刹那/菊田
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「怪我をしているのか。」
律の左腕が血に濡れている事に気付き、アシㇼパがそっと触れる。
「見た目より浅いの。それよりも火が・・・。」
「だいぶ出血してるじゃないか。場所が悪かったんだろ。」
ジャック・ザ・リッパーのナイフが掠めた場所からは、どくどくと血が溢れて着物を赤く染めている。あぁ、折角菊田さんから貰った着物なのにと、律はぼおっとする頭で思った。火が回り煙が充満し始めたからなのか、思いの外出血が多いからなのか、意識が朦朧としてくる。
「取り敢えず止血して、外へ出よう。」
杉元はそう言うと、背負っていたリュックから包帯を取り出した。
「止血より外へ———」
「すぐ終わるよ。」
優しく目を細める杉元に、律は眉を下げる。
「・・・すみません。」
杉元は手際よく止血を終えると、律の頭に手を乗せた。
「アシㇼパさんを護ろうとしてくれただろ。」
「・・・名前を聞いてなかったな。私はアシㇼパ。こいつは杉元だ。」
「佐倉律です。」
「ありがとう、律。」
柔らかく笑う杉元とアシㇼパに、まるで光の様だと律は思う。
三人は煙から逃れる様に移動を始めるが、思いの外煙が蔓延しており状況は厳しかった。
何とか火のない方を進んで行くと、廊下の角を曲がる時、アシㇼパ達の仲間らしい男と出くわした。
「・・・そのお嬢さんは?」
「律だ。助けてくれた。」
「助けてなんか・・・」
門倉というその男について行くと、巨大なタンクの並ぶ空間へ出た。そこにも火の手は回っており状況は絶望的かと思われた時、遠くから杉元を呼ぶ声が聞こえてくる。
「シライシ!!」
アシㇼパがその声に応えると、どうやら"シライシ"という声の主は出口の方から声を掛けているらしかった。しかし声の方へ進んでもそこには出口も窓もなく、引き返さなければならないという時に、背の高い男と鉢合わせた。
「ボウタロウ・・・」
ほっとした顔を見せた杉元だったが、次の瞬間、房太郎と呼ばれた男はアシㇼパを抱え、杉元をスコップで殴り倒した。煙で朦朧としているアシㇼパは抵抗する力も残っていないようで、ぐったりと抱えられている。
「杉元さん!」
「律さん、離れてて。」
駆け寄って来た律の肩に手を置くと、杉元は房太郎に飛び掛かっていった。その間房太郎に反撃した門倉は、既に床に倒れている。煙に朦朧としている杉元は房太郎に敵わず、アシㇼパは連れ去られようとしていた。
「待って。」
律は回らない頭でなんとか立ち上がり、抱えられているアシㇼパにしがみつく。
「なんだ?」
「律・・・。」
房太郎は一瞬考えるそぶりを見せると、アシㇼパを抱えているのとは反対の腕で律を肩に担ぎ上げた。
「女子供を手にかける趣味はないんでね。」
律に抵抗する力は残っておらず、廊下に突っ伏し這いずる杉元をただ見るしか出来ずにいる。声を出そうにも煙で喉がやられている上に、担がれ腹部が圧迫されてどうにもならなかった。
房太郎は外へ出ると、アシㇼパは抱えたまま律を地面へ下ろした。どうやら仲間割れの様で、金塊の分前や目的について話している。
「律!?」
律が聞き慣れた声に目線を上げると、少し先に鯉登がいた。鯉登はアシㇼパを確認すると、刀を振り上げ、房太郎に飛びかかってゆく。
「律さん!」
後から来た月島が、地面に横たわる律を抱き起こした。
「月島さん・・・。」
ほっとした表情を見せる律に、月島は表情を歪める。
「怪我まで・・・すみません。」
「なんで月島さんが謝るんですか。二人ともご無事で良かった。」
力無く微笑む律の左腕に巻かれた包帯に、月島はそっと触れた。そこには血が滲んでいる。
月島は顔を上げると、律を片腕で支えながら膝を土台に銃を構え、今まさに鯉登に拳銃を向けていた房太郎の手元を撃ち抜いた。アシㇼパを抱えたまま建物内へ逃げてゆく房太郎を、鯉登が追って行く。
「行ってください。鯉登少尉を。」
律は自身を抱えたまま、厳しい表情で鯉登の行方を見ていた月島に声を掛けた。その真っ直ぐな眼差しに月島は一つ頷くと、律からそっと手を離す。
立ち上がり駆けて行く月島を見送ると、律は漸く起き上がらせていた上体を地面に横たえた。
限界の来ていた律の瞼は重く、ゆっくりと閉じてゆく。瞼の裏に映るのは、紛れもないあの人で。
建物の燃える音や遠くの喧騒を聞きながら、律の意識は遠のいていった。
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