短編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「月島さん。今日はいらっしゃらないのかと思いました。」
第七師団の兵舎から一番近いところにある風呂屋で働く律は、兵士達の顔と名前をよく覚えていた。たったそれだけだ。自分だけが特別なわけではないと、月島は自分に言い聞かせていた。
「すみません、もう終わりの時間ですよね。また明日出直します。」
月島は今日は任務の為に少し遠出をしており、帰ってくるのが遅くなった。風呂屋のやっている時間に間に合うか怪しかったが、桶に風呂用品を詰め込み淡い期待を抱いて来てみたものの、着いた頃にはもう律が店先の
「待ってください!お風呂、入っていってください。いつもご贔屓にしていただいてるので。」
「いえ、そう言うわけには・・・。」
月島が流石に申し訳なく思い断ろうとすると、律は手にしていた暖簾を入り口横に立て掛け、月島の傍へ駆け寄った。月島の背後に回って背中を押し、建物の中へと押し込めるように誘導する。
建物内へ入ると、他の者はもう帰ったのか、誰もいない様だった。
「私も今から入るところなんです。まだ湯が張ってあるので、入れますよ。」
月島はどきりとした。律と自分しかいない空間で、律が湯を浴びる音を聞きながら風呂に入れと言うのか。
「い、いえ、やっぱり・・・」
月島はやはり断ろうと自身の背中を押す律を振り返るが、「秘密ですよ」と人差し指を口に当てて微笑まれて仕舞えば、断りきれなくなってしまった。
代金の支払いを済ませると、月島と律はそれぞれ男湯と女湯に別れ、脱衣所に入っていく。
衣服を脱ぐ衣擦れの音、ペタペタと脱衣所を歩く音、ガラガラと引き戸を開け、そして閉める音、湯を浴び身体を洗う音。くぐもったように響くそれらの音を、月島も律も、互いに意識してしまっていた。
(これは・・・まずいな。)
月島はざぶんと湯舟に浸かると、なるべく律のことを考えぬ様、身体の疲れを癒す事に集中した。していたが、女湯の方から律が声を掛けてきた。
「月島さん、お湯加減大丈夫ですか。」
くぐもったように響く律の声に、月島はどきりとした。
「良い加減です。」
なるべく落ち着いた声色で返事をすると、「よかった」と律の声が笑った。
暫くお互い無言で湯に浸かっていたが、それはそれで、ちゃぷ、と動くたびに揺れる湯の音が、月島に律の姿を想像させてしまい良くなかった。
そのうちザバッと音がして、律が湯から上がったのだと月島には分かった。
程なくして月島も上がり、着流しに袖を通すと、風呂桶に畳んだ隊服を乗せて脱衣所を出る。律は普段よりも簡単な浴衣を着て、番台で帳簿の確認をしていた。首には手拭いがかけられている。拭き足りなかったのか、髪からはぽたぽたと水滴が滴り、普段より露出した白い肌は火照っている。
「ありがとうございました。」
月島が気まずく思いつつも礼を言うと、律は月島を見て微笑んだ。律は丁度確認し終えたのか、帳簿を仕舞うと番台を降りてくる。
「湯を抜く前に来ていただけて良かったです。今日はもうお会いできないのかと思いました。」
月島の前まで来ると、律は目を伏せて言った。勘違いしそうになるその言動に、月島の鼓動が早くなる。
「・・・髪が、濡れたままですよ。」
ぽたぽたと滴る水滴は、律の浴衣の肩の辺りを濡らしている。「あぁ」と律は肩を見ると、恥ずかしそうに手拭いで毛先を押さえた。
「つい後回しにしてしまうんです。まだやることがあるので・・・。」
そう言いながらもまだ後回しにしようとしているのか、毛先の水分を拭うのみの律を見て月島は「はぁ」と溜息をつき、持っていた桶を床に置いた。
「貸してください。」
月島は律の手拭いをするりと奪い取ると、肩を押して後ろを向かせる。
「月島さん・・・?」
律の反応を他所に、月島は彼女の髪を丁寧に拭いていく。
「風邪をひきますよ。」
冷静を装ってはいるが、火照った白いうなじに、濡れて艶のある黒髪に、湿った微かに甘い香りに、月島の思考は鈍っていく。
「あの、自分で出来ますから・・・」
か細い声で言う律は、恥ずかしさに俯いており、うなじが強調される。月島は自分でも気付かぬうちに、衝動のままそこに、つーっと指を滑らせた。
「ひぁっ」
びくりと肩を跳ねさせた律の口からは、聞いたこともないような甘い声が漏れた。月島の心臓はばくばくと速打ち、呼吸が荒くなる。
「つ、月島さん、恥ずかしいです。」
律は抗議のために振り返るが、その顔は真っ赤に染まり、目には薄ら涙が滲んでいる。その表情は、月島の理性を煽るのには充分すぎた。
月島は律の肩を掴み勢い良く自分の方を向かせると、ダンッと彼女の真横の壁に片手をついた。その勢いで、律は壁に背中を預ける形となった。
「あまり俺を煽らないでいただけますか。」
「あ、煽るだなんて・・・」
律に覆い被さる様に壁に手をつく月島の目は、色っぽく熱を持ち、律を見据えている。律はぞくぞくと湧き上がってくるものを感じながら、月島の視線に囚われている。
「律さん、貴方が俺をそうさせるのですよ。」
月島は更に一歩律の方へと詰め寄ると、壁についていない方の手で彼女の顎を掴み、上を向かせる。
「あ・・・月島さっ」
律が言い終わる前に、月島は律に噛み付く様な口付けを落とした。何度も角度を変えて唇を貪ると、律は喘ぐ様に息を吸おうと口を開けた。
「は、あ・・・」
月島はすかさず律の口内に舌を捩じ込むと、口内を荒々しく犯していく。
律の呼吸は乱れ肩で息をしているが、その両腕を月島の首に回し、必死に月島の舌に自分の舌を絡ませ始めた。
月島は脳が甘く痺れるのを感じながら、顎を掴んでいた手を離すと、舌を絡ませながら律を掻き抱く。
「ふっ・・・」
途切れ途切れに呼吸をする律にぞくぞくとしたものを背筋に感じ、月島は彼女の太腿の間に、自身の膝を割り入れた。
「はっ、」
月島は律を挟む様にして両手を壁につくと、ゆっくりと唇を離した。月島の腕と、律の太腿に割って入った膝とで、律は壁に縫い付けられた様になっている。浴衣は乱れ、口元はどちらのかわからぬ唾液で艶を纏っていた。
月島はその姿にごくりと喉を鳴らした。また顔を近づけると律の唇を舐め、そして首筋を舐め上げた。
律は身体を震わせ、月島の襟元を握っている。
ふと見ると、月島は己の襟元を握る手が、微かに震えていることに気づいた。月島は脱力し、律の首筋に顔を埋めると、彼女を包み込む様に優しく抱きしめた。
「すみません、律さん・・・俺・・・」
優しく背中をさすってくれる月島の弱々しい声に、律はぎゅっと抱きしめ返した。
「いえ、あの、私・・・ずっと好きだったんです、月島さんのこと。」
月島はがばっと顔をあげ、律の顔を見る。
「ですから、私、嬉しいです・・・。」
律が頬を染め、目を逸らしながら呟くと、月島はまたぎゅっと彼女を抱き締めた。
「俺も、貴女が好きです。順番が違ってしまって、その・・・」
「申し訳ない」と弱々しく呟く月島に、律は「ふふ」と笑った。
「仕事、手伝います。」
名残惜しそうに身体を離すと、月島は言った。
「いえ、そう言うわけには・・・」
慌てて言う律に、月島は俯き、彼女から視線を外した。
「・・・明日は非番なんです。ここの仕事が終わったら、貴女を抱きたい。・・・いけませんか?」
律は一度引いた熱が、また戻ってくるのを感じた。
「・・・いいえ。」
今度は律が俯き、答える番だった。
程なくして風呂屋の明かりは消え、月島が律の手を引くようにして、二人は風呂屋から出ていった。