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律は百二十年ほど先の未来から、この明治時代にやって来た。やって来たとは言っても、自らの意志ではなく。気づいたら明治の時代にいたと言う。
「律さん、明日には街に降りられるからね。」
「野宿はキツイよな。今日はまた冷えるからな、律ちゃん俺と寝る?」
「白石いい加減にしろ。律と寝るのは私だ。」
上から杉元、白石、アシリパは、そんな律がこの時代に現れた瞬間に立ち会ったらしく、そのまま旅に同行させている。よくもまぁこんなに怪しげな女を傍に置けるなと、尾形は思った。しかし杉元達は彼女を受け入れるどころか、大切に思っているらしい。
山中での野宿が続く中、杉元達は慣れない律を気遣っている。
「ありがとう。」
優しげに笑う律は、どこか冷静で。尾形はその裏にある感情に興味があった。杉元達に気を許しているのは、旅に同行していく中で何となくわかった。しかしその裏に見え隠れする感情は、孤独なのか、疎外感なのか、はたまた故郷への哀愁なのか。
皆が寝静まった頃、律は寄り添う様にして寝ていたアシリパの髪を撫でると、彼女を起こさぬ様起き上がった。寝床を抜け出し何処かへ行こうとする律は、尾形の視線に気づき足を止める。木にもたれかかり銃を抱えたまま寝ていた尾形は、少しの物音でも目覚める。
じっと見つめる尾形に、律は唇に人差し指を当てると薄く微笑んだ。
「来たんですか。」
焚き火が見える程度の少し離れた場所で、律は腰を下ろした。小高い場所にある草原で、夜空を仰いでいる。後を追って来た尾形は、律から人一人分の距離を取って座った。
「お前の存在は怪しすぎる。」
「そうですよね。私もそう思います。」
当たり前だとでも言うように、傷ついた様子すらなく口角を上げる律だが、その目元は笑っていないように見える。尾形はただその横顔を眺める。
「怒るなり傷つくなりしないのか。」
尾形は挑発するように笑って言うが、律は夜空を仰いだまま表情を変えない。
「それをして何かが変わるなら、あるいは。」
その言葉や表情とは裏腹に、彼女の瞳は星空を映し輝いている。その瞳に吸い込まれるように見入っている尾形は、彼女の静かな心の奥に、微かな熱を見た気がした。
「俺には笑顔を振りまかないのか。」
「貴方はそれを求めていないでしょう。」
漸く視線を尾形に向けた律は、何を言っているんだと言わんばかりに可笑しそうに笑った。
「なるほどな。」
何となく、律のことが少し分かった気がした。人の求めるものを察し、それを与える。そう言った性質の人間なのかと尾形は思った。そう言う人間は恐ろしい。尾形の頭には、鶴見中尉の顔がよぎった。
尾形はポケットから煙草を取り出すと、火を点けた。ジリジリと小さな音を立てながら吸い込むと、薄く煙を吐き出す。
「吸うんですね。」
「吸うのか。」
煙をくゆらす煙草を物欲しそうに見つめる律に、尾形は意外そうに尋ねた。
「えぇ、たまに。」
軽く笑って言う律に、尾形は自身が咥えていた煙草を差し出す。
「・・・一本くれてもいいのに。」
眉を下げ笑いながら煙草を受け取ると、律は躊躇わずにそれを咥えた。ゆっくりと肺に煙を入れると、薄く吐き出す。闇夜に溶けてゆく煙をぼおっと眺めながら、律は何を思っているのだろうか。
尾形はその形の良い唇から目が離せないでいる。
「ご馳走様。」
律が差し出した煙草を手に取ると、尾形は一口吸った。
「今度は一本くださいね。」
目を細め嫌味を言う律の腰を強引に引き寄せると、尾形は彼女のそれに唇を押し付けた。
「ふっ」
驚く律の薄く開いた唇に、尾形は煙草の煙を吹き込む。顔を逸らし咳き込む律に、尾形の口は弧を描く。
「なんだ、足りなかったんじゃないのか。」
意地悪く言う尾形を睨みつける律は、その目に薄ら涙を溜めている。
「どういう性格してるんですか。」
律は自身の腰を抱く腕から逃れようと身を捩るが、尾形はその腕を更に引き寄せる。
「溜まってるんですか。」
「そうかもな。」
睨みつけてくる律に愉しそうに答える尾形は、煙草を地面に押し付けた。律は尾形の胸板を押して離そうとする。それを無視して、尾形は彼女の後頭部を引き寄せると、もう一度その唇に口付けた。
「んぅ。」
抵抗する律をゆっくりと押し倒すと、尾形は彼女の口内に舌を入れ、意外にも丁寧に犯していく。律はその熱い舌の感覚に、つい力が抜ける。それをいい事に、尾形は更に深く口付け、彼女の頭を優しく撫でた。それは無意識に。
律は尾形の意外な面に驚くが、つい愛おしくなった。抵抗を諦め彼の首に腕を回すと、その頭を優しく撫で返す。何故か子供のように見えた尾形に、律は胸が苦しくなった。
尾形が律の口内からゆっくりと舌を引き抜くと、熱に浮かされ、力の抜けた彼女の瞳と目が合う。
「相手してくれよ。」
粗野な言葉とは裏腹に、尾形の手は優しく律の頬を撫でる。その深く暗い瞳は、普段に比べて柔らかい気がする。律が同じ様に優しく尾形の頬を撫でると、尾形は子供の様に目を細め、その手を上から握った。
優しい星空の下。ほろ苦い煙草の香りを纏う二人は、何に心を動かされているのか。
愛か、情か、慰めか。
そんな確かなものではないが、ほんの僅かな、微かな優しさが、きっとあった。
煙の様に頼りないそれは、今の二人には充分だった。