短編
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「月島さんの瞳って、綺麗な色をしていますよね。」
療養中の鯉登を見舞うため病室を訪れた月島と律は、しかし当の患者が眠っていた為に待合で時間を潰している。周囲には誰もおらず、ただ静かな時が流れている。
長椅子に腰掛けている月島は、隣に座る彼女の唐突な言葉に目を丸くした。彼が驚いて自分を見ているのをいい事に、律はその瞳を覗き込む。つい身体を引く月島だが、彼女はそれでも見つめたまま。
「鶯色とでも言うんでしょうか。」
目は合っていない。ただ瞳の色を見ているのだと分かる。しかしどうにも居心地が悪く、月島は顔を逸らした。
「はしたないですよ。」
顔を逸らした言い訳のように呟く月島に、彼女ははっとする。
「すみません、不躾に。」
気不味そうに前を向き座り直す彼女に、月島はほんの少しの罪悪感を抱いた。
「・・・貴女は俺が怖くはないんですか。」
前を向きぽつりと呟く月島に、律は視線を向ける。
律は元々、杉元達と行動を共にしていた。この時代の人間ではないと言う彼女の話は俄かには信じられたものではなかったが、所々話に出る未来の話とやらは、おいそれと出まかせで出るようなものではなく。
網走監獄での騒動の後、月島は杉元と彼女を含む面々と共にアシㇼパを追った。最終的に鶴見率いる第7師団はアシㇼパ確保に失敗し、杉元達に逃げられた。しかし取り残された彼女は今、鯉登の療養に付き添い、こうして月島の隣にいる。
「見たでしょう。俺は必要とあらば杉元とも殺し合う。」
「それぞれ立場が違うことは理解しているつもりです。」
やや目を伏せて言う彼女は、怖くないのかという問いには答えなかった。怖くない筈がないだろうと思いつつ、月島の心は沈んでゆく。何を期待していたのかと、心の中で自身を嘲笑った。
「それに月島さんは、私を見捨てないでいてくれたじゃないですか。」
ついその声に顔を向ければ、穏やかに笑う彼女と目が合った。
「あの時、そのまま捨て置くこともできたでしょう?何故連れてきてくれたんですか?」
彼女の諭す様な、それでいて温かな瞳に真っ直ぐに見据えられ、月島は言葉を詰まらせる。
確かにあの時、杉元達に置いて行かれた彼女を見捨てなかった。杉元に刃を突き立てられた鯉登の介抱をするので手一杯だったと言うのに、隅の方で蹲るようにして震える彼女に、気付けば「来い」と叫んでいた。
人質だと言ってしまえば良い筈なのに、それだけでは済まされない思いがあったのは確かだった。
「ね?」
まだ何も答えていないのに優しく笑って首を傾げて見せる彼女に、月島は訳が分からないと言った風に眉間に皺を寄せる。
「月島さんが優しいの、知ってますから。怖くないです。」
「っ。」
息が止まりそうになった。どくどくと心臓が昂ってゆく。腹の底から熱いものが溢れてくるようで、月島は両の掌を握り込んだ。欲しかった言葉を惜しみなく与えてくれる彼女に、冷え切った心が溶け出してゆく。
「随分と楽観的な事を言うんですね。」
「そうですか?そうかもしれませんね。」
突き放すような事を言われたというのに、彼女は穏やかに微笑んだまま。
「必要とあらば、俺は貴女の事でも手に掛けますよ。」
月島の低く唸るような声に、流石の彼女もぴくりと身体を強張らせる。
意地悪で言っている訳じゃない。実際にそういう場面になれば斬り捨てなければならない。そうなる前に自分から離れてくれと、これは警告なのだと、月島は握り込む手に更に力を込めた。
しかし彼女は身体の力を抜くと、脱力したように笑う。
「その時は、苦しまないようにしてくださいね。」
「何を、馬鹿なことを言っているんですか。」
「だって、苦しいのは嫌ですから。」
「死にたいのか?そういう願望があるとは知らなかったな。」
沸々と湧いてくる怒りに、月島の口調はつい荒くなる。しかし律は至って冷静に、「そんなわけないじゃないですか」と静かな声で返した。
「だったら何故逃げない!危険だと言ってるんだ!」
「好きだから。」
荒々しく詰め寄った月島は、しかし彼女の一言で動きを止める。彼女は月島の方を見ると、もう一度「好きなんです。」と哀しく笑った。
「・・・は?」
月島は、彼女は杉元と恋仲なのだと思っていた。抱き締められる彼女を見て、そうなのではないかと。額に血管を浮かべたまま動けずにいる月島から、律は視線を逸らす。困ったように笑う彼女を、月島は気付けば抱き締めていた。
「つ、月島さ———」
突然の事に驚く彼女に、しかし月島は何も言えずにいる。あまりにきつく抱き締められ、律は息も絶え絶えに「苦しい」と溢した。
「このくらいじゃ死にませんよ。」
先程の会話を揶揄するように言うその声には、未だ怒気が含まれている。
「何故抱きしめるんですか。」
彼の体温や香りに痛い程抱き締められ、律はずっと望んでいたそれに涙が出そうになりながらも問うた。
「何故だと思いますか。」
幾らか緩んだ腕は、それでもまだしっかりと彼女を捕らえている。
「聞かせてくれないのですね。」
律は月島の背に腕を回すと、彼の胸に寄りかかるようにして体重を預けた。
「分かりませんか。」
「分かりません。」
拗ねた様な声で返す律に、月島は少し身体を離す。目が合えば、彼女はやはり少し怒った様な顔をしていた。左腕は彼女の腰に回したまま、右手でその頬に触れる。親指で頬を一つ撫でれば、彼女は困ったように目を細めた。ゆっくりと顔を近づけてゆき、彼女が目を閉じたのを合図に、その唇へと口づけを落とす。想像以上に柔らかな唇に、月島はつい食むようにして味わう。応えるように求めてくる彼女に、頭に血が昇るのを感じながら。
暫く彼女を味わうと、月島はゆっくりと唇を離した。
「これでも分かりませんか。」
「・・・月島さんが案外、狡い人なんだということは分かりました。」
頬を染め、やや潤んだ瞳で困ったように言う彼女は、月島の頬に手を伸ばす。先程彼がやったように親指で頬を撫でながら、じっと瞳を見つめている。
「また見ているんですか。」
「好きなんです、月島さんの目。」
透き通るような美しい瞳に見つめられ、それはこちらの台詞だと思いながら、月島は頬に添えられた彼女の手を握った。
「"俺"を見てください。」
その目を真っ直ぐに見つめて言えば、彼女もまた真っ直ぐに見つめ返す。眉を下げ、今度こそ自身を見つめている彼女に、月島はもう一度口づけを落とした。