短編
名前変換
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「由竹ちゃんって呼んでぇ⭐︎」
「え?」
「律ちゃんに下の名前で呼ばれたぁい!」
「由竹ちゃん?」
「うぐっ!それ!お願い!」
「あはは、いいよ、由竹ちゃんね。」
何の因果か、俺たちは一緒に旅をしている。楽しそうに話しているのは白石由竹と、佐倉律。あとはアイヌの少女アシリパさんと、俺こと杉元の四人でだ。山の中を進むことが多いが、今日のように、買い物や宿を取るために街へ出ることもある。
「押しが強すぎる男はモテないってアチャが言ってたぞ、白石。」
「えぇ!俺から押しの強さをとったら何が残るのよ!」
「ふふ、白石さ・・・由竹ちゃんはいい所いっぱいあるでしょ。」
「律ちゃん!!」
「甘やかすな律。あとついでに、この哀れな男をそれ以上弄んでやるな。」
「えぇ!?弄ぶなんて!ね、由竹ちゃん?」
「んんん〜、もう弄ばれててもいい〜っ」
白石はお調子者で、人の懐に入るのが上手い。それは律さんに対しても例外ではなく、心なしか彼女の俺と白石とへの対応では、どこか白石の方がやりやすそうな気がする。白石へ向ける彼女の笑顔は屈託がなく、事実弄ぶような、
「杉元さん、宿あそこはどうですか?」
ほら、可愛い笑顔。でも、俺には白石のようには接してくれない。考えすぎかもしれないけれど、もっと白石のように雑に扱っても欲しいだなんて、俺はちょっとおかしいのかもしれない。
「うん、いいんじゃないかな。部屋が取れるか聞いてみようか。」
それでもこうやって律さんとするやり取りで、胸がじわっと温かくなるのだから、きっと求め過ぎなのだと思う。きっと欲張りなんだ、俺は。
「杉元。」
「なぁに?アシリパさん。」
律さんと白石が先に宿に入っていくのを見ながら後ろを歩いていると、アシリパさんがこちらに振り返った。
「押しが強すぎる男もモテないが、全く押しのない男はもっとモテないってアチャが言ってた。駆け引きだ。」
「えっ、な、何!?」
どぎまぎと返すと、アシリパさんは自分の眉間をトントンと叩いた。
「眉間に皺、寄ってたぞ。」
アシリパさんはニヤリと意地の悪い笑みを残して、宿に入っていった。
「え、えぇ・・・」
まさかアシリパさんに見透かされていたとは思わなかった。熱の集まった顔をパタパタと扇ぎ、一呼吸置いてから俺も宿に入っていった。
「杉元!荷物置いたら銭湯行こうぜ!」
「風呂か、久々だな。」
「律ちゃんとアシリパちゃんも一緒に出るって〜。」
ちょうど空いていた最後のひと部屋は四人部屋だったため、全員同室のようだった。荷物を下ろし風呂の用意をすると、全員でまた外へ出た。歩いて少し行ったところにある風呂屋に着けば、男と女とで一度別れ、また後で風呂屋の前で集合するそうだ。
「じゃあまた後でね。」
律さんは風呂に入れるのが嬉しいのか、うきうきとした笑顔で言いながら、アシリパさんと一緒に女湯へ入って行った。
「ピュゥ〜、律ちゃんのお風呂上がり、楽しみだなぁ〜」
「おい、本当お前ロクでもねぇな。」
だらしのない顔をして口笛を吹く白石の頭を強めにはたくと、「クゥン」と犬のように項垂れる奴を放って、俺はさっさと風呂に浸かりに入った。
山ばかり歩いていたために久しぶりだった風呂は、とても癒された。寒さに縮こまった体が芯からほぐれる。ほかほかご機嫌に白石と共に風呂屋を出ると、もうそこには律とアシリパさんがいた。
「ごめん、待たせちゃった?」
「ううん、私達も今出たところ。」
「急いだんじゃない?ちゃんと温まれた?」
「ふふ、大丈夫です、ありがとう。アシリパちゃんにはちょっと熱かったみたいだけど。」
アシリパさんに目を向けると、やや
「アシリパさん、大丈夫?」
「あぁ、気持ちいいくらいだ。ただ律は入り足りなかったかもしれない。ゆっくりでいいって言ったんだが、心配されてしまって。」
「私もちゃんと温まったから安心して。」
律はなんでもないように笑って言うが、冷えやすい体質なのは今までの旅でよく知っていた。俺は身につけていたマフラーを外すと、彼女の首にすっぽりと巻いてやった。
「杉元さん」
「杉元さんが風邪をひいてしまいますよ」と驚く彼女の顔をマフラーで半分隠す様に巻いてやると、ひやりとした彼女の頬に手が触れた。
「髪が濡れたままだと寒いよね。宿に戻ろうか。」
「すみません、ありがとうございます。」
「いや」
至近距離ではにかむ彼女と目が合うと、自分の顔に熱が集まるのがわかった。ふいと目を逸らしながら軍帽を深く被り直し、気づかれなかったことを願う。あぁ、マフラーしてないから隠せてないかも。
「そしたらさ、宿で飯食おうぜ。なんか買って帰るから、律ちゃんは先に戻ってなよ。アシリパちゃん何食べたい?」
「私も見にいく!」
白石とアシリパさんは夕餉を買いに行くとのことで、俺は律さんとひと足先に宿に戻ることにした。宿までは歩いてすこしだが、案の定その間にも、律がぶるっと身震いしたのを見逃さなかった。
「律さん、やっぱり寒いんでしょ。」
「えへへ・・・」
咄嗟に震える彼女の肩を抱き、さすってやると、彼女はびくっと肩を上げた。風呂上がりの湿った、仄かに甘い香りが鼻をくすぐった。
「す、杉元さん・・・」
「ん?」
「あ、あの、ちょっと恥ずかしい・・・」
彼女の言葉で今の状況をようやく理解し、ばくばくと心臓が飛び出そうなくらい早打った。彼女も心臓を押さえていて、寒さなのかなんなのか、耳まで真っ赤に染めている。
「・・・嫌?」
「・・・嫌じゃない、です。」
伏し目がちに答える彼女に差したその赤みは、寒さだけのせいではないと、思っていいのだろうか。
部屋に着くと火鉢と浴衣が準備され、四人分の布団が横並びに敷いてあった。火鉢は四組の布団の、ちょうど真ん中の足元に置いてある。部屋の暖かさにほっと息をつくと、それぞれ反対の方を向いて浴衣に着替える。まだ他の宿泊客たちは外に食事をとりに出ているのか、妙に静かで、衣擦れの音が響く。
普段からこの面子で野宿をしているから最初はなんとも思わなかったが、宿となると普段とは少し様子が違うことに、今更気づいた。風呂に入って簡単な着物だけを身につけて、布団を並べて眠る。山とは違い、囲われた空間と言うのが、なんとも言えなかった。
「もういいですよ。」
彼女が着替え終わるのを、布団に胡座をかいて待っていると、声が掛かった。
「あ、あぁ、うん。」
振り返ると、律も布団に座り、火鉢の前で暖を取ろうとしているところだった。彼女が座ったのは窓側から2番目の布団だった。
「マフラー、借りてしまってすみません。冷えてしまったんじゃないですか?」
「俺は大丈夫だよ。元々体温は高い方だから。」
「ふふ、ありがとう。」
にかっと笑って力こぶを作って見せると、律はふわりと微笑んだ。
「律さんこそ、冷えやすいでしょ。」
そう言って彼女の手を取ると、まだ驚くほど冷たかった。
「えっ、随分冷えてるじゃないか!」
焦って彼女の両手を取り、自身の両手で包み込んでさすってやるが、すぐには温まらない。
「大丈夫。部屋は暖かいし、そのうち温まるから。」
ふふっと笑って答える彼女が意地らしくて、火鉢を前にする彼女の背後に回ると、後ろからすっぽりと抱きしめる様に座った。
「えっ、杉元さんっ」
戸惑う彼女が振り向こうとするのを阻止する様に、俺は彼女の肩口に顔を埋めた。
(押しのない男はもっとモテないぞ)
先ほどのアシリパさんの声が、頭のどこか遠くで反芻される。
「風邪ひくから」
「風邪・・・」
ちらりと律さんの顔を盗み見ると、やや緊張したその瞳に、火鉢の火が灯っている。その表情がなんだか愛おしくて、少し意地悪したくなった。後ろから彼女の右手を取り、両手で包み込んだ。その首筋に頬を寄せると、律さんの肩が揺れる。
「・・・っ」
その反応に、目がギラついたのが自分でもわかった。そのまま彼女の首筋を嗅ぐと、彼女の肌から、ほんのりと甘い香りがした。それは香水なんかではなく、きっと彼女の匂いなんだろうと思うと、クラッとくる。
「あ、す、杉元さ———」
「律さん。白石にはタメ口なのに、俺には敬語が出るの、何で?」
「え」
包み込んでいた彼女の手を解放し、代わりにその身体を力を込めて抱きしめた。
「ん、え、何で・・・だろ・・・」
抱きしめる俺の腕に、律さんは動揺しつつ控えめに手を添える。
「律さん・・・俺も名前で呼んで・・・?」
わざと吐息が当たる様に、律さんの首筋に唇を寄せて喋ると、彼女はびくりと身を捩った。その様子にぞくりとし、その首筋を舐め上げたくなるのをグッと堪える。
「律・・・。」
小さく震えた彼女が一呼吸置くのがわかった。
「佐一、さん。」
「さん、だと、また敬語が出るでしょ?」
「佐一、くん・・・?」
「ん、呼び捨てでもいいんだけど・・・嬉しい、律。」
律の首筋から顔を上げ、その頬に自身の頬を寄せると、改めて抱きしめる腕に力を込める。
「ん、佐一くん、ちょっとどころかすごく恥ずかしいんだけど・・・」
困り顔の彼女が振り返り目が合うと、その瞳は潤み、顔は上気していた。きっと白石も見たことのないその表情に胸が打ち震え、そしてまた甘い加虐心が煽られる。
「恥ずかしい?」
言いながら彼女を向き直らせ、今度は正面から抱き締めると、またびくりと震えた彼女はそれでもされるがままだった。
「んん、佐一くん・・・っ。」
名前を呼ばれる度に、心が満たされていく。抱擁を拒否されないことにも調子づいてしまう。
「律、好きだよ。」
律が小さく息を呑むのがわかった。怖くもあるが、それでも彼女の顔が見たくて、抱き締めている腕を少し緩める。さらに潤んだ瞳と目が合った。
「私も、好き。」
腹の底からゾクゾクと込み上げてくるものを感じ、ニヤつく表情を必死に抑える。きっと優しい顔は出来ていないだろうから。
「律。・・・口吸い、していい?」
「・・・ん。」
律の今度こそ本当に泣き出しそうな顔は真っ赤に染まり、それが羞恥心によるものだと思うともう止められなかった。
「あまり煽らないで。」
「煽っ!?」
反論しようとする彼女の口を、噛み付く様に自身の唇で塞いでやる。
「んぅ」
彼女の口から漏れる声に脳が痺れる。なるべく丁寧に、優しく口付けているつもりだが、きっとそれは余裕のないものになっているだろう。貪る様に彼女の口内を犯していけば、いつのまにか火照っている彼女の腕が、俺の首にしがみ付く。仄かに甘い唾液に脳を侵され、彼女の腰をグッと引き寄せる。
「っは、佐一。」
息継ぎをする彼女は呼び捨てで俺を呼んだ。
「っ、だから、煽るなって・・・っ。」
正直限界だ。このまま組み敷いてしまいたいが、そろそろアシリパさんたちが戻ってきていい頃だ。そう頭ではわかっているが、いまいち理性が働いてくれない。目尻にうっすら涙を溜め、肩で息をする律が悪い。片腕はその腰を抱いたまま、律の後頭部に手を回し、もう一度口付けようとすると、ドタドタと廊下の方から足音がした。
「・・・時間切れかな。」
彼女の唇に軽く触れるだけの口付けを落とすと、律の隣に腰掛け、火鉢に当たっているふりをした。膝を抱えてそこに顔を埋める彼女の姿に、ふっと笑みが
スパンと襖が開くと、夕餉を買って帰ってきたアシリパと白石がそこに居た。
「あったか〜い!はー寒かった!律ちゃん大丈夫?温まった?」
膝に埋めていた顔を上げた律は、いつも通り屈託のない笑顔だったのに驚いた。
「うん、ありがとう。すっかり温まったよ。二人こそ冷えたでしょ、温まって。」
「私は夜風に当たって、今ちょうどいいくらいだ。さあ、食事にしよう。」
アシリパさんが涎を垂らしそうな勢いで購入品を広げていくと、わいわいといつも通り食事が始まった。
「律、それ取ってもらえる?」
「ん。」
律を呼び捨てにする俺と、いつもより砕けた様子の律に、いち早く白石が反応する。
「んん!?ちょっとなんか二人いつもと違くない!?杉元お前抜け駆けしたな!?」
「お前が『由竹ちゃんって呼んで⭐︎』とか言うからだろ!俺も下の名前で呼んでもらうことにしたんです〜。ね〜律。」
「ね〜佐一くん。」
ふふっと笑いながら合わせてくれる律につい笑顔が溢れたが、ふと先ほどの煽情的な表情や口付けが頭を掠め、歪に口角が上がるのを必死で押さえた。
「良かったな杉元。アドバイスが効いたか。」
ニヤリと意味深な目を向けてくるアシリパさんと、首を傾げる律と白石に、「あっ、これ美味しい〜!ヒンナだぜ!」と食事を頬張り、誤魔化せていない誤魔化しで何とかその場を切り抜けた。