微熱/菊田
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ここ、いいか。」
「どうぞ。」
一人社員食堂で遅めの昼食をとっている律の元へ、食事のトレーを持った菊田がやって来た。律の許可を得て向かいに座った菊田は、「遅くなっちまったな」と午前中の業務に対し苦笑いを溢す。
「この後の外回り、直帰にするか。」
「いいんですか?」
「たまにはいいだろ。」
他社との合同企画でペアを組んでいる二人は、この後会議の予定が入っており、先方へ出向くことになっている。
先日喫茶店でランチを共にしてからと言うもの、菊田から律に関わることが増えた。半年程壁を感じていたのが嘘かの様に。まるで硬く降り積もった雪がこの春の陽気に溶け出す様に、律の心は柔らかく軽くなってゆく。しかしだからこそ、この心地良い関係性が続くようにと、律は丁度良い距離感を保つよう心掛けることにした。
「準備すっかー。」
「そうですね。」
会議の内容や、先方の偉い人はきっとヅラだとかいう雑談を経て食事を終えた二人は、共に準備の為に席を立つ。菊田は煙草を吸って来ると言って律と別れると、喫煙所に立ち寄った。
誰も居ない喫煙所で煙草に火を点け、薄く長く煙を吐き出す。ぼんやりと消えゆく煙を見つめていると、喫煙所の扉が開いた。
「なに憂いてんの。」
「憂いてました?」
「それはもう様になってたよ。」
入って来るなりへらりと笑って見せる門倉は、「いい男は違うねぇ」と茶化しながら煙草に火を点ける。
「揶揄わんで下さいよ。」
眉を下げ笑う菊田に門倉はごめんごめんと悪びれなく謝りつつ、廊下と喫煙所とを隔てているガラスに面して設置された、カウンターテーブルに肘をついた。そのまま前傾姿勢でぷかりと煙を吐き出すと、じっと菊田を見つめる。
「悩み?」
「あーいえ、はは、参ったな。」
「例の?」
「えぇ、まぁ。」
目を伏せ煙草に口をつける菊田に、門倉もまた一つ、ぷかりと煙を吐き出した。
「ごちゃごちゃ考えなくていいって。今を大事にしろよ。」
「そうなんですが・・・。」
「あとはあれだ、相手の気持ちを大切にしてやれよ。あれ、俺今めっちゃいいこと言ってない?」
「・・・。」
菊田の眉間に薄らと皺が寄る。門倉は大袈裟に溜め息を吐くと身を翻し、カウンターに寄り掛かった。
「菊田くんの不安もわかるけどさ、蔑ろにしてやるなよ。あんなの誰がどう見たってお前———」
話を遮るように、コンコンと喫煙所のガラスを叩く音がした。門倉は振り返ると、「げっ」と潰れた蛙のような声を出す。そこにはにっこりと胡散臭い笑みを浮かべた宇佐美が、ガラスにへばりつくようにして門倉を見ていた。門倉ははぁと溜息を吐くと煙草を灰皿に押し付け、扉の方へと向かう。菊田が心なしか下がった肩を見送っていると、扉に手をかけた門倉が振り返った。
「大事なのは今だぞ、今。」
ひらひらと手を振る門倉は、文字通り宇佐美に引き摺られてゆく。「全く、何カッコつけてんですか、サボりのくせに」「おっさん二人で何の話ですか辛気臭い」などと遠ざかる宇佐美の声を聞きながら、菊田はもう一口煙草を吸った。緩やかに吐き出される煙を暫く見つめると、煙草を灰皿で揉み消し、喫煙所を後にした。