短編
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漸く、漸くだ。
尾形は勤怠を切ると、脇目も振らず帰路を急ぐ。腕時計を確認すれば、既に21時を回っている。「良いお年を」と周囲と交わされる挨拶もそこそこに、一直線に会社を出た。
彼女も自分も今日が仕事納めになる。年末は特に仕事に忙殺されており、一緒に過ごす時間など殆ど取れていなかった。同棲こそしているものの、共に食事を取るタイミングもあまり無ければ、どちらかが先に眠り、もう一方がそれを起こさぬようベッドに潜り込むような日々が続いている。しかし今日からやっと、ゆっくりと過ごす時間ができる。仕事から解放されるということも勿論嬉しいが、何より彼女を思う存分抱き締めて眠りたかった。
肌を刺すように冷え込む今夜だが、足早に帰宅する尾形は少し汗ばんでいる。漸くマンションに辿り着くと、自室のカーテンの隙間から溢れる明かりに頬が緩む。尾形はひとつ息をついてから鍵を開け、ドアノブに手を掛けた。ガチャリという音と共に扉が開けば、隙間から温かな明かりと空気とが溢れ出る。
「おかえり。」
「うん。」
尾形が帰宅したことに気付いた律が玄関に顔を覗かせた。毎日顔を合わせている筈なのに、久しぶりに会ったような感覚がする。それはこれから、束の間ではあるが、二人の時間を取ることが出来ると互いに知っているからだろう。
「お疲れ様。」
「うん。」
尾形は玄関に鞄を下ろすと靴も脱がないまま、微笑む彼女を抱き寄せる。
「頑張ったねぇ。」
「頑張った。」
ぐりぐりと肩口に額を押し当てて来る尾形に、律は笑いながらその背中に手を回した。頭を優しく撫でてやれば、尾形の抱き締める腕に力が込もる。暫く彼の好きな様にさせてやっているとそのうち満足したのか、ゆっくりと身体が離れた。しかし腰は抱かれたまま。
「ご飯出来てるよ———」
言い終わるかどうかのうちに、律の唇は尾形によって塞がれる。啄む様なキスをひとつ落としたかと思うと、尾形はその手を律の後頭部に添えた。
「ちょっと待って。」
流石に性急すぎるとストップを掛けた律に、尾形は不貞腐れた顔を見せる。それでも「充分待った」と顔を寄せてくる尾形に、律は「待て」と犬にやる様に手をかざす。不機嫌そうに顔を顰めた尾形は、渋々と洗面所へ向かった。
「偉いねぇ。」
手を洗い終えた尾形がリビングへ入ると、キッチンに立つ律が振り返りふわりと微笑んだ。尾形は目を細めると、ジャケットを脱いでソファに沈み込み、自分の隣をぽんぽんと叩く。
「着替えた方が楽じゃない?」
誘われるまま隣に座った律を、尾形は包み込むように抱き締めた。整髪料混じりの彼の香りと心地良い体温に、律は身を委ねて目を閉じる。仕切り直しとでも言う様に、尾形は律の顎を持ち上げ、柔らかい口付けを落とした。
「スーツ・・・」
「どうせ脱ぐだろ。」
「ご飯は・・・?」
小さく身動ぐ律に、尾形は「後だ」とだけ言ってもう一度口付ける。段々と深くなってゆく口付けと共に、尾形の呼吸が荒くなってゆく。いつの間にかソファに押し倒された律は、余裕なさげな表情で見下ろす尾形と目が合った。熱を帯びたその目に捕らえられ、身体が甘く痺れてゆく。首筋に唇を寄せられれば、小さな吐息が漏れた。
「百之助。」
切なげな声で名前を呼ばれた尾形は、ぞくぞくとしたものが背中を上がってくる感覚を覚える。
「待ては無しだからな。」
色を含んだ彼女の瞳に、尾形は満足そうに口角を上げた。