短編
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「今日お誕生日ですよね。」
週始まりの朝のオフィス。
鯉登がデスクでパソコンを立ち上げていると、出社して来た律に声を掛けられた。確かに誕生日ではあるが月曜日。社会人として奔走する今、そういったイベント事に注力する事はあまり無くなっている。しかし朝一番で声を掛けられれば、やはり嬉しいもので。
「あぁ、よく覚えてたな。」
「大したものじゃありませんけど、良かったらどうぞ。」
そう言って差し出されたのは、控えめなラッピングを施してある紅茶とクッキーのセット。気持ち程度のサイズ感は気軽に受け取れる様なもので、彼女の配慮が伝わって来る。
「あぁ、有難う。」
目尻を下げて受け取った鯉登に微笑むと、律は自分のデスクへと戻って行った。
鯉登は手元のプレゼントを眺め、つい口元を緩める。しかしすぐ傍を通り掛かった月島と目が合うと、慌てて鞄にそれを仕舞った。
*
「鯉登さん、祝いがてら飯奢りますよ。」
「いいのか?」
時計が19時を回った頃、月島は帰り支度をしながら鯉登に声を掛ける。月曜から遅くまで働く必要もないだろうと言われれば、鯉登も彼に倣って帰り支度を始めた。
「俺の時は奢ってくれたでしょう。それに上司とは言え、後輩でもありますから。」
「月島ぁん!」
「どうせ彼女もいないんでしょう。」
「ぐっ」
鯉登は言葉を詰まらせ、見下した様な笑みを讃える月島に余計なお世話だと返す。そう言う月島だって、浮いた話は無いだろうと。
「あーぁ、誕生日にむさ苦しい奴と二人か〜。」
「・・・仕方ないな。佐倉。」
不貞腐れる鯉登を横目に、月島は律に声を掛けた。まだデスクでパソコンに向かっていた律は、月島の方を見て「はい?」と首を傾げる。
「もう上がれ。飯行こう。」
「あぁ、お祝いですね。私もいいんですか?」
顎で鯉登の方を指す月島に、律はふふっと笑った。
「俺だけじゃ不満らしい。」
「嘘。相思相愛のくせに。」
揶揄う様に笑いながら帰り支度をする律に、鯉登と月島は顔を見合わせる。まるでゲテモノでも見る様な表情で見つめ合う二人に、律は可笑しそうに笑った。
*
「月曜からワインなんて、ちょっと背徳感ありますね。」
少し遅れて来た律は、鯉登と月島が飲んでいるワインを見て言う。彼女の脱いだコートを受け取ると、鯉登はハンガーにかけてやった。
会社から近いそのワインバルは、時々来る店だった。慣れ親しんだ場所で肩肘張らず、気心の知れた同僚達と飲むこの時間に、居心地が良いと鯉登は思う。
「何飲む?」
「私も同じので。」
律は鯉登に返しながら、彼の隣へと腰掛けた。向かいに座る月島が店員を呼び、律の分のワインを頼んでいる。
「それで月島は、プレゼントの用意は無いのか?」
「はぁ?」
何杯目かのワインを飲み干した頃、鯉登は月島をせっつく様に言った。心底呆れた様な顔をした月島は、ガラにも無いと一蹴する。
それを笑いながら見ていた律がこっそりと店員に目配せをすると、花火の添えられたデザートプレートが運ばれてきた。
「これじゃダメですか?」
薄暗い店内で、微笑む律の顔が花火に照らされている。鯉登はオイル漬けのオリーブに伸ばしかけていたフォークを置くと、少し恥ずかしそうに目を細めた。
「いつの間に準備したんだ?」
「ここに来る前、電話しておいたんです。」
ふわりと笑う律に、鯉登は顔に熱が集まるのが分かった。つい目を逸らすと、向かいから呑気な声が聞こえてくる。
「なかなか美味いな。」
「主役を差し置いて先に食べるな!」
遠慮なくプレートにフォークを伸ばす月島に、鯉登も負けじとフォークを伸ばした。
店で拵えられたであろうショートケーキは、確かにしっとりと甘い。いつのまにかケーキを口に運んでいる律も、嬉しそうに頬張っている。鯉登がその表情に気を取られている間に、大半を月島に食べられてしまった。
「では、俺はこれで。まだ飲むなら後は自腹で払ってください。」
ケーキを食べて満足したらしい月島は、いつの間にか勘定を済ませて立ち上がる。
「明日も仕事ですから、程々に。」
礼を言う鯉登と律に、月島は小さく笑って言った。さっさと店を出て行ってしまった月島を見送ると、鯉登と律は二人になる。鯉登は隣にいる彼女を急に意識してしまい、やや居心地の悪さを感じた。決して嫌では無いその居心地の悪さに、鯉登はどうしたものかと考える。
「まだ飲みますか?お誕生日だし、付き合いますよ。」
優しく微笑む律のテーブルに置かれた手に、鯉登の手がそっと重なる。目を丸くした彼女の瞳は、美しくゆらゆらと揺れている。
「お前が欲しい。」
誕生日だから、我儘を言っても良いだろうか。月島のお膳立てを無駄にするわけにはいかないと、鯉登は彼女の瞳を見つめる。
「そ、れは・・・。」
「流石に欲張りすぎだろうか?」
困った様に言う鯉登の瞳は、熱を帯びている。初めて見る鯉登の"雄"の部分に、律の肩が小さく揺れた。追い打ちをかける様に切ない声で「好きなんだ」と言われてしまえば、律になす術はなく。ゆっくりと近付いて来る端正な顔に目を閉じれば、唇同士が触れ合った。鯉登は触れるだけのキスを落とすと、名残惜しそうに離れていく。
「ここ、お店・・・。」
「・・・出ようか。」
獲物を捉える様なその目に、律の心臓が熱く震える。いつの間にかしっかりと握られている手が熱い。目を伏せて小さく頷けば、鯉登の親指が手の甲をなぞった。
律の手を離した鯉登は、最後に残っていた紅く熟れた苺を口に入れる。喉仏が上下に動く様子を眺めていた律は、横目にこちらを見た鯉登と目が合った。
「甘いな。」
その甘く細められた視線に、律はぞくりとする。明日も仕事なんだけどななどとぼんやりと思いながら、律は鯉登に手を引かれ店を出た。
ワインのせいか、目の前の彼のせいか。心地良い熱に浮かされながら。