短編
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「尾形主任、トリックオアトリート。」
残業の息抜きにと尾形が会社の喫煙所で煙草を吸っていると、後からやって来て煙草に火を点けた律が唐突に掌を見せて言った。
「あ?」
眉間に皺を寄せた尾形に、律は悪戯っぽく笑った。
「お菓子がないならイタズラですね。」
「ははぁ、どんな悪戯だ。」
腕捲りするフリをして見せる律に、尾形は馬鹿にした様に笑う。
「そうですね・・・そのオールバック、一度崩してみたかったんです。」
オールバックに手を伸ばそうとする律の手首を掴むと、尾形は彼女に煙草の煙を吹きかけた。「うわっ酷い」と顔を背ける律に、尾形はふっと鼻で笑う。
「仮装してない奴が何言ってんだ。」
「えー・・・疲れ果てたOLのコスプレです。」
「いつも通りじゃねぇか。」
「酷い。」
「離してください」と言う律の手首を解放すると、尾形はポケットから何かを取り出した。
尾形に差し出されたそれを受け取った律は、驚いた表情を見せる。
「喉飴だ・・・。」
「皆毎年うるせぇからな。」
「なぁんだ。」
「いらねぇなら返せ。」
つまらなそうにため息を吐く律に、尾形は飴を奪い返そうと手を伸ばす。
しかし律は飴を持った手を引き、「戴きます」と言ってポケットに仕舞った。
「トリックオアトリート。」
「え・・・尾形主任は何の仮装ですか。」
「疲れ果てた可哀想なサラリーマンのコスプレ。」
「えぇー・・・まるパクリじゃないですか。」
オールバックを撫で付けてふんぞり返る尾形に、律は呆れた様な目を向ける。
「で、無いのか?」
「しょうがないですね。デスクにあるので後であげますよ。」
尾形はにやりと口角を上げると、煙草を消して律に一歩詰め寄った。
「それはいかんな。」
「え、」
「"後で"は無効だ。」
「そんなルール・・・」
言い終わらないうちに尾形は律の腕を掴むと、ぐっと引き寄せる。
「悪戯だな。」
「お、尾形主任。」
尾形は戸惑う律の煙草を奪って、灰皿に捨てる。律の腕を解放すると、代わりに両腕をするりと彼女の腰に回した。
「あ・・・。」
腰を抱き寄せられ密着した事に、律の顔は紅く染まる。
目を見開いて見つめてくる律に、尾形はぞくぞくとしたものが背中を上がってくる感覚を覚えた。上がる口角を隠そうともせず、尾形は律の背中を厭らしく撫でる。
「割に嫌がってねぇな。」
小さく肩を震わせるもされるがままの律に、尾形は煽る様に不敵に笑う。
「・・・ふざけてるんですか。」
顔を紅くしたまま眉間に皺を寄せる律に、尾形は片方の腕は腰に回したまま、もう片方の手で彼女の頬に触れた。すりっと親指で頬を撫でてやれば、律は恥ずかしそうに目を逸らす。
「ふざけてなければいいのかよ。」
尾形が手を添えている頬とは反対の耳元に唇を寄せ囁くと、律は「ん」と小さく声を漏らした。その声に尾形の心臓はどくどくと脈打ち、気分が高揚してくる。律の耳元から離れてその顔を見てみると、微かに潤んだ瞳と目が合った。眉を下げた扇情的なその表情に、尾形は小さく息を吐く。
無言を肯定と捉えると、尾形は律にゆっくりと顔を近づけ、その唇に自身の唇を合わせた。ちゅっと小さなリップ音を立てて顔を離すと、色っぽい表情をした彼女と目が合う。普段は見ることのできない表情に、尾形は煽られる。
「んぅ。」
尾形はもう一度律に口付けると、彼女の唇を喰む様に貪った。律の唇から漏れる声が、更に尾形の欲を刺激する。胸元にしがみ付く律に気分を良くし、尾形は彼女の後頭部を引き寄せると、更に深く口付けてゆく。
「はぁっ。」
漸く唇を離すと、律は肩で呼吸している。濡れた唇を親指で拭ってやると、尾形は目を細めた。
「ははぁ。くだらないイベントも偶には悪くねぇな。」
尾形はそう言ってもう一度、律の唇に軽い口付けを落とした。
「とっとと仕事終わらせろよ。迎えに行く。」
「えっ・・・。」
上機嫌に喫煙所を出て行く尾形を見送ると、律はその場にへたり込んだ。先程まで尾形と触れ合っていた唇に、そっと指先で触れる。
「う、わー・・・。」
律は煩い心臓をなんとか落ち着け立ち上がると、喫煙所を後にした。
「おい、終わったか。」
「あ、はい、ちょうど今・・・。」
本当に迎えに来た尾形に、律はどぎまぎとする。
周りには誰も居ない。
尾形は何もなかったかの様な顔で、律の鞄を手に取った。
「ほら、帰るぞ。」
「あ、鞄。」
「いい。」
自分の鞄を持ったまま歩き出す尾形を、律は慌てて追いかける。
会社を出ると、二人は並んで歩く。
何も言わない尾形を、律はちらりと横目で見た。何を考えているのか分からない彼に、律は戸惑う。
ふと、尾形は律の手に触れ、そのままするりと指を絡めた。
律が驚いて隣を見上げると、横目で見てくる尾形と目が合う。薄らと口角を上げて流し目で見てくるその表情は、夜の街もあって艶やかで。律は鼓動が早くなっていくのを感じながら、咄嗟に尾形から目を逸らした。
「明日はうちから仕事に行けよ。」
「えっ。」
勢いよく顔を上げた律は、不敵に笑う尾形と目が合う。
「・・・着替えが無いですし。」
「しょうがねぇな。朝、お前の家に寄ってやる。」
「えぇ・・・。」
何を言っても引かない尾形に、律はこの後の事を考え、眩暈がしそうになる。
「喉飴が必要になるな。」
尾形は繋いでいる律の手の甲を親指でなぞると、意地悪く笑って見せた。
律はこの後期せずして、尾形のオールバックが崩れる所を見ることが出来た。しかしそれを堪能する余裕など無く、まんまと尾形の手に堕ちて行った。
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