刹那/菊田
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「とりあえず場所変えるか。」
訳もわからず放心状態の彼女は、辛うじて佐倉律と名乗った。状況確認をしたかったが、路地裏で立ち話というのも気が引けた為、菊田は場所を移動する事にした。しかし服装的にも目立ち過ぎる律に、どうしたものかと考える。適当に服をしつらえてくることも考えたが、その間混乱する律を路地裏に放置することも憚られる。
思考を巡らせた結果、路地裏を抜け、街外れにある川のほとりまで来た。
「ちと寒いが、ここならいくらか気が休まるだろ。」
「すみません・・・。」
菊田が草原に腰を下ろすと、律も倣って隣に腰掛ける。手の届かない距離に腰を落ち着けた律に、室内にしなくて正解だったと菊田は思った。
一つ、また一つと事実確認をしていけば、益々二人は混乱する。話をまとめると、どうやら律はこの時代の人間ではないらしい。およそ百二十年も先の時代から、この明治時代に来てしまったと。
「・・・にわかには信じられねぇな。」
「明治時代・・・。」
あまりに夢物語なその話に、菊田は一瞬警戒する。しかし青ざめた律の顔に、菊田は一旦その話を飲み込むしかなかった。律が突然現れた現場を見てしまった事もある。
「原因に思い当たる節はないのか?」
「いえ・・・ただ、日付と場所は合ってます。」
今二人が居るのは登別。律は元の時代で、観光の為に登別に来ていたと言う。そう言う律は、カタカタと震えている。先程まで混乱していた為気づかなかったが、律はこの時期にしては薄着だった。
「日付は同じなんだろ?真冬に何でそんな薄着なんだ。」
菊田は立ち上がりながら自身のコートを脱ぐと、律の肩にかけた。びくりと肩を揺らした律に、菊田は少し距離を取ってやる。
「すみません・・・。さっきまで旅館にいたはずで・・・上着は脱いでて・・・。」
「なるほどな。」
戸惑いつつも余程寒かったのか、律は菊田のコートを包まる様に手繰り寄せた。
「取り敢えず身を寄せられる場所に心当たりがあるから、ついて来い。」
「え・・・。」
律には願ってもない話だが、調子の良すぎる話に不安がよぎる。ここが明治時代の登別であると言うとは分かったが、そもそもこの男が何者なのかがよく分かっていない。どこかへ売り飛ばされたりしないだろうかと、律は立ち上がることができずにいる。
「・・・とって食ったりしねぇよ。確か近くに空き家があったから、借りてやる。」
「・・・どうして貴方がそこまでしてくれるんですか。」
「どうしてって・・・どうしてだろうな?お前に何かあったら寝覚めが悪いからかな。」
軽く笑う菊田に、律は肩の力が抜けた。もしこれが嘘だったとしても、今はこの男に頼る他ない。律は立ち上がると、菊田の後に続いた。その様子にまるで野良猫のようだと、菊田は昔メシを食わせた青年のことを思い出していた。