短編
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「え、尾形さんお誕生日なんですか。」
偶々生まれた日の話になったから、ちょうど今日だと言っただけだった。聞かれて思い出した様なものなのに、目の前の女は仰々しく受け取った。丸く見開かれた瞳は、焚き火を受けて美しくゆらめいている。"誕生日"という聞き慣れない言い回しに、杉元、アシㇼパ、牛山も首を傾げている。
「だからどうと言うこともないだろう。」
聞いてみれば120年先の時代では、生まれた日を祝う風習があるらしい。呑気なものだと尾形は思った。そもそも未来から来ただのと言う女の話など、大概胡散臭い。しかし杉元とアシㇼパはその女を信用している上に大層気に入っている様で、こうして行動を共にしている。
皆が寝静まった頃、尾形は少し離れた場所で木に寄りかかり小銃を抱え、うとうとしつつも周囲の物音に気を配っていた。ガサガサという音に顔を上げると、そこに居たのは律だった。人一人分の距離を空けて隣に腰掛けた律は、ふぅと星空を見上げる。ただその様子を見ていた尾形は、不意に向けられた視線にどきりとした。
「何か欲しいものってありますか?」
あまりに優しく言うものだから、尾形はその言葉の意味を理解するのが少し遅れた。漸く言葉そのままの意味は理解出来ても、その意図は理解できないでいる。
「何だよ唐突に。」
しばしの沈黙ののちに答えれば、律はただ優しい目で尾形を見つめたまま口を開く。
「誕生日には贈り物とか、ケーキでお祝いする事が多いんです。」
「よくわからんが、随分と盛大に祝うもんなんだな。」
「人にもよりますけどね。」
尾形は律と二人きりであるこの状況に落ち着かず、つい抱き抱えている小銃を撫でた。
「急に言われても思いつきませんよね。」
律はそう言うと、尾形に手を差し出した。何かを掴んでいるその手を不審に思いながらも尾形が掌を見せると、その上に一粒のキャラメルが乗せられる。
「お誕生日おめでとう。」
柔らかに微笑んだ律から、尾形は目が離せないでいる。まだ知り合って間もなければこれと言って親しい訳でもない自分を、何故目の前の女は祝うのだろうか。尾形はそう思い戸惑いつつも、偽りの無いその微笑みに、胸の辺りがじわりと温かくなるのを感じた。
「じゃあ、私も寝ますね。」
律がひとつ伸びをして立ちあがろうとするのを、咄嗟にその手首を掴んで阻止する。驚いた表情の律に、しかし尾形も戸惑った。考え無しについ掴んでしまったその手首は、思っていた以上に細く柔らかい。あちこち細かい傷のあるその肌は、しかしきめ細かく滑らかだった。元いた時代の話を聞くに、命を脅かされる様な苦労を知らずに生きてきたであろう彼女は、この時代を懸命に生きている。自分で手一杯の筈の彼女が、どうして他人を思い遣れるのか。
「欲しい物があったら、くれるのか。」
「あるんですか?」
手首を掴まれたまま座り直す律は、尾形の暗い瞳に込もった熱には気づかないふりをした。
「くれるのかと聞いている。」
掴まれた手首を親指でなぞられる感覚に、律の鼓動は速くなってゆく。
「私に用意できる物なら・・・。」
律の返事に鼓動が速くなるのを感じながら、尾形は逃すまいとその手首を引き寄せた。
「わ、」
傾いた彼女の身体をそのまま胸に抱き留めれば、その体温と匂いに心が震える。大切な小銃がガシャリと音を立てて転がったのを気に留める余裕は無く。
「尾形さん・・・?」
離れようとする律の背をしっかりと抱き寄せた尾形は、自身の首元に顔を埋めている彼女の肌に集中した。首筋に押し当てられた頬と、遠慮がちな吐息の熱に、気分が高揚してゆく。
「くれよ。」
「・・・何をですか。」
大人しく尾形の腕の中に収まっている律は、じっと尾形の様子を伺っている。彼女が小さく落とした声で答えれば、尾形の首元を吐息がくすぐった。
「言わんと分からんお前じゃ無いだろ。」
ねっとりとした手つきで背を撫でる尾形に、律は絆されそうになりながらも少し腹が立った。勢いよく尾形の胸板を押して身体を離すと、その顔を両手で挟んで目を合わせる。びくりと身体を揺らした尾形は律の真っ直ぐな視線に捕らえられた。
「ものがものです。しっかり口で伝えて。」
暫し動けなかった尾形だが、「ははぁ」と笑うと律の腰を抱き寄せ、もう片方の手を彼女の頬にやる。
「お前が欲しい。」
「私の何が欲しいんですか。」
「全部だ。」
「身体だけではなく?」
じとりと睨む律に、尾形はゆっくりと顔を近づけてゆく。
「全部だ。」
苦しそうに目を伏せる尾形の顔から手を離すと、律は両手を彼の肩に置き、その唇を受け入れた。思いの外優しく重ねられた唇に、案外"全部"と言うのは本心なのかもしれないと律は思う。段々と深くなってゆく口付けに、二人の息は荒くなってゆく。いつの間にか律の後頭部を押さえ込んでいる尾形の手は、彼女を逃すまいと必死だった。
「これっきりとか言うなよ。」
漸く唇を離した尾形は熱い吐息と共に言うと、もう一度律の身体を抱き寄せた。尾形の腕が存外優しくて、まるで大切に扱われている様で。律は深く考える事をやめた。
「貴方こそ。」
自身の胸に身を委ねる律に、尾形は心を震わせる。以前から目が離せなかった。杉元やアシㇼパに気を許している律に、どこか焦燥感に似たものを感じていた。それが今は自分の腕の中に居る。そう思うと高揚感とは別に、温かな安心感に包まれた。
"誕生日"の思いもよらぬ贈り物に、尾形の目尻が下がる。ゆっくりと彼女を押し倒しながら、「俺のものだ」と小さく呟いた。