笑んでくれた二人の目はもう何も、こんなにもお日様が照らしているのに何も映していなかった。
今自分が見ているすべてがこの世のものとも、この世に存在していたものとも思えなかった。
手を合わせようだとか、そんなものでもなくて。
とても大きい地震が来た。ああ、木々がすべて倒されてしまう。
それなのに誰も逃げてこない。こんなにも激しく揺れているのに。地鳴りのような低い音がドッドッと響いているのに。
どうして人も鳥も木々たちも私と同じじゃないの?
こんなに揺れて、音がしているのに。
今までに無いくらい胸が苦しい。激しく打ち付けられていて、呼吸が乱れる。
今までに無いくらい膝が痛い。激しく揺れていて、今にも倒れてしまいそう。
お味噌汁が飲みたいな。焼き魚とお付けものと真っ白なご飯。
お父さんは小さい頃からおじいちゃんが教えたからってお茶を淹れるのがとても上手いの。私もお母さんも二人でまねっこしたけど、お父さんみたいに出来なかった。
お母さんは季節のお野菜を味噌汁に入れるのが好きで、どんな具にするかを二人で考えて、お父さんが朝初めてそれを見て「今日はこれか!」って、たくさん並ぶご飯の中から一番にお味噌汁を飲んで、お母さんに「うん、美味い。」って笑うの。
その時のお母さんとお父さんはとても優しくて嬉しそうで、私もいつかお母さんみたいに美味しい味噌汁を作れるようにって言うの。
私ね、お父さんみたいに上手にお茶を淹れられるようになりたいし、お母さんみたいに美味しいお味噌汁を作れるようになりたい。
私ね、忘れないよ。お父さんとお母さんがいつも私を大事に大事にしてくれて、愛してくれたの。
私ね、いつか誰かのお宮参りのご祈願をしてあげるからね。
だから、だからね。
だから、どうか
お父さん、お母さん、
私を忘れないでね。