短編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「会いたい。」
100年以上の時を越えて来たという彼女は、呆気なくいなくなってしまった。否、元の時代、未来へ戻ってしまったと言う表現が正しいのだろう。しかし杉元にとってはこの時代での彼女のことしか知らないし、それが全てだった。
急に目の前に現れた彼女は酷く怯えていて、放っておくことなどできず。アシリパと白石と共に、金塊争奪戦の旅に連れ回した。それが危険な旅路だとはわかっていたが、明治の時代について知らなすぎる彼女を無責任にどこかへ預けるなど出来なかった。最初は。
そのうち杉元は彼女に恋慕を抱くようになってしまい、手放すなど出来なくなっていた。
「また見てるのか。」
草原に寝転ぶ杉元に、アシリパが声を掛ける。杉元は律と並んで写る写真を、星空に透かすようにして眺めていた。
「未練がましいよね。・・・元気にやってるかな。」
杉元は写真を胸に下ろすと、大切そうにその上に掌を乗せる。アシリパは杉元につられて眉を下げた。
「律は強い。大丈夫だ。」
「・・・そうだよね。ごめんね、アシリパさんも辛いよね。」
力強い目で言うアシリパは、音もなく大粒の涙をボロボロと零している。同じく流れる大粒の涙を隠すよう、杉元は軍帽を深く被った。
律は危機感のない人だった。誰の事も簡単に信用し、心配し、慈しんだ。初めはなんて世間知らずなのだろうかと呆れたが、それは100年以上先の時代が大層平和だったからなのだと後から知った。彼女自身はしっかりしており、慎重で、芯の強い女性だった。金塊争奪戦に関わる人間達は、そんな彼女に毒気を抜かれ、そして惹かれていった。彼女だけは、心の安寧をもたらしてくれる。杉元一派に属する律だったが、他の派閥に属する面々までもが、彼女に癒しを求めていたのは明白だった。
「俺は・・・」
何の因果か、杉元は100年以上後の日本に再度、生を受けた。明治時代、金塊争奪戦をしていた前世の記憶を取り戻したのは、今朝のことだった。眠っている間に、夢を見るように前世の記憶が流れ込んできた。名前も姿も前世と同じであることに、何か意味があるのだろうか。
「白石・・・俺・・・」
前世の記憶を取り戻した翌日、杉元は職場の先輩である白石に声をかけた。「白石さん」と呼んでいた事も忘れ、前世の記憶のまま呼んでしまう。しかし白石は目を見開き、普段のおちゃらけた態度からは想像もつかないほど真剣な表情をしていた。
「杉元・・・お前もか・・・。」
「まさかお前も・・・?あ、いや、すみません、俺・・・」
「いや、いい。そんなことはどうでも。仕事終わったら話そうぜ。」
「・・・あぁ。」
一日ばくばくと煩い心臓を何とか落ち着け、仕事を終える。記憶を思い出した今、この職場には前世で関わった人間が多すぎた。月島も、鯉登も、尾形も、菊田も、鶴見も。名前をあげればキリがない。前世から関わりのある面々は、今日はどこかおかしかった。動揺している。しかしそれぞれ確信に触れることなく、一日が終わった。
「なぁ杉元、お前、思い出したんだろ。」
「・・・お前もなのか、白石。」
杉元と白石は終業後、会社の近くにある居酒屋に来た。お互いビールを頼むが、あまり進まない。重々しい空気を破って口を開いたのは白石だった。
「あぁ・・・この会社、やべぇよな。」
眉を下げて苦笑する白石に、杉元は少し緊張が和らぐ。力が抜けたように笑う杉元に、白石は懐かしそうな顔をする。
「何でだろうな。多分みんな、思い出してる。みんながいっぺんに思い出すって、何かあるのか・・・?」
「やっぱり?みんなおかしかったよな。目が合えば狼狽えたり、様子を伺ったり・・・女の子なら脈アリかなとか思っちまうんだけど。」
調子を取り戻してきた白石がふざけたことを言うものだから、杉元も気持ちが落ち着いてくる。するとふと、彼女のことが頭をよぎった。
「なぁ、あのさ・・・この時期に起こったことって、何だったかわかるか・・・?」
「ん?前世で、ってことだよな・・・?うーん・・・俺らが出会った季節と近いよな・・・それよりちょっと後・・・あ。」
確信めいた力強い目を向けてくる杉元に、白石はどきりとする。
「も、もしかして・・・」
「今年だった。明確な日にちまでは覚えてないけど、彼女が明治の時代に来たのは、彼女の時代で今年だったはずだ。教えてくれたんだ、この時代のこと。」
「杉元・・・。」
しっかりと見開かれた瞳からは、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。表情を崩さずに泣く杉元は、自身が泣いていることに気づいていないのだろうと白石は思った。そういう白石の瞳からも、一筋の涙が頬を伝っていく。
「律だ———。」
懐かしむように前世の話をした杉元と白石は、終電まで酒を交わした。名残惜しかったがキリがないと、今日は帰ることにした。
帰路に着いた杉元はゆっくりと歩きながら、夜風で酔いを冷ます。頬を撫でるひやりとした風に、暑かった夏もいよいよ終わりを告げていた。
あの頃の気持ちまで引きずってしまっているのかと、律のことを思い、杉元は星空を見上げた。どうしようもなく行き場のない想いを、もう二度と会えない彼女のことを、ただただ胸に抱きながら生きたあの時代。それをまだ続けなければならないのか。杉元は自傷気味に小さく笑う。
家のすぐそばの公園前に差し掛かった時、どさっ、と音がした。
「うっ。」
杉元がその音と小さな呻き声に驚いて公園の方を見ると、うずくまる影が目に入る。
「痛・・・。」
弱々しく呟くその声に、杉元の鼓動は速くなっていき、カッと身体が熱くなった。考えるよりも先に、杉元は公園へと足を進める。周りの音が聞こえない。ただ心臓の早打つ音だけが響いている。くらくらと目の回る感覚をなんとか耐えながら、その影へと近づいていく。
「律・・・?」
月明かりに照らされたその影は、明治時代の服を纏った律だった。金塊争奪戦が終わったその日に目の前で消えた律の、その時のままの格好だった。服は薄汚れ、ところどころ怪我をしている。
「す、杉元さん・・・?なんで・・・」
言い終わる前に鞄を投げ捨て、杉元は律を抱き締めた。火薬の匂いが鼻を掠める。彼女はついさっきまで、明治時代にいたのだとわかった。過去の自分たちと、一緒にいたのだと。
「律、会いたかった・・・!」
自身をきつく抱き締めながら泣く杉元に、律は混乱しつつも抱き締め返す。
「杉元さん、私・・・。」
何が何だかわからない様子の律にお構い無しに、杉元はただただその腕に力を込めた。
律にとってはついさっきの出来事だろうが、杉元にとっては酷く長い時間が経っている。長年、なんなら100年以上の時を経て、漸く。漸く、また会うことができた。
「律、うちにおいで。手当てをしなきゃ。」
「どういうこと・・・?だってさっきまで・・・ここは現代?でもなんで杉元さんが・・・スーツ・・・?」
杉元は混乱する律の頬に手を添えると、親指で撫でる。その顔も、その声も、ずっと堪らなく欲しかった彼女のものだった。
「説明するから。すぐそこがうちなんだ。」
杉元は律の手を引き立ち上がらせる。疲弊してふらつく彼女を抱き止めると、杉元は律の頭を自身の胸に引き寄せた。
「律、好きだよ。」
杉元の胸に顔を押し付けられた律は、目を見開く。その切なく優しい声色に、律の目から涙が零れた。
「ずっと会いたかった。」
律は杉元の胸に縋り付き、その胸板に頬を寄せた。
「・・・俺の想いに応えてくれるかい?」
律の温もりに、杉元の心臓はとくとくと心地良く脈打っている。
「私も、杉元さんが好き。・・・こっちに戻ってきたら、もう会えないのかと思った。」
「はは、長いこと待った甲斐があったな。」
あの頃と変わらない星空の下、杉元はずっと欲しかったものを手に入れた。漸く抱き締めることが叶った彼女を、杉元が手放す事などできるはずもなく。
「悪いけど、もう離してあげられないよ。」
二人は杉元の家へと帰ると、風呂に入り、傷の手当てをし、食事をとり、瞼が落ちるまで抱き合いながら語り合った。