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「菊田さん、そういうのがお好きなんですか?」
「ん?あぁ、これな。」
律の視線は、菊田の首元に向けられている。黒と橙がかった茶で彩られた幾何学模様のスカーフは、いつもそこに巻かれていた。
菊田はバツが悪そうに目線を下げると、
「菊田さん。」
律は微笑み両腕を広げ、菊田の名を呼ぶ。それに眉を下げた菊田は、彼女を優しく包み込んだ。戦争でどこか狂ってしまった自分をこうやって労わってくれる彼女を、菊田は手放せなくなっていた。
120年も先の時代から飛ばされてきたと言う律は、戦争とは無縁の生活を送っていたと言う。そんな平和な時代で育まれてきた彼女は、何かが特別だった。成り行きで第7師団と行動を共にしている彼女に、皆が癒しを求めている。血生臭い戦場を知らない彼女は、まるで天女の様に温かく、柔らかだった。
「好きだよ。」
「んふ、私も。」
菊田の胸板に顔を埋めている律から、くぐもった笑い声が聞こえる。菊田は目尻を下げると、彼女を抱き締める腕に力を込めた。
「そのスカーフ、菊田さんって感じがする。」
「そうか?」
「出会った時にはもうしてたから。」
登別での療養を終え鶴見と合流した時、菊田は初めて律と顔を合わせた。どこか浮世離れしたような彼女を心配に思ったのを覚えている。その後二人が惹かれ合うのに、さほど時間はかからなかった。
「私も同じの欲しいな。それに包まれれば、離れていても少しは気が紛れるから。」
———菊田ははっと目を覚ます。呼吸が荒くなっている。隣で眠る彼女を確認すると、ほっと息を吐いた。
明治の時代で恋仲だった律とは、現代でもまた付き合っている。何の因果か、120年の時を越えたこの時代でも、また、巡り合った。恋人になった後で、二人は明治での記憶を取り戻している。先に命を絶たれた菊田は彼女がその後どうなったのかを知らなかったが、どうやらこちらに帰ってこられたらしい。と、言うことは、今隣で眠る彼女は、紛れも無くあの律で。随分待たせてしまったなと、菊田は彼女を抱き締めた。
前世での最期の記憶は、律の悲痛に歪められた顔だった。
「ん・・・。」
薄らと目を開け、寝ぼけたままふわりと微笑む律の額に、菊田は優しい口付けを落とす。
彼女の体温を感じながら、菊田はもう一度眠りについた。
翌日、律が目を覚ますと菊田の姿が見当たらなかった。不安になり携帯を見ると、"昼前には戻るよ"とメッセージがあり、ほっとする。
明治にいた頃の記憶を取り戻してからというもの、何かと不安になりやすくなってしまったと律は思う。菊田の最期を目の当たりにしてしまったので、仕方がないとは思うが。
しかし菊田が休日の朝から出掛けるなんて珍しいと思いつつ、律は一つ伸びをしてからベッドを抜け出した。
「ただいま。」
「おかえり。どこ行ってたの?」
連絡通り、菊田は昼前に帰って来た。ぱたぱたと走って来た律に口元を緩めると、持っていた紙袋の中身を取り出す。
「それ・・・。」
菊田は買って来たストールを広げ、律の背を包む様にして羽織らせると、そのまま彼女を抱き寄せた。
「欲しいって言ってただろ。」
「ん・・・。」
菊田の胸に顔を埋める律は、くぐもった声で返す。小さく震えるその身体に、菊田は抱き締める腕に力を込めた。
「離れる予定はねぇけどな。」
低く優しい菊田の声に、律の目から涙が溢れる。その胸元に頬を擦り寄せれば、菊田の大きな手が頭を撫でた。
「好きだよ。」
「私も、好き。」
律を優しく包むのは、明治の彼が身につけていたスカーフと似た柄のストールで。
彼にとっては前世だが、それでも同じ彼なのだと、律はその温もりに身を委ねる。
辛い記憶はあれど、今度こそ、共に。