刹那/菊田
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
律は二度目の登別の地へと降り立った。新緑に彩られた登別は新鮮で、過ごしやすい気候が有り難い。
一度目の旅行の時から、何故かこの土地に懐かしさを覚えていた。落ち着くような、それでいて苦しいような、その感覚はまるで不思議だった。
「ねぇ、律たちは昼何食べんの?」
「んー、何も考えてないや。」
登別の駅前で立ち止まっていた律とインカラマッに、同僚の宇佐美が声を掛けた。
宿のチェックインは夕方で、それまで自由時間が設けられている。律とインカラマッは、街を歩きがてら昼食を取る店を決めようと話していた。
「評判の定食屋があるらしいんだけど、一緒に行く?」
「へぇ、定食いいね。」
「そうですね、折角なら行きましょうか。」
律とインカラマッは宇佐美の提案に乗ることにした。三人は少し先で待っていた鶴見、月島、鯉登と合流すると、定食屋へと歩き出す。
「菊田課長にもたれて爆睡してたな。」
「へ!?」
道中、隣を歩いていた月島に唐突に言われ、律は間抜けな声を出した。
「本当に危機感が無いな。」
「危機感って・・・。」
「人懐っこすぎるっていつも言ってるだろ。」
「えぇ・・・。」
人の忠告を聞くどころかほんの少し頬を赤らめている律に、月島はやれやれと溜め息を吐く。
「月島ニシパは律ちゃんの事となると過保護ですねぇ。」
隣でくすくすと笑うインカラマッに、月島は苦い顔をした。確かにその自覚はある。なんら問題なく人間関係を構築しているように見える筈の律が、何故だか無性に心配になる。自分がなんとかしなければと思ってしまう。そう思う時に伴う胸の痛みは、一体何なのだろうかとも。
「月島さんは優しすぎるんですよね。」
そして無駄なお節介を焼く度にこう言って笑う彼女に、切なくなるのは何故なのか。気が緩むと情け無い顔になってしまいそうで、月島はもう一度、態とらしく溜め息を吐いて見せた。
「わぁ、趣がある・・・。」
明治時代から続いているというその定食屋は、修繕こそされているものの、当時の趣を残している。宇佐美が引き戸を開けると、ガラガラと古そうな音が響いた。
「うわ、また大所帯だな。」
「結局集まっちゃいましたね。」
聞き慣れた声に、律はそちらへと目を向ける。テーブルを挟んで茶を啜っている菊田と有古も、どうやらここで昼食を取るらしかった。
評判だと言う定食屋は、結局集ってしまった社員達で賑わっている。各々定食に手をつけ始めた頃、ふと律の動きが止まった。
「どうしました?」
オムライスを一口食べた後から、目を伏せぼぉっとしている律に、インカラマッが首を傾げる。同じ卓に座る月島と鯉登も、不思議そうに彼女を見つめた。
「佐倉?」
心配そうな鯉登の声に、律ははっとして顔を上げる。
「あ、ぼーっとしてました?なんだか懐かしい味がして。」
にこりと笑った律は、少し席を外すと言って携帯電話を掲げて見せ、店の外へと出て行った。その様子を離れた席から見ていた有古は、菊田の方へと目をやる。菊田は定食をつつきながらも、どこかぼんやりとして見えた。
「菊田さん。」
「ん?」
「律さん、ちょっと様子が変です。」
「佐倉が?」
律が座っていた辺りに目をやった菊田は、彼女が席を外していることに気づく。
「店の外に出て行きましたよ。様子を見に行っては?」
「・・・なんで俺に言うんだよ。」
真っ直ぐに見つめてくる有古に、菊田は小さく
「俺が行ってもいいですけど。」
「待て。」
そう言って立ちあがろうとする有古を、菊田は反射的に呼び止める。
「・・・煙草吸ってくる。」
立ち上がり様に呟いて店の外へ出て行く菊田を、有古は黙って見送った。
外へ出た菊田は、店の壁に寄り掛かりしゃがみ込んでいる律を見つけた。引き戸の開く音に驚き、顔を上げた彼女と目が合う。
「どうした?」
菊田は努めて優しく問いながら、どこか弱々しく見える律の隣に並ぶようにしてしゃがみ込んだ。
「菊田さん。」
「具合でも悪いか?」
心配そうに覗き込んでくる菊田に、律は困った様に笑って首を振る。
「ここのオムライス、なんだかすごく懐かしい気がして・・・初めて食べた筈なのに、胸がいっぱいになっちゃって。」
宙を見つめる律の横顔を、菊田は黙って見つめた。
「変な話なんですけど、この頃そういうことがたまにあるんです。」
可笑しいですよねと笑う彼女に、しかし菊田はそうとも言えなかった。何故なら彼にも思い当たる節があったからで。
「変だよなぁ・・・。」
目を伏せぽつりと呟く菊田に、律は首を傾げる。
「俺もあるんだよ、最近。・・・ここの定食は特に。」
何なんだろうなと困った様に笑う菊田は、冗談を言っている様には見えなかった。
「明治から続くお店らしいですし、何か力があるのかも知れませんね。」
わざと神妙に言って見せる律に、菊田は小さく吹き出す。そしてそれに釣られて笑う彼女に目を細めた。
「まぁ具合が悪い訳じゃないなら良かった。戻れそうか?」
「心配して来てくれたんですか?」
目を丸くする律の顔を、菊田が意地悪い表情で覗き込む。
「惚れた?」
不意打ちに紅くなる頬を隠すように、律は菊田とは反対の方に顔を向けて立ち上がる。
「だから、そう言うところですよ。」
「何が?」
頬杖を付き、悪びれも無く見上げてくる菊田に、律は「もう・・・」と眉を下げた。
「でも、有難うございます。」
困ったように小さく笑う彼女は、紅く染まった頬も相まって照れているようで。菊田はつい目を細めながら、彼女が店の中へ入っていく様子をただ見つめた。