短編
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「おいおい、目が据わってるぞ?ボンボンがそんなに飲んで大丈夫かよぉ〜。」
「キエェェェ!薩摩の漢は酒に強いと知らんのか!貴様こそさっきから揺れているが、もう限界なんじゃないのかぁ〜!?」
とある夜、とある宿。
くだらない飲み比べをする鯉登と杉元をよそに、律、月島、谷垣はしっぽりと酒を煽っていた。
「あ、これ美味しいです。月島さんはお酒にお詳しいんですね。」
「そうでもありませんが・・・これは口当たりが良くて女性にも人気があると聞いたので。」
「律、あまり強くないだろう。前に酔って白石に食われかけてたのを忘れるなよ。」
「食われっ!?谷垣さん、語弊があるでしょ!」
「語弊でもなんでもないだろう。明らかに食われかけてた。」
「・・・律さん、そのくらいにしておきましょうか。」
頬を染めてふわふわと微笑んでいる律から、月島はお猪口を取り上げようと手を伸ばす。
「ま、まだ大丈夫です!」
律はお猪口を月島から遠ざけようとして体勢を崩し、隣にいた谷垣にもたれかかった。
「言わんこっちゃない。没収だ。」
谷垣はひょいと律の手からお猪口を取り上げると、ぐいっと一気に呑み干した。
「あぁ・・・楽しく酔ってるのに・・・。」
「そのくらいが丁度いいでしょう。律さん、水を飲んでください。」
月島は律に水の入ったグラスを持たせる。普段はどこか他人に一線引いている律は、酒を呑むと気が緩むのか、どうやら他人との距離が近くなるらしい。月島は嬉しい反面、心配になった。
ふらふらと身体を揺らしながら水の入ったグラスを両手で握りしめる律に、月島は肩を抱き寄せるようにして自身に寄りかからせる。
「え、何ですか。」
月島はぼけっとした顔で訝しげに見上げてくる律のグラスを取ると、その口元へ押し当てた。
「ちゃんと飲みなさい。」
「んぐ。」
月島が慎重にグラスを傾けると、律は慌てて溢さぬようにと水を飲む。普段は甘えるどころか自立した印象の律が、今はまるで子供のように月島の手から水を飲んでいる。酒のせいで潤んだ瞳と上気した頬、そして口の端から水が顎を伝うその様子に、月島と谷垣はごくりと生唾を飲んだ。
「おい!律に何してんだ月島軍曹!」
「月島ァァァァ!」
向こうで飲み比べをしていた杉元と鯉登が、青筋を浮かべて月島に向かって叫んでいる。
「何してんだも何も、水を飲ませていただけだろう。」
と言いつつも、月島は真顔で律の肩を抱き寄せた。律は月島の体温に、瞼が落ちてきている。
「おい!その手を離せ!・・・律さん眠いの?」
「キエェェェ!」
猿叫する鯉登を無視して勢いよく律を月島から引き剥がした杉元は、後ろから彼女の両肩を掴み、自身の胸元に寄りかからせた。
「うわぁ、びっくりした・・・ちょっと眠い・・・。」
律は真後ろにいる杉元の顔を仰ぎ見る。その上目遣いに、杉元は顔を赤くする。杉元は自身にもたれ掛かる律の身体に、そっと腕を回した。
「律さん、お布団行く?」
律の耳元で優しく囁く杉元に、鯉登と月島は青筋を浮かべ、ガタッと臨戦体制に入った。谷垣はおろおろして周りを見回している。律はそんなことには微塵も気づかず、抱き締められた温もりに、今度こそ瞼を閉じかけている。
「んんー・・・まだもうちょっと飲む・・・。」
「律さん、楽しかったんだね。久々にお酒飲んだもんね。」
「うん、楽しい。」
目を閉じて穏やかに笑う律に、四人の男達は眉を下げた。
遥か遠い未来からこの時代に飛ばされてきたという彼女は、杉元と出会い、行動を共にしているうちに、金塊争奪戦に巻き込まれてしまっている。元いた時代は戦のない平和な時代だったと言う。そんな彼女がこの時代で、心を落ち着けることのできる瞬間が、どのくらいあっただろうか。
普段とは違って気の抜けた彼女に、四人はそれぞれ、その気持ちを
「いや待て。お前はいつもそんなに距離が近いのか。」
はっと我に帰った鯉登は、それとこれとは別だと、おもむろに杉元から律を引き剥がそうとする。半分寝ていた律はびくっと目を覚ました。
「お前には関係ねぇだろ。少なくともお前らよりは長く一緒にいるんだよ。」
「はっ!この場に乗じてベタベタと触っているな?普段はそんな様子は無いだろう、不死身の!」
ぐぐぐと律を引っ張り合う鯉登と杉元に、谷垣と月島が止めに入ろうとする。当の律は何が何だか状況が読めず、思考を停止したまま、されるがままになっている。
「杉元、鯉登少尉!律は物じゃない!」
谷垣の言葉に、杉元と鯉登はぴたりと動きを止めた。二人はバツが悪そうに、渋々と律から手を離した。
「ふふふ、あははは。」
よくわからないが何やら可笑しな状況に、律は「変なの。」と笑いながら、お猪口に酒を注ごうとして月島に取り上げられた。
宴会がお開きになり全員が寝静まった頃、律はぱちりと目を覚ました。他の四人は並んだ布団で眠っている。律はそっと布団を抜け出すと、羽織を肩に掛けて部屋を出た。
厠を済ませて部屋に戻ろうとすると、律は途中に
鯉登は律に気づいて顔を上げるが、月明かりの差し込まない位置にいる彼の表情は見えない。
「どうされたんですか?」
律は鯉登の傍へ来ると、彼に倣って隣にしゃがんだ。漸く見えた鯉登の表情は気まずそうで、伺うように律を見ている。
「・・・物だなんて思ってない。」
眉を下げてそう言うと、鯉登は律から視線を逸らした。
「あぁ、さっきの・・・それを気にしていたんですか?」
首を傾げて先程のやり取りを思い出している律を、鯉登は盗み見る。薄暗く、静かな場所に二人きり。律の呼吸の音が聞こえそうな程に近い距離。その距離にもしかすると彼女はまだ酔っているのかと思いながらも、鯉登の鼓動は静かに早くなっていく。
「記憶はあるんだな。」
「そんなに酔ってませんって。そもそも記憶をなくすほど呑める体質じゃありませんよ。」
ほんの少し口を尖らせる律に、何だか普段よりも近くに感じる。鯉登は律の顔を覗き込んだ。
「抱き締めたい。」
唐突に顔を覗き込まれた律は、鯉登の真っ直ぐな瞳に身じろぐ。
「今は酔っていませんよ。」
律は誤魔化すように小さく笑い、鯉登から視線を逸らした。
「分かってる。」
鯉登は律の膝の上に置かれている手に、自分の手を重ねた。ひやりと冷たい空気の中、鯉登の手は熱い。律は鯉登の視線に捕らえられ、目を逸らせないでいる。
「どう言う意味か、分かってますか?」
「みくびるなよ。私も男だ。お前こそ分かっているのか?」
鯉登は真っ直ぐに律を見据えたまま、掠れた声で囁いた。
「・・・分かってます。」
「いや、分かってない。」
律に挑発するような視線を向けると、鯉登は触れていた彼女の手の甲を親指で撫でる。律は小さく肩を揺らした。そのままその手を掬い上げると、鯉登は律の手を引いて立ち上がらせる。律の肩にかかっていた羽織が、するりと床に落ちた。窓越しの月明かりを受けた二人は、先程よりもしっかりとお互いの表情が見える。
「無言は肯定と捉えるぞ。」
鯉登は律の手を引き寄せると、ゆっくりと彼女の背に腕を回した。律は早鳴る鼓動を感じつつ、鯉登に身を委ねる。抵抗しない律に、鯉登は抱き締める腕に力を込めた。
「あの、知り合ったばかりで・・・。」
「惹かれるのに時間は関係ないだろう。」
「・・・まだよく分からなくて。」
「私を男として意識してくれれば充分だ。今はな。」
抱き締めながら慈しむように、鯉登は律の頭を撫でる。「”まだ”、か。」と笑いを含んで零した鯉登の背に、律もおずおずと腕を回した。
「一先ずの反応は上々だな。」
鯉登はすりっと律の頭に頬を寄せる。
薄ら寒い月明かりの中、二人の体温は混ざって溶けた。
一番奥手と思われた鯉登がここで一歩前へ出たかと、谷垣は心の戦況手帳に書き留めた。厠に行くつもりが出るに出られなくなっていた谷垣は、自身の膀胱の限界と戦いながら、今後の律争奪戦の行方へと思いを馳せたのだった。