刹那/菊田
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「律くん、しんどいだろうがもう少し辛抱してくれ。」
鶴見の元へ着くと、律は菊田の腕から降り、ポンプ車に乗り込んだ。
ポンプ車は馬が引くらしく、御者台が設置されている。御者台の下には空間があり、そこに袋詰めにされたアシㇼパが押し込められていた。
「アシㇼパちゃん・・・。」
「!律か・・・!」
袋にそっと触れた律に、アシㇼパはくぐもった声で答える。
「・・・律は鶴見中尉の仲間だったのか?」
「律くんは行動を共にしているだけで、金塊争奪戦には関わりが無いのだよ。」
苦し気な声で問うアシㇼパに声を詰まらせる律の代わりに、消防団に扮した鶴見が御者台に乗り込みながら答えた。その声は淡々としており、律はぞくりとする。
「アシㇼパと知り合いだったのかな?」
「・・・先程助けて貰いました。」
「・・・そうか。」
冷たく射抜くような鶴見の目に萎縮しそうになりながらも、律はその目を真っ直ぐに見据えて答えた。
「律、こっちだ。」
律が声の方へ振り返ると、菊田がポンプ車に乗り込んで来たところだった。
菊田は律を御者台とポンプとの間に誘導すると、そこに縮こまる様にして伏せさせる。
「狭いが辛抱しろよ。」
そう言うと、菊田も律に覆い被さる様にして身を伏せた。二人をすっぽりと覆うように布を被せれば、一見するだけでは人が潜んでいるとは思われないだろう。
「しっかり掴まっておけ。何があっても顔を出すな。」
「はい。」
今度こそこの手で護ろうと、菊田は律の背中をきつく抱き締める。
「杢太郎さん・・・」
こんな状況下でも、こんな状況下だからこそ、律は菊田の体温に心が落ち着いてゆく。苦しいくらいに抱き締められて、しかしそれが心地良かった。前に回された菊田の腕を抱き締めると、その手を菊田に掬い上げられ、手の甲に唇を寄せられる。
「必ず護る。」
どくん、と心臓が大きく跳ねた。溢れる菊田への想いと、護られるしか出来ない悔しさと。いつもそうだと思いつつも、律は菊田の無事を祈るしか出来なかった。
「総員、前進!」
鶴見の号令と共にポンプ車が大きく揺れたかと思うと、勢い良く走り出した。間も無く追っ手が来た様で、辺りに銃声が鳴り響く。暫くすると、この時代では聞き慣れなかったエンジン音が聞こえてきた。
「律、振り落とされるなよ。」
耳元で菊田の声が聞こえたかと思うと、背中を覆っていた温もりが離れる。律が勢い良く顔を上げると、既に菊田はポンプの隣に立ち、後方へ銃を放っていた。二丁拳銃を構える菊田の顔は無表情で。この人も軍人なのだと律は今更ながらに思うと、胸が締め付けられた。
「追って来られんようです。」
追っ手を撒いたらしく、エンジン音が遠ざかって行く。菊田が鶴見に報告するが、その時、ポンプの陰から男が飛び出してきた。菊田に飛び掛かるその男に、律は目を見開く。
「不死身の杉元!!」
鶴見は馬の手綱を握りながら振り返りそう叫ぶと、応戦している菊田には目もくれず銃を放った。
「杉元さん!」
押されている菊田にたまらず律が声を上げると、杉元が驚いて振り返る。
「え、律さん!?」
「何だ知り合いか?」
しかし二人の戦闘を止める事はできず、杉元の手によって押さえられた菊田の頭が、ポンプ車の車輪に巻き込まれようとしている。
「やめて!」
律が杉元に手を伸ばそうとした時、菊田と杉元の動きが止まった。
「菊田さん?」
律には上手く聞き取れなかったが、やりとりを見る限り二人は知った仲の様だった。菊田は杉元を"ノラ坊"と呼び、二人は動揺している様に見える。
律が固唾を飲んで見守る中、鶴見が杉元目掛けて銃を放った。菊田は動揺したまま、咄嗟に杉元をポンプ車から蹴り落とす。焦って身を乗り出した律は、立ち上がり走って追いかけて来る杉元を見るとほっと胸を撫で下ろした。
その後予期せぬロシアのパルチザン(革命の為に結成された、一般市民から成る非正規軍)との戦闘を経て、鶴見率いる第7師団は小さな教会へと辿り着いた。当初の予定では
「律くんは休んでいなさい。」
教会に着くなり、律は鶴見に小さな部屋へと通された。そこは人が寝泊まりする為に作られた部屋のようで、小さな机と、ベッドが一つずつ置いてある。
鶴見は律をベッドに横たわるよう誘導すると、自分もベッドのふちに腰掛けた。
「私が迎えに来るまで、この部屋を出てはいけないよ。」
甘く、しかしどこかひやりとした目で言う鶴見は、優しい手つきで律に布団を掛けてやる。その目に出会った頃の鶴見を思い出しながら、律は「はい」と小さく答えた。
鶴見は暫く目を細めて律を見ていたが、やがて静かに立ち上がると、何も言わずに部屋を出て行く。きっと先程捕縛したロシアのパルチザンの女性と、アシㇼパの元へ行くのだろう。あの二人には浅からぬ繋がりがあるらしく、金塊争奪戦にも関わっている様だった。
律は聞き耳を立ててみるが、少し離れた部屋には何も聞こえてこない。諦めて目を閉じた律は、せめてとアシㇼパの無事を祈った。
疲弊した身体は重く、ベッドに沈み込んでゆく。
鶴見のあの目。いつか見た宇佐美の笑顔。傷の手当てをする杉元の優しい手。
律の頭の中には走馬灯の様に映像が流れ、ぐるぐると目まぐるしく回っている。映像の渦に巻き込まれてゆく様に、律の意識は沈んでいった。