刹那/菊田
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「ねぇねぇ律、俺にもオムライス作って。」
律が第7師団と共に行動を始めてから、1週間程が経っていた。
今日もまた野営の為、街から離れた場所で馬が止まった。今は時間が惜しいらしく、敢えて街で休憩を取る事は少ない。
律はだいぶ兵士たちの顔も覚え、ちらほらと会話する様になって来た。二階堂もその内の一人で、宇佐美同様、暇を見つけては律の元へやって来る。
皆が食事をとり終えた頃、二階堂はどこから聞きつけたのか、律にオムライスを強請っている。
「物資が勿体無いでしょう。鶴見注意に怒られちゃう。街に降りた時に作りましょうね。」
「えー。」
まるで子供の様な二階堂に、律は毒気を抜かれてしまっている。
「俺も食いてぇな、オムライス。」
木箱に座り、頬杖をついている菊田が横から口を挟む。彼の彫りの深い顔は焚き火を受け、陰影濃く艶やかに浮かび上がっている。目を細めて微笑むその顔が、律にはどこか切な気に見えた。
「作りますよ。」
「楽しみだなぁ。」
じっと見つめてくる菊田を、律も見つめ返す。目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、律はじわりと心が熱くなる。
律が菊田と二階堂と会話をしていると、鶴見と宇佐美が近づいて来る。
「随分慣れたみたいだね。」
「お陰様で。」
軽く言ってのける宇佐美に、律は嫌味を込めて返した。
「律君、そろそろ休もうか。」
「はい。」
律は紅一点という事もあり、夜は鶴見のテントで過ごしている。鶴見の慰みをしているのでは無いかと噂も立っているが、実際そんな事はなく、ただ共に眠るだけだった。
女性だからと周りに気を遣われて準備された木箱から腰を上げると、律は菊田と二階堂に会釈を残し、鶴見に付いて行く。
「いいなー俺も律と一緒に寝たい。」
「馬鹿言うな。」
菊田は心の底から二階堂に返す。胸ポケットから煙草を取り出すと、投げやりに火を点けた。
羨ましそうな宇佐美の視線に気づかなかったふりをして、鶴見と律はテントへ入った。二組の布団が少し離れて敷かれている。
「律君。聞きたいことがあるんだが、ちょっといいかな。」
上着を脱いだ鶴見はそう言うと、律の背後に回った。同じく上着を脱いでいた律は振り返ろうとしたが、鶴見に肩を掴まれ阻止される。そのまま鶴見は律の手から上着を取り、横に落とした。
「あっ、自分で・・・。」
いつも襦袢で眠る律の帯に、鶴見が手をかける。「変な事はしないから」と耳元で囁かれれば、律は大人しく従うしかなかった。
「・・・聞きたい事とは何でしょうか。」
ゆっくりと時間をかけて、帯が解かれていく。シュルシュルと衣擦れの音が静かなテントに響いている。
「君は何者なんだい?」
「え・・・。」
律の声と共に、緩んだ帯が足元に落ちた。襦袢姿になった律の下腹部に、鶴見の両腕が回る。律の肩が跳ねたが、鶴見は腕に力を込め、がっちりと離さない。
「君の家にあった服、あれは何だ?」
「・・・。」
家捜しをされたのだ。律はその事に気づくと、さぁっと血の気が引いてゆく。
「ここ一週間君のことを見ていた。特段変わった様子はなかったが、所作が少し気になってね。」
「・・・どこかおかしかったでしょうか。」
鶴見は片方の手を上へ持って行くと、小さく震える律を宥める様に、彼女の肩の辺りを優しくさする。
蛇の様にまとわりつく鶴見に、律の身体は硬直する。
「おかしく無いよ。ただ少し、所作に気を付け過ぎている様に見えてね。」
耳元で囁く鶴見に、律はぞくりとする。攫われて来た当日の様に、その男は猫撫で声で語り掛けている。
「・・・おかしいでしょう。おかしくて当然です。」
律の言葉に、鶴見の目が鋭く光った。
律はこの男に、嘘は吐けないと悟った。服が見つかってしまっているのでは、取り繕う事はできないと。
「話しても信じて貰えるとは思えません。私だって信じられないのですから。」
「話してくれないか。」
信じるかどうかは聞いてから決める。そう言った様に聞こえた。
「・・・話しましょう。」
鶴見は満足のゆく返事を得ると、漸く律を解放した。
「・・・にわかには信じられんな。」
鶴見は一通り話を聞き終えると、考え込む様子を見せた。布団に胡座をかき顎に手をやっている鶴見を、ランプの火がゆらゆらと照らしている。
鶴見は律がどこかのスパイである線を考えないわけではなかった。しかし自ら第7師団に近寄ったわけでもなければ、この一週間、何かを探る様な動きも無かった。寧ろ環境に順応するのに手一杯である様に見える。これが演技なら大したものだが、120年も先の未来から来たなどと言うあたり、スパイを隠す為の言い訳にしてはお粗末だった。妙な服も焼いて捨てて仕舞えば良いものを、大切に仕舞ってあったと言う。
あまりに突飛なその話は、律の行動と辻褄が合ってしまっていた。
「しかし信じよう。君の話す未来の様子は、おいそれと出まかせで作り上げられるものじゃない。」
律はまだ完全に安心しきれないと思いつつも、ついほっとした。菊田の事を伏せながら話した事に、矛盾が生じていなかったのならそれでいい。家を貸してくれている人に拾われたと嘘を吐いたが、そこまで調べるにしても時間がかかるだろう。菊田の事だから、口止めもきっとしている。
どうか菊田に不利益が生じない様にと、律はそれだけを祈った。
「ありがとうございます・・・。」
「未来から来たと言う事は、この時代の事を知っているのかね?」
「何となくは知っていますが、歴史に疎いので・・・。」
「・・・そうか。時間をとらせてすまなかったね。休もうか。」
鶴見は自分達の行く末を聞こうか迷ったが、やめることにした。自分の行く道が正しいのかどうかは、自分が決める。そうでなければ揺らいでしまう。それにどうせ聞いても分からないだろうと、鶴見は自分に言い聞かせた。
「いえ。おやすみなさい。」
鶴見に倣って、律も布団に潜り込む。急激に自分への興味が薄れた様に見えた鶴見に、律は気づかれぬ様、ほっと息を吐いた。