短編
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「あれ?佐倉さん?」
ジリジリと暑い休日。真っ青な空に白い雲。鋭い日光に肌を焼かれている感覚。9月も半ばだと言うのに、まだ夏は終わらないらしい。
律は完全オフの休日をとことんだらけてやろうと、部屋着のままコンビニに来ていた。何か映画でも観ようと思いつき、昼食と何かつまむものでもと思って、酒なんかも含めて色々買い込んだ。
コンビニを出ると、そろそろ切れそうだったとついでに買った煙草を取り出す。新品のそれの封を切り、早速コンビニ前の灰皿を陣取って煙を吸っていた律に、声を掛けたのは杉元だった。
「うわ、杉元くん。」
律は自身の状態を確認する。刺すような鋭い陽射しにだらし無く目を細め、よれよれオーバーサイズのTシャツにグレーのスウェットショートパンツ、足元はビーサンと言った格好で煙草を吸っている。しかも手元には、干物っぷりの窺える品々が入ったビニール袋。こんなタイミングで会社の同僚に会わなくたっていいのにと、律は引き攣った笑みを浮かべた。
「うーわ、新鮮。」
「休みの日くらいいいでしょ。」
口元を押さえ、ニヤニヤと上から下まで眺めて来る杉元に、律は睨みを効かせる。
「すっぴん?初めて見た。」
杉元もTシャツにハーフパンツ、キャップといったラフな格好だが、すっぴんの律とは訳が違う。寧ろ普段のスーツ姿では見られなかった、引き締まった肉体が眩しかった。
「仕方ないでしょ、知り合いに会うなんて思ってなかったんだから。」
覗き込んでくる杉元を睨みながら、律は手で制するようにして顔を背ける。
「昼間っから酒盛り?」
律の反応に愉快そうに笑う杉元は、その手元の袋を指して言った。缶の酒が透けて見えている。
「映画でも観ようと思って。」
律は煙草を吸いながら、手に持った袋に視線を落とす。
「最高じゃん!俺も一緒にいい?」
「え?」
こんな格好で、しかも二人で酒を飲みながら映画なんて、まるで恋人達のやることでは、と律は戸惑った。
「いいじゃん。俺んちおいでよ。」
「んー・・・」
「待ってて、俺も酒買って来る。」
律の返事を待たず、杉元はコンビニの中へ入って行ってしまった。
律の家と杉元の家は徒歩で5分とかからない場所にあり、このコンビニがその中間地点にある事はお互いに知っていた。仕事帰りに一緒になった際に判明し、いつかばったり会うかもねーなんて話していたが、まさかこんなタイミングでと律は失笑した。
しかし杉元は、本当に純粋に映画を観たいのだろうか。男が女を部屋に呼び、しかも酒を入れるとなると・・・その先の展開を全く考えないでいる訳にはいかない程度には、二人はいい大人だ。爽やかな杉元が一体どこまで考えているのかは分からないが、なにぶん、いい大人なのだ。そんな事をぐるぐると考えながら、律は煙草を吸って気を紛らわせた。
「お待たせ。行こっか。」
コンビニから出てきた杉元は、爽やかな笑顔を律に向ける。
「うん。」
律は多少の心構えをしつつ煙草を灰皿に落とすと、杉元と共に歩き出した。
「今日暑いな〜。」
「本当にね。」
律がちらりと隣に視線をやると、じっとりと汗に濡れた杉元は、顎に垂れた水滴を手の甲で拭っていた。「ん?」と視線に気づいた杉元がこちらに笑いかけるが、律は「ううん。」となんでも無い風を装って前を向く。なんて夏が似合う男なんだと、律は思った。あと顔がいい。
「何も無いけど、ソファ使って。」
「ありがとう。」
二分ほど行ったところに、杉元の住むアパートがあった。部屋はシンプルだが生活感があり、思いの外落ち着く。
律は洗面所を借り手を洗うと、ソファに腰かけ、コンビニの袋から缶チューハイを取り出した。目の前のローテーブルにサンドイッチやつまみなど、袋の中身を広げていく。
「うわー、なんか休日って感じする。」
「超休日してやろうと思ってたからね。」
悪戯っぽく笑う律に、杉元はキャップを取りながら楽しそうに笑い返した。
「とりあえず飯食お。」
杉元は買ってきた弁当と缶ビールを持って来ると、律の隣にどかっと腰を下ろした。肩と肩が触れるか触れないかの距離に、律は内心どきっとする。
「何観るの?サブスク入ってるから割となんでも観れるよ。」
「うーん、なんも考えてなかったけど洋画かなぁ。」
杉元は弁当を食べながら、リモコンを持つとテレビを操作する。互いに何となく選んだ昔の冒険物の洋画を点けると、レトロで軽快な音楽が流れ始めた。杉元によって遮光カーテンが引かれた部屋は薄暗く、画面の明かりが二人の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。
「懐かしい〜。」
「わ、意外とグロいね。」
互いに昔見たことのあるその映画に、二人は会話を交えつつ鑑賞する。昼食を取り終えた二人は、酒を飲みながらつまみを食べている。
いつの間にか緊張が解れたのか、勝手に人様の家のクッションを抱いている律に、杉元は目尻を下げた。
ふと、ビールを飲み終えたらしい杉元が律の方を見た。
「ビールしかないけど、飲む?」
律は杉元の方を見て、その距離の近さに驚いた。ソファの背もたれに回された杉元の腕は、律の肩を抱いているようにも見える。
「じゃあ、一本貰おうかな。」
どぎまぎしつつも、律は平常心を装う。しかしそれに気づいた杉元は、確かな手応えに胸を高鳴らせた。
既にほろ酔いの律の目は僅かに潤み、頬は上気している。普段に比べてとろんとした目を向けて来る律に、杉元はぶわっと何かが込み上げて来るが、ぐっと堪える。
「ちょっと待ってて。」
杉元は立ち上がると、冷蔵庫から缶ビールを二つ取り出して戻って来る。
「ありがと。」
ビールを渡すと目尻を下げてふにゃりと笑う律に、杉元は堪らなくなってその頭を撫でた。
「へ?」
「かわい。」
元の位置に座り直した杉元はふっと笑うと、また映画に目を向けた。律はぶわっと顔が熱くなり、バクバクと心臓が早打つ。この男は、さらりとこういう事をするタイプかと、律は恨めしく思った。
缶ビールのプルタブを開けてちみちみ飲んでいる律の後ろには、また杉元の腕が回されている。先ほどビールを取って戻ってきた時に、当たり前のように置かれたその腕に、律は映画どころではなかった。ちらりと杉元の横顔を盗み見ると、薄暗い部屋で、画面の明かりにぼんやりと照らされていて、どこか艶やかで。
邪念を消すようにぐいっとビールを煽ると、律は映画に集中しようと画面を見た。
映画の主人公は快活な冒険を進めていたが、そのうち美女といい雰囲気になり、濃厚なキスシーンが始まる。
普段なら何も思わず観るのだが、今は隣に杉元がいる。律は気まずくなるが、同時に杉元の顔が見て見たくなって、こっそりと視線だけ杉元の方へやった。その瞬間、ちょうど同じく、視線だけをこちらに向けた杉元と目が合った。
「何?」
びくっと肩を揺らして目を逸らした律に、杉元は優しい声色で問い、その顔を覗き込む。真顔なような、微かに微笑んでいるような杉元に覗き込まれ、律は目を合わせてしまって逸らせない。酔いもあって、律の心臓はばくばくと脈打っている。
「あ、どんな顔してるのか、気になって・・・。」
頭が追いつかず動けずにいる律の顔を覗き込んだまま、杉元は「俺も。」と真剣な眼差しで返した。その瞳には熱が帯びている。
「ねぇ佐倉さん、律って呼んでいい?」
ここで、このタイミングでその質問は、つまりきっとそういう事だろう。律は頭がくらくらしながらも、辛うじて頷いた。
「律。」
「・・・何?」
「キス、したい。」
囁くような杉元の声は甘く、どこか危険を孕んでいるようで。律はただただ熱に浮かされ、その目を見つめるしか出来ずにいる。
「だめ?」
そう言いながらも、杉元の手は律の頬を撫でる。律の表情を伺いながら、杉元は顔を近づけていく。
「嫌なら避けないとだめだよ。」
唇が触れ合う直前まで来て、杉元は色っぽく囁くと、そのまま律の唇にゆっくりと唇を押し付けた。触れるだけの口付けだが、ゆっくりと押し付けられる感触は柔らかく、どこか生々しく、気持ちがいい。
ちゅ、と音を立て、ゆっくりと唇が離れていく。
「佐一って呼んで。」
唇が触れ合っている間目を閉じていた律は、ゆっくりとその目を開けた。そこには鋭く熱を持った、杉元の目があった。
「佐一・・・。」
「うん。」
余裕なさ気に掠れた声で短く答えた杉元は、その目に律を捉えたまま、手だけを伸ばし、リモコンを操作してテレビの電源を落とした。
「観ないの・・・?」
「意地悪だね。」
杉元がふっと笑う。不安そうに、しかしどこか期待するような目で見てくる律に、杉元はまた口付けを落とす。律の後頭部に手を添えると、杉元はゆっくりと食むように、彼女の唇を味わい始めた。
静かになった部屋に、ちゅ、ちゅ、とリップ音が響いている。
「律、口開けて。」
不意に言われた律は、ぼうっとしながら言われるがままに薄く口を開けた。ぬるりと、熱い舌が律の口内に侵入する。
「んぅ」
「っは、」
律の口から漏れた声に、杉元は小さく吐息を漏らす。律の後頭部を支えると、杉元は少しずつ彼女を押し倒していく。その間も杉元の舌は、水音を響かせながら律の口内を侵し続けている。
「はぁ、佐一・・・。」
漸く唇を離した杉元は、律の色っぽい表情にぞくぞくとした。
「律、好きだよ。」
ソファに押し倒した律の頬に手を添えると、杉元は優しく色を含んだ目で彼女を見下ろす。
「え・・・?」
潤んだ瞳が大きく見開かれると、杉元は律の額を撫で、そこに唇を落とした。
「好き。」
もう一度甘く優しく囁く杉元に、律の身体はじんわりと痺れてゆく。
「・・・やっぱり下心だった。」
独り言のように呟く律に、杉本は一瞬面食らい、そして次の瞬間には誘うように怪しく笑った。
「そうだよ、ごめんね。」
杉元は律の首筋をゆっくりと焦らすように舐めあげると、その耳を甘噛みする。
「ふ、あっ」
甘い声を漏らし、ぞくぞくと身体を震わせる律に、杉元は息遣いが荒くなる。そのまま耳の中を舌で攻めれば、律の身体は仰反るようにして震える。
「あぁっ」
杉元は舌で律の耳を攻めながら、その身体に手を這わせる。快感に悶える律の耳元で、杉元は囁いた。
「返事は?」
耳を攻められて頭に響く水音と、身体を撫で回される感覚にびくびくと身体を揺らしながら、律は杉元を睨んだ。しかしその瞳は熱っぽく潤み、弱々しく、杉元は律を蹂躙しているという事実に益々興奮した。
杉元は律の上半身を
「あ、佐一っ」
「教えて。」
快感に震える律に、杉元は優しく囁く。
「あっ、す、き・・・佐一が、好きっ」
「律、可愛い。」
ぞくぞくと目を細めて微笑む杉元は、そのまま律を自分のものにした———。
律は目が覚めると、いつの間にかベッドにいた。大きく筋肉質な身体に、正面から抱き締められている。お互い服を着ておらず、直に触れる体温が心地良い。
目の前にある顔は、眠る前の獣のような男とはまるで別人で、穏やかに寝息を立てている。
律はさらりと杉元の髪を撫でると、こっそりとベッドを抜け出した。静かに寝室を出ると、リビングに散らばっている自身の服を拾い集めて着る。煙草と携帯灰皿を手に取るとベランダへ出た。
「気持ちいい。」
もうすっかり陽は傾き和らいでいて、空には薄く、青と桃色とが混じっている。まだ少し火照る肌を、優しい風が落ち着けてくれる。
律は気怠い身体を柵にもたれ掛けると、見慣れた景色を見下ろしながら煙草に火を点けた。
「ふぅ。」
白い煙を吐き出すと、律はふとあることに気づいた。
「もしかして・・・」
その時背後からカラカラとサッシの開く音がして、振り向く前に大きな身体に包み込まれた。
「居なくなったかと思った。」
杉元は不安気に小さな声で言い、律の肩口に頭を擦り寄せる。杉元は服をしっかり着る時間が勿体なく、上半身は裸のままだった。
「おはよう。」
律が優しい声で言うと、杉元は顔を上げて目を細めた。
杉元は律を抱く腕を緩めると、「おはよう。」と優しい口付けを落とす。律の煙草の香りが鼻を掠める。
「ここから私の家も、コンビニも見えるんだね。」
律は口付けられて一度微笑むが、次には杉元の目を見据えて言った。
「・・・うん、ごめん。」
杉元はぐっと眉間に皺を寄せ、顔を逸らす。
「何で謝るの?四六時中見てたわけじゃないでしょ。」
律の手が頬に優しく触れると、杉元はそれに被せるように自身の手を置いた。
「そうだけど、今日は、もしかしたら会えないかなと思って見てた。」
今にも泣き出しそうな顔をする杉元を、律は愛しく思った。「嬉しいよ」と頭を撫でてやると、杉元は律を抱き締めた。律は煙草を持っていない方の腕で抱きしめ返すと、杉本の背中を優しく撫ぜる。杉元は律から見えないのをいいことに情けなく微笑むと、「好きだよ」と呟いた。
「一本頂戴。」
杉元はそう言って身体を離すと、煙草を受け取り火を点けた。ふぅっと煙を吐き出す姿は、やはり気怠さが残っているようでどこか色気があった。
「明日予定がなかったら、このままうちで過ごさない?」
「うん、そうする。」
律と杉元は笑い合った。
二人は煙草を吸い終えて部屋に入ると、気怠い身体をベッドへ沈め、もう一眠りしようと抱き合った。