刹那/菊田
名前変換
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有古が去った後も菊田は出て行く様子がなく、帽子を脱ぎ小上がりに置くと、ふぅと
「随分仲良くなったんだな。その調子だと、全部話せたのか?」
「えぇ。」
菊田に背を向け茶の準備をする律は、何だか素っ気ない気がする。
「何だ、怒ってんのか。」
菊田は立ち上がると律に近寄る。顔を覗き込もうとすれば、律はさり気なく逆を向く。
「何がですか?」
「おい。」
自分から離れようとする律の手首をなるべく優しく掴むと、菊田は彼女を自分の方へと向かせる。
「・・・今日は洋装なんですね。」
「話を逸らすな。」
手首を掴まれたまま、顔を逸らして目を合わせない律に、菊田は胸の辺りがもやもやとする。
一向に手首を離そうとしない菊田に観念し、律は小さく呟いた。
「・・・私は猫ですか。」
不貞腐れた顔で横を向いている律に、菊田は自身の身体の中に、何か熱いものが湧き上がってくるのを感じる。
「ごめん、冗談だよ。」
上がる口角を抑えながら、菊田は律の手首を解放すると、その頭に掌を乗せる。
「そうですか。」
わざとじっとりと菊田を睨むと、次の瞬間には笑い、律は茶の準備に戻った。
律の機嫌はあっさりと治ったようだった。そもそもそこまで怒っていなかったのかもしれない。ちょっと仕返しがしたかっただけの様に見える律が、可愛らしいと菊田は思う。
「良い人ですね、イポㇷ゚テは。」
しかし今度は、菊田の番だった。
「・・・下の名前で呼ばせるとはな。」
「え?」
台所にもたれ掛かり腕を組む菊田は、目を細めて律を見ている。大人気ないとは思いつつ、律と有古が下の名で呼び合うのが気に食わなかった。
「思ってた以上に仲良くなったみたいだな。」
口元は笑っているが、目は笑っていない。どこか怒ったような菊田の様子に、今度は律が戸惑いを見せる。
「菊田さん・・・?」
律の背中に、ひやりとした汗が伝う。菊田が怒ったところなど見たことがなかった。恐る恐る菊田の顔を覗き込むと、菊田は律の頬に手を伸ばし、親指でひとつ撫でた。
「っ。」
思いがけず菊田に触れられた律は、小さく肩を揺らす。
「律。」
菊田のどこか熱の込もったような目に捕らえられた律は、その目を逸らせずにいる。
そう言えば名前を呼ばれたのは初めてじゃないだろうか。そう思うと、律の鼓動は速くなっていく。いつも「よぉ」とか「おい」としか呼ばれなかった気がする。それで不自由はなかった為、今まで気づかなかった。
頬に添えられた菊田の手を受け入れたまま、律はゆらゆらと揺れる瞳で菊田を見つめ返している。拒まれていないと、捉えて良いのだろうか。菊田は思う。
「だから猫だと思おうとしてたってのに・・・。」
溜息混じりにそう言うと、菊田は律を引き寄せ、抱き締めた。突然の事に律は目を見開くが、その温もりが嫌でなく、つい身を委ねる。腕にすっぽりと収まり、菊田のジャケットの裾を掴んでいる律に、菊田は堪らなくなる。
「・・・抵抗するなら今だぞ。」
「しません。」
きっぱりと口をついて出た言葉に、菊田はもとより、律本人も驚いた。律は菊田の胸に顔を押し付け、羞恥心を誤魔化す。
助けた身で、助けられた身でと、二人は互いへの感情に蓋をしていた。しかし抑えつければ抑えつける程に、その感情は膨れ上がる。温もりに触れてしまった今、それは堰を切ったように溢れ出す。
「・・・いいんだな。」
菊田が抱き締める腕に力を込めて言うと、律は小さく頷いた。
「はっ。」
菊田は小さく息を吐くように笑うと、律の存在を確かめるように、その背中を掻き抱く。律は溺れるような感覚に陥りながらも、必死に菊田にしがみ付く。菊田が律の頭に頬を寄せれば、律は菊田の首筋に顔を埋めた。肌と肌の触れ合う感覚に、菊田は堪らず彼女の後頭部を引き寄せる。
「律。」
名前を呼ばれた律が顔を上げると、菊田は間髪入れずに口付けた。菊田の片腕はは律の腰に回り、もう片方の手は彼女の後頭部をがっちりと押さえている。最初は食む様に、そして段々と噛み付く様に。何度も角度を変えて、菊田は律の唇を貪ってゆく。
「ふっ」
律が口で呼吸をすると、菊田はその口内へと舌を侵入させた。律は菊田の太い首に腕を回し、その舌に自身の舌を絡めて応える。その様子に彼女が
二人の唇が離れると、その間に糸が渡り、ぷつりと切れる。菊田は律の濡れた唇を、親指でなぞる様にして拭ってやった。菊田を見上げる瞳は潤み、頬は上気している。
「好き。」
蕩けた表情で言う律に、菊田はぞくぞくと何かが背中を駆け上がってくる感覚を覚える。
「俺も好きだよ。」
そう言って困った様に微笑むと、菊田は律を抱き上げた。律の草履が脱げ、土間に転がり音を立てる。
「わっ。」
驚き必死に掴まる律に、菊田は小さく笑う。菊田は律を運ぶと、小上がりに座らせるようにして下ろした。そしてもう一度、今度は優しく啄むような口付けを落とす。何度も唇を合わせながら、菊田はゆっくりと律を押し倒していく。律は後頭部に添えられた菊田の手に、彼の優しさを感じた。
小上がりに膝をつき律を組み敷いた菊田の目は、熱を帯び、余裕なさそうに細められている。
その射抜く様な視線に小さく身体を震わせると、律は菊田にその身を委ね、目を閉じた。