リクエスト文
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「何故、私を連れて来たんですか。」
樺太でアシㇼパの毒矢に右目を射られ、手術を終えた尾形は、杉元やアシㇼパ達の元を逃げるようにして去った。その際、律の事も攫うようにして連れ去った。呆然と立ち尽くす彼女を抱えて馬に乗せ、連れ去るのは容易かった。
生死を彷徨う程の容体であった尾形が長時間馬に乗ることは困難であり、手近な場所に小屋を見つけて転がり込んだ。その小屋は長らく使われていないようで、尾形は肩の力を抜くと何も無い床に転がるようにして寝そべった。
すぐ傍に腰を下ろし問い掛ける律は、未だ混乱している様で。尾形は無理もないな、と
「嫌か。」
尾形が挑発的に、そしてやや自傷気味に笑んで手を伸ばせば、律の表情に怒りが滲む。しかし頬に触れる尾形の手を拒む事はしない。そういうところが食えないのだと、人を惹きつけているのだという事を、彼女は理解しているのだろうかと尾形は思う。
「何故かと聞いているんです。」
ひとしきり尾形の好きに頬を撫でさせたのち、律はその手を掴み床に下ろして立ち上がった。押し入れを漁って布団を一組引っ張り出すと、埃を払って床に敷く。問いかけに答える事もせずその様子をただ見つめていた尾形に、律は溜め息を吐いた。
「布団で休んでください。貴方、死にかけでしょう。」
尾形が素直に布団に移動すれば、律は掛け布団を掛けてやる。
「寒い。」
「それはそうでしょう。そんな術衣のままで。」
呆れて言う律が毛布を探しに立ち上がろうとすると、その手首を尾形のごつごつとかさついた手が掴んだ。振り返り尾形の顔を見れば、残った左眼に見つめられる。その仄暗く底無しの様な黒い瞳は、じわりと熱を帯びている。"寂しい"と訴えている様に感じてならない。律は手首を引かれ
向き合い、何も言わず只見つめてくる尾形の左眼を、律も静かに見つめ返す。その内尾形の手が律の頭に伸び、慈しむように髪を撫でた。
「呼吸が浅いです。今はしっかり休んで。」
脇腹をとんとんと寝かしつける様に叩いてくる律を、尾形は堪らず抱き寄せる。体温の下がり切った身体に、彼女の体温がじわりと移って来るのを感じる。まるで彼女に生かされているようだと、尾形はぼんやりする頭で思った。そしてあいも変わらずされるがままの律が何を思っているのかと、今更仄かな不安に駆られる。
「お前が欲しかった。」
きつく抱き締められながらぽつりと呟かれた言葉に、しかし律の表情は変わらない。
「この時代の人間じゃありませんよ。」
「知ってる。」
動揺する事もせず淡々と言う律に、尾形は抱き締める腕に力を込めた。「苦しい」とくぐもった声が聞こえたが、聞こえなかったふりをして。
「いつか帰るかもしれませんよ。」
「分かってる。」
「それでもいいんですか。」
諭す様に言う律に、尾形は目を伏せた。
「・・・嫌だ。」
「私の意思ではどうしようもない事です。」
尾形は何も言わず、目線の下にある律の頭にぐりぐりと額を押し付ける。律はふっと小さく笑うと、尾形の背に腕を回した。
「我が儘。」
120年も先の時代から来たと言う律は、杉元達に拾われ、行動を共にしていた。彼らに気を許しているらしい彼女は、途中で合流した尾形にも平等に接した。構いすぎず、しかし時折り何となしに話し掛けてくる彼女に、尾形は心地よさを感じる様になっていた。そうやって誰にでも絶妙な距離感で接する彼女は、しかし杉元やアシㇼパとはもう少し近い様に見えた。杉元と律が笑い合う様子を後ろから眺めていた尾形は、その光景を未だ鮮明に覚えている。
そんな彼女が今、自分の腕の中にいる。その柔らかな唇が、自身の唇を受け入れている。求める様に角度を変えて口付ければ、食む様にして応える律に、尾形の思考は溶かされてゆく。堪らず彼女の首元を親指ですりっと撫でると、小さく肩が揺れたのがわかった。名残惜しくも唇を離せば、ちゅ、と小さく音がする。先程まで淡々としていたその表情はやや上気し、瞳には熱が帯びていた。
「満更でもなさそうだな。」
「これでも、勝手な貴方に怒ってるんですよ。」
じとりと睨んで来るものの、薄く色づいた頬がその効果を半減させている。尾形がつい口元を緩めると、律は困った様に眉を下げた。
「そういう顔も出来るんですね。」
目尻を下げ、柔らかな笑みを湛える尾形に、律は全身の力が抜けてしまうのを感じる。彼の胸元に擦り寄れば、その腕で優しく包み込まれた。
「傍に居ろ。」
「居るでしょう。」
「離れるな。」
「それはこっちの台詞。」
何を考えているか分からないこの男は、ふらっとどこかへ行ってしまいそうで。そんな尾形が自分を求めるのが、律は不思議に思えた。
「逃がすつもりはないからな。」
存外穏やかに言う尾形に、自分が安らぎを与えられるならと律は思う。
「はいはい、逃げませんよ。とにかく休んで。」
「好きだ。」
低く掠れた声に、律は目を見開いた。しかし驚いている間にも、頭上から寝息が聞こえてくる。
「・・・逃がさないで。」
小さく呟いた声は、きっと尾形には届いていないだろう。
どちらの想いが強いのか、もしくはどちらの想いも強いのか。傍目には分かりづらい二人の想いは、周囲が思うよりも、きっと。