刹那/菊田
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一人建物内を回っていた菊田が出口の方まで来ると、そこにはアシㇼパを確保した鶴見達が居た。その中に床に座り込む人物を見つけ、血の気が引いてゆく。腕に血を滲ませ、ぐったりと鯉登に支えられている律の姿に、菊田は拳を握りしめた。目が合った律が心から安堵した様な表情を見せた事にまた、菊田は胸が締め付けられる思いだった。
鶴見はアシㇼパの護送を最優先させ、速やかに撤退すると告げる。そして宇佐美を倒した狙撃手に最も警戒する様にとも。
「・・・宇佐美が?」
菊田は担架に横たえられた宇佐美に目をやった。軍服の上着が被せられ、目元まで隠されている。その隣に居る律はぼんやりとした表情で、横たわる宇佐美の頭を撫でた。宇佐美が原因でこんな所まで連れて来られ、挙げ句の果てに怪我まで負ったと言うのに。お人好しすぎる、と菊田は思う。平和ボケし過ぎていると。しかしそれは眩しい程に魅力的で、目を細めずにはいられなかった。
「宇佐美さん。」
切ない程に優しい声色で呟く律に、鯉登は目を伏せた。
さっきまで元気だった彼が、殺しても死なない様な男が、何故静かに横たわっているのだろう。律は訳もわからず、ただ宇佐美を見つめるしか出来ないでいる。
「・・・律。」
律の視線を宇佐美から逸らす様、鯉登は彼女を引き寄せた。されるがまま自身にもたれる律に、鯉登は口元をきつく結ぶ。家永の時の様に泣き叫んでくれた方が、まだ良かったのだろうかと考えながら。
その様子を、菊田はただ見ているしか出来なかった。
鶴見は兵士たちに指示すると、ビール工場の消火に駆けつけた消防団から防護服と蒸気ポンプ車を奪った。消防団になりすまし、ビール工場を去ろうという作戦らしい。ポンプ車には鶴見と菊田が乗り、そこにアシㇼパを隠して隠密に運ぶと言う。他の兵士達はそれぞれアシㇼパに見せかけた袋を携えて馬に乗り、いざと言う時は分散し、敵を撹乱する役割を与えられた。
「律くんもポンプ車に乗って貰おう。」
「連れて来ます。」
鶴見に言われ、菊田は律の方へと足を向けた。律は自身を抱えようとする鯉登の申し出を断り、彼に支えられながら歩いている。
「預かります。」
「・・・あぁ。」
鯉登に声を掛けると、菊田は有無を言わさず律を抱き上げた。
「菊田さんっ!?」
「まだ辛ぇんだろ。」
菊田は依然ぐったりしている律の頭を、自身の首元にもたれさせる様にして丁寧に抱える。ただその様子を見ている鯉登をその場に残し、また来た方へと戻ってゆく。
「悪い。」
「・・・私、約束守れました。」
眉間に皺を寄せ前を見ている菊田に、律は悪戯っぽく笑った。
「・・・あぁ、そうだな。頑張ったな。」
首元に腕を回し頬を擦り寄せてくる律に、菊田は目頭が熱くなる。彼女は"必ずまた会おう"と交わした約束を守る為、必死で生にしがみついたのだろう。そう思うと胸が苦しかった。
「無事で良かった。」
苦しそうに、しかし優しい声で囁く律の頭に、菊田はそっと頬を寄せる。周りからはただ彼女を運んでいる様にしか見えないだろう。ほんの少しだけ、今くらいは。
「約束、守ってくれてありがとな。」
なんとか絞り出した言葉は、きっと情け無く聞こえているだろう。しかしほんの少し、首に回された腕に力が込められたことで、彼女の想いが伝わってくる様で。
菊田はその想いに応えるように、律を抱く腕に力を込めた。