刹那/菊田
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「教えてくれた宿、すごく良かった!ありがとう。」
「それは良かったです。」
月曜の朝、律はオフィスで旅行土産を配っている。後輩である有古に金箔のかかった饅頭をひとつ手渡しながら、律は礼を言った。旅行に行く前、登別が地元であると言う有古に色々とおすすめの場所を教えて貰っていたからだ。
「あとこれ、お礼。」
「いいのに。ありがとうございます。」
登別の地ビールの入った袋をこっそり渡すと、有古はこれまたこっそりと受け取る。
「お、ビールか。俺のは?」
「わ、めざとい。これは色々教えて貰ったお礼なんです。菊田さんはこれ。」
丁度通りかかった菊田が、律と有古の間に顔を出した。菊田は饅頭を一つ受け取るが、しかし名残惜しそうに有古の手にある袋を見つめる。
「・・・一緒に飲みますか?」
「いや、代わりに今晩飲み付き合えよ。」
ぽんと有古の肩を叩く菊田に、有古と律は何とも言えない表情をする。
「月曜からですか。」
「佐倉も行くだろ?」
「えぇ・・・仕事終わりますかね。」
「終わらせるんだよ。」
ひらひらと手を振りながら自分のデスクへ去っていく菊田に、律と有古は目を合わせ、やれやれと笑った。
*
「上司の金で飲む酒は美味いね。」
「そうですね。」
退勤後、三人は約束通り行きつけの居酒屋で呑んでいる。そこは昔ながらの煙草の吸える居酒屋で、菊田と律が隣り合い、テーブルの向かいに有古が座っている。
「露骨だな。程々にしとけよ。」
そう言いつつも笑っている菊田は、ビールのジョッキを傾けた。
「そう言えば今度の社員旅行も登別らしいぞ。」
「えっ、そうなんですか?」
程々に酒の入って来た頃、ふと思い出したように言う菊田に、律は驚いて顔を上げる。
「お前達が旅行してたんで羨ましくなったらしい。」
「鶴見部長ですか・・・でも有古くんは帰省も兼ねられていいかもね。」
「まぁそうですね。」
目を伏せて何やら考え込む有古に、菊田と律は首を傾げる。
「実家帰りづらいの?」
「え?」
「いや、なんか含みのある顔をしてたから・・・。」
「そうですか?そんな事はないですけど・・・眠くなって来たので、そろそろ帰ります。」
そう言って立ち上がった有古は、心配そうに見てくる二人に目を細めた。
「体調悪いのか?」
「大丈夫です。すみません、お先に失礼します。」
心配する菊田に笑って返しながら、有古は「ご馳走様です」と言って店を出て行く。
「珍しいですね。」
「んー、たまにあぁ言う表情するんだよな。」
「あ、それ分かります。憂いを帯びた表情が素敵って、一部の女子に人気あるんですよ。」
「そうなのか!?あいつモテるのか・・・。」
残された律と菊田は、つまみを食べながら他愛も無い話をする。時間は20時と言ったところで、まだのんびり過ごしても問題ないだろう。
「菊田さんだってモテるでしょう。」
「どこの世界線の話だよ。」
菊田は笑いながら言うと、気怠げに煙草を咥えた。律は頬杖をつき(事実なんだけどな)と思いながら、煙草に火を点け、煙を吐き出す菊田を眺める。何故だか、いつからか、菊田の煙草の香りが妙に落ち着く。そんな事をぼんやり思っていると、横目にこちらを見た菊田と目が合った。
「見惚れた?」
僅かに口角をあげて言う菊田に律はつい笑う。つられて笑った菊田は、「失礼だな」とわざと不貞腐れて見せた。
菊田が店員に熱燗を頼むと、程なくして席に運ばれてくる。菊田が徳利に手を伸ばそうとすると、律が横からひょいと取り上げ、彼に持たせたお猪口へと酒を注ぐ。
「お前も呑むだろ?」
「頂きます。」
今度は菊田が律にお酌をし、互いのお猪口を軽く合わせた。
「うわ、辛口。」
「お子ちゃまだな。」
「・・・揶揄いましたね。」
じとっと睨んでくる律に、菊田は悪戯っぽく笑う。目を伏せもう一度お猪口に口をつける律を、菊田は煙草を吸いながら何となく眺めた。律と呑みに来ると、熱燗を頼むのが恒例になっている。特段日本酒が好きと言うわけでもないらしい律だが、こうして付き合ってくれるのが素直に嬉しかった。
「見惚れました?」
不意に目が合った律から、さっきの仕返しを受ける。揶揄う様に言う律に菊田は一瞬動きを止めたのち、頬杖をついて目を細めた。
「本当に見惚れてたらどうすんだよ。」
目を丸くする彼女の頬が、心なしか赤く染まっている様に見える。酒のせいだと言われればそれまでだと、菊田はそれについて言及できなかった。
「そういうところですよ。」
困ったように呟くと、律はお猪口を煽り飲み干した。
菊田はつい律に手を伸ばしかけたが、彼女が立ち上がった為に思いとどまる。手洗いへ行くと席を離れた律を見送り、一人お猪口に酒を継ぎ足した。
手を伸ばせばきっと手に入れられる。そう思うのに、何かが
菊田は髪を掻き上げると、ややぬるくなった酒を一気に飲み干した。