短編
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「やってるな。」
行きつけの綺麗とは言えない小さな焼き鳥屋。ガラガラと引き戸が開けば、キラウㇱが顔を覗かせた。
「言い出しっぺが遅いじゃねぇか。」
「生でいい?」
先に飲み始めていた律と門倉は既に酒が入っていることもあり、柔らかい笑顔でキラウㇱを迎える。キラウㇱはつい目尻を下げると、律の隣に腰掛けた。その狭い四人掛けのテーブル席は、座り位置も含め三人の定位置だった。
年齢も性別も違った一見ちぐはぐな三人は、半年ほど前にこの居酒屋で出会った。門倉は一人カウンターで、キラウㇱと律はそれぞれ友人と来ていたが、気づいたら三人で飲んでいた。何となく気の合った三人は連絡先を交換し、こうして一、二ヶ月に一度、酒を交わしている。仕事や生活等何のしがらみもない三人は、この空間を心地よく感じていた。
「お前が遅れるの珍しいな。」
「カドクラこそ、時間通りに来るなんて珍しいな。」
届いたビールで乾杯しながらテーブル越しに戯れ合う二人を、律は笑って見ている。それに対し、二人の口元はつい緩んだ。
「でも確かに珍しい。仕事忙しかったの?」
「あー、いや、」
「何だよ。」
言い淀むキラウㇱに、あとの二人が首を傾げる。じっと見つめて続きを促す二人に、キラウㇱは観念して口を開いた。
「祝って貰ってたんだ。」
「何を?」
「誕生日。」
間髪入れずに聞き返す律に、キラウㇱは気まずそうに答える。
「えっ」
「お前今日誕生日なの?」
目を丸くする二人に、キラウㇱは目を逸らして「あぁ」と返した。
「そんな日に良かったの?」
「なぁに言ってんだよ。キラウㇱが召集かけたんだろ。」
ニヤニヤと下世話な笑みを浮かべて視線を寄越してくる門倉は、きっと気付いている。キラウㇱは軽く睨み返して牽制した。
「でも言ってくれたら良かったのに。」
「このメンバーで飲めたらそれで良かったんだよな。」
「そう言うことだ。」
頬杖をついて分かった様に言う門倉を恨めしく思いつつも、キラウㇱはその言葉に乗る他なかった。
「それは嬉しいけど・・・おめでとう。」
「あぁ、ありがとう。」
ふわりと微笑む律に、キラウㇱの目尻が下がる。門倉はその様子を眺めながら、銀杏の串を齧った。
「お前、誕生日に祝ってくれる彼女くらい居ないのかよ。」
酒も深まってきた頃にやれやれと門倉が話題を振ってやれば、キラウㇱだけで無く律までもがびくりと肩を揺らした。ほんの一瞬だったが、正面にいる門倉は見逃さなかった。分かりやすいキラウㇱとは違ってその心の内を読めずにいたが、成程これは。
「そう言うカドクラだってバツイチだろ。」
「おいおい、あんまり虐めてくれるなよ。」
日本酒を煽って言うキラウㇱに弄り返されようが、門倉は痛くも痒くもなかった。若く可愛い友人の為に一役買ってやるかと、門倉は残りのビールを飲み干すと
「んじゃ、俺はそろそろ行くかな。今日は奢ってやるよ。おめでとさん。」
「もう帰るのか。」
「眠くなっちまった。」
門倉は大袈裟に欠伸をして見せると、コートを着込み鞄を持つ。
「ジジィだな。」
「そうだよ、労われよ。」
「門倉さん、また。」
会計を済ませた門倉は、ひらひらと手を振り店を出て行った。取り残されたキラウㇱと律は、テーブル席で隣り合い、残った日本酒に口を付ける。
「律はどうなんだ?」
「え?」
呟く様に言うキラウㇱは、視線をお猪口に落としたまま。普段より少し落とした声のトーンに、律はどきりとする。
「気になる男は居ないのか?」
互いに恋人が居ない事は知っていた。三人でそういった話をする事もあったが、しかし浮いた話など出た事は無い。
「・・・居ると言えば、居ますよ。」
「は?」
キラウㇱが驚いて顔を上げれば、律は彼から目を逸らした。お猪口の縁を人差し指でなぞる様にして弄ぶ律は、酒のせいか頬が淡く染まっている。心拍数が上がっていくのを感じながら、キラウㇱは彼女の顔を覗き込んだ。近い距離で、ゆらゆらと潤んだ瞳と視線が交わる。互いに言葉を発する事も無く、只見つめ合うしか出来ずにいる。お猪口に被さっていた律の手に、キラウㇱはするりと手を重ねた。揺れる彼女の瞳に見つめられ、期待してもいいのだろうかとその手の甲を親指で撫でる。
「俺じゃ駄目か?」
熱っぽく掠れた声で言われれば、律はくらりと眩暈がした。掻き乱された感情についていけず、羞恥に薄らと涙が滲む。しかしその表情はキラウㇱを煽る一方で、さらに距離を詰められた。
「そんな顔をされると期待する。」
「期待って・・・」
「とぼけるな。」
「だって、それって、」
「好きだ。」
「っ。」
劣情を孕んだその瞳に、律の脳は甘く痺れてゆく。思考が停止している間にも、キラウㇱの顔が近づいて来る。
「嫌か?」
掠れた声で囁かれれば、「嫌じゃない」と呟いていた。律の答えを聞くなり、キラウㇱは彼女のそれにゆっくりと唇を押し当てる。温かく柔らかい感触に律は目を閉じた。名残惜しそうに離れてゆく熱に薄く瞼を持ち上げれば、熱の込もった瞳に見据えられている。
「これ以上ないプレゼントだ。」
目尻を下げて笑うキラウㇱは律の頬に手を伸ばした。律は頬を慈しむ様に撫でられながら、途端に甘くなった彼の態度に翻弄される。
その後付き合い出して暫くは、あまりの甘さに目眩を起こすことになったとか。