微熱/菊田
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菊田はその朝、目覚ましの鳴る前に目が覚めた。遮光カーテンの隙間から差し込む柔らかな光に、まだまどろんでいた意識が段々とはっきりしてくる。のそりと上体を起こすと、暫くぼおっと虚空を見つめる。
夢に出てきた彼女は着物を纏い、桜の降り注ぐ中、こちらを見つめて笑っていた。それは温かく穏やかな時間で、ずっと続いて欲しいと願っていた。しかし強風が吹いたかと思えば彼女は刹那、悲しげな微笑みを残し、桜吹雪に拐われる様にして消えてしまった。
眉間に寄った皺をほぐす様に指で摘みながら、そっと目を閉じる。大丈夫。昨日、しっかりと家まで送り届けた。出社すればまた会える。"大切なのは今"だ。そう門倉も言っていた。
自分に言い聞かせて目を開けた菊田は陰鬱とした思考を取り払う様に、荒々しく布団を退けベッドを降りた。
*
「よっ。」
出勤してきた菊田が先ず喫煙所へ行くと、既に門倉が煙草の煙を
「門倉さん、なんかいつにも増して覇気がないんじゃない?」
「何だよいつにも増してって。」
どうやら昨日トラブルがあり早めに出勤してきたらしい門倉は、ぶつくさと愚痴を溢す。同じく対応に追われ機嫌の悪い宇佐美の目を盗み、一服しに来たと言う。
「そりゃ災難ですな。」
「そういう菊田くんこそ、また辛気臭い顔してんな。」
「人をいつも辛気臭い顔してるみたいに言わんで下さいよ。」
「まだごちゃごちゃ考えてんの?」
ちゃらんぽらんに見えてその実、よく人を見ているこの人には敵わないと菊田は思う。
「いや、門倉さんの助言のお陰でだいぶ前向きですよ。」
「へぇ〜、そりゃ良かった。」
門倉がニヤリと笑った時、喫煙所の扉が開いた。
「ちょっと、一人だけずるいじゃないですか!」
明らかに機嫌の悪い宇佐美は、入ってくるなり煙草に火を点ける。
「バレちまったか。」
「バレちまったかじゃないですよ。誘ってくれても良いでしょ。」
「嫌だよお前となんて。休まるものも休まらねぇだろ。」
「失礼な!可愛い後輩に!」
「可愛い後輩は自分で可愛いとか言わねぇんだよ。」
「まぁまぁ・・・。」
騒がしい二人を宥めようとした菊田だったが、目を見開いた宇佐美に勢いよく顔を向けられる。
「律さん返してもらえません?主戦力が居なくなって大変なんですよ。」
「いや、俺に言われてもな・・・。」
矛先が逸れたうちにと逃げ出そうとしていた門倉の腕をがしりと掴みながら、菊田は半目で返した。上手いこと逃げられなかった門倉は、項垂れて二本目の煙草に火を点けている。
「せめて時々貸してくださいよ。ハァ、人事に直談判しに行こうかな。」
ぶつぶつと喋っている宇佐美を横目に、菊田は煙草の火を揉み消した。
「佐倉はやれねぇよ。」
言いながら喫煙所を出て行く菊田を、宇佐美はじとっと見遣る。恨めしそうに見ている門倉は、しかし薄らと口角を上げた。
「は?まさか菊田課長・・・。」
「さ、後処理するかぁ〜。」
宇佐美という男は相変わらず目敏いなと思いながら、門倉はまだ長く残る煙草を揉み消した。一つ伸びをすると、喫煙所を出て行こうとする。
「ちょっと、つれないなぁ!」
宇佐美も慌てて煙草を灰皿に押し付けると、門倉の後を追って行った。