短編
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「あ、雪だ。」
仕事を終えた律と菊田が会社の自動ドアを潜り抜けると、雨に混じって雪が舞っている。
「予報通りだな。」
律の言葉に返す菊田も彼女同様、初雪の舞う空を見上げて言った。つい先日、漸くやって来た春の陽気に心躍らせ、冬の寒さを越えたと思ったばかりだった。しかし指先の
「積もりますかね。」
呟く様に言う律に視線をやると、彼女もまだぼんやりと空を見上げている。いつの間にか雨粒が消え、粉のような雪が風に舞い、ふわりと彼女に降り注いだ。髪や頬、鼻先、そして睫毛に、細かで柔らかな白が乗る。その唇の隙間からは淡く白い吐息が漏れ、その間にも、肌に乗った雪は溶けて消えた。それに彼女の肌の温度を想像させられ、菊田の体温は気温とは裏腹にじわりと上昇する。
そんなことは露知らず雪を眺めている律の横顔は、どこか儚く、それこそ雪のように溶けて消えてしまいそうだと菊田は思った。つい不安になって手を伸ばせば、彼女の丸く見開かれた目に見つめられる。
「雪、積もってる。」
その髪に白く映える雪を軽く払ってやれば、彼女はやや視線を落とした。目を細めて微笑む菊田が、本当は髪でなく、肌に触れたくて仕方がないことを律は知らない。
「菊田さんも積もってますよ。」
「あぁ・・・払って。」
頭の方へと視線を向けてくる律に、菊田は悪戯っぽく笑って身を屈めた。戸惑う律だが、菊田は待つ姿勢を崩さない。諦めてその頭へと手を伸ばし、髪のセットが崩れないようにと雪を払った。
「ん。有難う。」
身を屈めたまま上目遣いに笑う菊田の瞳は、どこか熱を帯びている。律はその視線から逃れるように目を逸らすと、「いえ」と小さく答えた。
「帰ろうか。」
姿勢を戻した菊田は、手に持っていた傘を開いて言う。律もそれに倣って傘を開くと、二人は駅までの道を歩き出した。
「風邪引くなよ。」
「菊田さんも。」
ふたつ分の傘の距離がもどかしい。しかし先程の彼女の薄らと染まった頬と、艶やかに揺れる瞳と。意識させる事くらいは出来ているらしいと、菊田は自身の内に頭をもたげる欲を抑えつけ、一先ずは上々だろうと納得することにする。
まだ、あと少し。今は未だもう少し慎重に、溶けてしまわないように。今は。