刹那/菊田
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「考え直してくれた?」
今日も宇佐美は、律の働く定食屋に来た。宇佐美は慣れた様にカウンター席に着くと、中で洗い物をしている律に声を掛ける。律が振り向くと、宇佐美は両手で頬杖をつき、にこにこと笑っている。
「いえ、やっぱりお断りします。ここの主人と女将にはお世話になっていますし。それに軍のことは分かりませんので、足手纏いにしかならないかと。」
「そんな事ないよ。居るだけでも華やぐだろうし。」
「そう言うのは尚更、ちょっと。」
明らかに不快な顔をして見せる律に、宇佐美はぞくりとする。この女は、女として消費されるのが嫌なのだと宇佐美は察した。
「そっか〜残念。あ、今日もオムライス作ってよ。」
律が作った不恰好なオムライスを、宇佐美はにこにこと食べる。食べながらペラペラと、何でもない話を律に振る。
物好きだなと思いつつ、律は適度に相槌を打ちながら、洗い物の続きをした。
「じゃあ律、またね。」
「お粗末様でした。」
食事を終えた宇佐美は、にこりと笑って律に言った。
その目に何か含みがある様で、律は嫌な予感がする。しかしそれが何なのかは分からず、仕事をしているうちに忘れていた。
「お疲れ様でした。」
律は主人と女将に挨拶をすると、店の外へ出た。店仕舞いまで働いたため外はもう暗く、空は曇っているのか星が無い。
街の明かりを頼りに、律は家まで歩き出した。
「貴女が律殿か。」
「はい?」
家の前まで来たところで、後ろから見知らぬ男の声に呼び止められた。振り向こうとするがその前に、律の口は布の様なもので押されられ、後ろから男の腕に拘束される。その腕は軍服を着ている様で、律の頭には昼間の宇佐美の顔が
「んうぅ!」
律は大声を出そうとするが、布に塞がれた口は役に立たない。ありったけの力を振り絞り暴れても、軍人であろう男には敵わなかった。
「悪いが、一緒に来てもらう。」
口元に当てられた布には、何か薬が染み込ませてあったのだろう。律の意識は遠くなっていく。薄れる意識の中で、男の他にも二〜三人ほど、兵士が自分を取り囲んでいることに気づいた。
(杢太郎さん。)
意識を手放す瞬間、律の頭には菊田の顔が浮かんでいた。