短編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
尾形の目には、先ほどの律と杉元の寄り添い合う姿が焼き付いている。なんとか振り払おうと一人離れて水を買うと、冷たいそれを勢いよく喉に流し込んだ。
子供じみた態度をとっていることは、尾形にもわかっていた。しかしいつにも増して攻めている杉元と白石に、尾形は対抗する術を持ち合わせていなかった。
杉元が律を好いていることは、幼い頃から分かっていた。もちろん杉元も、尾形が律に惹かれていることに気づいている。お互い直接「好きだ」と口にしたことはなかったが、牽制だったり、仄めかす様な会話は幾度となく繰り返してきた。
そして大学の頃からつるみ出した白石も、間も無く律の虜になった。わかりやすく「可愛い」だとか「付き合って」だとかアピールしていたので語らずとも明確だったが、いまいち本気なのかわからなかった。しかし今日、白石が律に向ける目は真剣で、時に慈愛に満ちている。
二人とも長い年月をかけ温めてきた思いを、今日で進めようとしているのだろう。互いに互いの律への様子を見て、余計に焦っているのかも知れない。事実、尾形も二人の様子に焦っていた。
居た堪れなくなり、尾形は頭のカチューシャを後ろにずらすと、そのまま首にかけた。
「あ、尾形、ジェットコースター行こう!ってあれ、耳取ったのか!」
尾形が戻ると、四人は次の予定を話していたらしく、アシリパが声を掛ける。
「ノリ悪ぃな〜」
「これ頭いてぇんだよ。」
非難する杉元に放った言い訳は、半分本当で、半分嘘。
五人は目的のジェットコースターに向かって歩き出すが、律が尾形に話し掛けることはなかった。きっと話し掛けて来るだろうと思っていた尾形は、心がざわついた。無視をされたわけでもなく、目が合えばにこりと笑う。しかし普段の律なら、あのタイミングできっと声をかけてきただろう。
尾形がぐるぐる考えているうちに、数種類目のジェットコースターに辿り着き、いつのまにか順番が来ていた。
「前から2番目が怖いらしいぞ。」
「え、そうなの?一番前じゃないの?」
「浮遊感がなんたら・・・」
アシリパと杉元が話している間に、白石と律は並んでシートに乗り込む。
「律ちゃん平気?」
「このくらいなら大丈夫かも。最初のは怖かったけど・・・白石くんこそ平気なの?」
「俺もさっきの乗ったからなんかいけそう!」
そのジェットコースターはベルトを締めるタイプだった。律がベルトに手こずっていると、白石は律の方へ身を乗り出し、ベルトを締めてやる。
「わ、ありがとう。」
「いいえー。」
はにかむ律と微笑む白石を後ろのシートから眺めていた他三人は、顔を見合わせた。
その後もいくつかアトラクションに乗った五人は、最後に観覧車に乗ろうと並んでいた。いつの間にか陽は傾き、空は薄い朱に染まっている。
一見普段通り楽しそうに笑っている律は、お化け屋敷の後から、明らかに尾形との個人的な会話を控えていた。三人以上を交えての会話はしていた為他の面子は気づいていないようだが、尾形はどくんどくんと心臓が不穏に動くのを感じる。どんな時でも気にかけてくれていた律に甘えて、杉元や白石のように必死にならなかった自分に冷笑した。
「全員乗れるな。」
その大きな観覧車は、五人全員が一緒に乗れるようだった。順番が来て、アシリパはゴンドラに乗り込みながら言う。
次々に乗り込み、最後に律が乗り込もうとした時、尾形は律を押し返すようにゴンドラを降りた。
「え・・・。」
急に押されて後ろによろけた律は、後から降りて来た尾形によって手首を掴まれ引き寄せられる。その勢いで、律はその胸板に抱き止められるようにぶつかった。
「あ、おい!」
身を乗り出す杉本、白石、アシリパだったが、離陸直前のゴンドラは、慌てたスタッフによって扉を閉められる。
「次のに乗るぞ。」
尾形はそう言うなり、律の手首を掴んだまま次のゴンドラに乗り込んでいく。状況が掴めず困惑する律は、されるがままに乗り込んだ。手首は尾形に掴まれたままで、誘導されるまま隣り合って座る。
「百之助?」
掴まれたままの手首を見て、律は戸惑っている。
「避けるなよ。」
「え?」
漸く口を開いた尾形は、真っ直ぐに律の目を捉えた。
「避けてないとは言わせねぇ。」
律は困った顔をする。
「いつもそうじゃない。百之助が不機嫌な時は、一旦様子を見ることだってあったでしょ。」
「だが、今日は駄目だ。」
いまいち要領を得ない答えだったが、尾形は律から目を逸らさない。律もその目から視線を逸らせずにいる。
「どういうこと?そもそもなんで怒ってたの?」
「怒ってない。」
「怒ってたでしょ。」
「違う。」
「じゃあなんなの?」
わからないと言った表情で、律は眉を下げる。尾形は漸く手首を離し、律の頭のカチューシャを取り横に置くと、その手で彼女の頬に触れた。びくっと肩を揺らした律に、尾形の心拍は上がって行く。
「焦った。」
ふと、律の頬に添えられた尾形の手が、親指で撫でるような動きをした。その優しい触れ方に、今度は律の鼓動が早くなっていく。
「お前を、杉元や白石に取られるかもしれないと思って、焦った。」
「何・・・。」
言い終わらないうちに、尾形は律を抱きしめた。
「百之助・・・?」
律が名前を呼ぶと、尾形は彼女を抱く腕に力を込める。
「好きだ、律。昔から、お前のことが好きだ。」
耳元で囁く切な気な声と、その体温に、律の顔はカッと熱くなった。
「あ、百之助・・・。」
どきどきと苦しいくらいに脈打つ心臓に、律は息が切れ、クラクラして来る。律は縋るように、尾形の胸元の服を掴んだ。
「好きだ。」
再び紡がれたその声と共に、律の頭は尾形の手によって引き寄せられる。尾形の胸元に押し付けられた律の耳には、早く脈打つ心音が聞こえて来る。普段の尾形からは想像もつかないその鼓動に、律は眩暈がするようで、同時に愛おしく感じた。
「私も好き。昔から、好き。」
律は尾形に体重を預け、その胸元に頬を擦り寄せた。
「・・・はっ。」
尾形のどこか悦びを含んだような熱い吐息に、律はその顔が見てみたくなった。ゆっくりと尾形の胸元を押して見上げると、その顔は切な気で、瞳には熱が篭っている。その表情に、律の身体はじんわりと甘く痺れていく。
「律。」
尾形は律のあごに指を添え、上を向かせる。甘く名前を囁くと、目を閉じ、ゆっくりとその唇に口付けを落とした。
ゴンドラはちょうど頂上に到達し、夕陽に包まれている。
漸く二人の想いが通じ合あったのは、空から近い場所だった。
おまけ
「おい!白石見えるか!?」
「いや、丁度陰になって見えねぇ!」
尾形と律が想いを確かめ合っていた頃、杉元と白石はゴンドラの窓に張り付いていた。
「お前ら諦めろ。あの二人は昔から両想いだ。」
「「はあぁ!?」」
淡々と言うアシリパに、杉元と白石は声をそろえる。
「必死なお前らは気付いてなかったようだが、律は尾形と話す時だけ目元が違う。」
「う、嘘だ・・・。」
今は放心して涙目の杉元と白石だが、今後は、尾形から律を奪う機会を虎視眈々と狙う事になるのだった。
でもまあそれはまた別のお話。
end.