短編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「行って参ります。」
「あぁ、行ってらっしゃい。一緒に行ってやりたいが、これから約束があってな・・・。」
その
夕飯の支度をしていたら食材が足りないことに気づき、律は買い出しに行く前に、土方に一言入れにきたところだった。
「そんな、大丈夫ですよ。」
「まだ明るいから心配はないと思うが、充分に気をつけるんだぞ。」
「ふふ、心配性ですね。」
土方の心配性はいつもの事で、律はそんな土方に困りつつも嬉しく思っていた。
「本当は一人で出歩かせたくないんだが・・・」
そう言う土方を何とか
「どこに行く。」
律が草履を履いたところで、尾形に声をかけられた。
「買い出しですよ。」
「そうか。」
それ以上会話が続くこともなかった為、律は草履を履くと表へ出る。すると尾形も後に続いて表へ出てきた。狩りにでも出るのかと律は思ったが、どこまで行っても三歩後ろをついてくる尾形に首を傾げた。
「どこに行かれるんですか?」
律が尋ねるが、尾形は黙って後をついてくるだけだった。尾形の秘密主義は今に始まった事ではないと、律はさほど気にせず歩みを進める。
結局尾形は店まで着いてきて、律が買い物をするのを眺めている。
「いつもご贔屓にどうも!律ちゃん今日も可愛いからおまけ。」
「わ、蜜柑!いつもありがとうございます。」
「あ、え、と、また来てね・・・」
急にしどろもどろになり慌てて店の奥へ引っ込んでいった店主に、律は首を傾げる。
律は店主から蜜柑を受け取る時、尾形が仄暗い目で店主を睨んでいたことに気付かなかった。
明日の分もと思い立ち、つい買い込んでしまった。随分と重くなってしまった荷物を持ち直すと、律は尾形の方を振り返る。
「さてと、私はこれで帰りますが・・・わ。」
言い終わらないうちに、尾形は律の荷物を取り上げると、元来た道を引き返していく。
「ふふ」と笑うと、律は尾形に駆け寄り、隣を歩く。
「ありがとう尾形さん。」
律が見上げて微笑むと、尾形は「ははぁ」と笑って前髪を撫で付けた。片手で軽々と荷物を持つ尾形に、律は感心する。「力持ちですね」と褒められた尾形は、ドヤ顔で胸を張った。
「可愛い人。」
くすくす笑う律に、尾形は足を止める。驚いた顔をする尾形が尚更可愛くて、律は背伸びをしてその頭を撫でた。
律は普段から尾形のことを猫のように扱う節があり、撫でたり餌付けしたりとよく甘やかしている。律に撫でられた尾形はいつものように、気持ちよさそうに目を細めた。
土方一派の隠れ家に着くと、律は割烹着を着て台所に立った。買ってきた野菜を洗うと、トントンと切っていく。その後ろ姿を眺めている尾形は、ぼぉっと、何かを思い出している。ふらっと立ち上がった尾形は、律の腰に腕を回し、後ろから抱きしめた。
「わ、尾形さん危ない。」
「・・・続けろ。」
律は驚き諫めるが、離れようとしない尾形に、仕方なくそのまま料理を続ける。尾形は律の頭にぐりぐりと頬擦りをしている。詳しいことは知らないが、幼い頃に亡くしたと言う母の面影を見ているのだろうか。そう思うと律は切なくなった。
結局律は途中で尾形を引き剥がし、夕餉の準備が整った。
「味を見てください。」
律は煮物を分けた小皿と箸を差し出すが、尾形は「あ」と口を開けて待っている。仕方なく口に入れてやりどうだと聞くと、尾形は「うん」と短く答えた。
「ふふ。」
満足そうに微笑む律に、尾形はふと表情を緩める。
大勢いる土方一派の夕餉は宴の様で、その片付けもなかなかの大仕事になるが、皆よく手伝ってくれる。一仕事終えた律は、一人、火鉢のそばで一息ついていた。そこに尾形がふらっと現れると、当たり前の様にごろんと律の膝を枕に横になり、そのまま目を閉じた。尾形は律とは反対の方を向いて横になっている。
「尾形さん。」
律は先ほど八百屋でおまけに貰った蜜柑を剥くと、ひとつ、尾形の口元に持っていった。一瞬、尾形は蜜柑をじとっと睨んだ気がしたが、口を開ける。律がその口に蜜柑を入れてやると、素直にもぐもぐと食べている。
「美味しい。」
律は自分も蜜柑を食べながら、半分は尾形に与えてやった。膝の上でもぐもぐと口を動かす尾形が可愛らしく思え、律はその頭を撫でている。
ふと、最後のみかんを食べ終わった尾形は仰向けになり、律と目を合わせる。尾形は腕を伸ばすと、律の頬に触れた。
「お前は俺の事を、猫か何かだと思ってるな。」
図星を突かれ、律はどきっとした。目を泳がせている律に、尾形はニヤリと笑う。
「もう少し警戒心を持った方がいい。」
言い終わると尾形は、律の頬に触れていた手をその後頭部に滑らせ、ぐっと引き寄せた。
「え、あ・・・。」
一瞬、互いの唇が触れ合った感覚に、律の顔に一気に熱が集まった。
「ははぁ、漸く理解したようだな。」
顔を真っ赤に染めた律を見て、尾形は満足そうに口角を上げた。尾形は今度は律の方にごろんと向く。
「俺も男だ。忘れるな。」
程なくして、尾形の寝息が聞こえてくる。律はまだ顔に熱が残っている。何事もなかったかの様に寝息を立てている尾形を恨めしく思いつつも、もう少し寝かせてやることにした。
律は尾形の頭を撫でながら、上昇した心拍を落ち着ける様に、小さく溜息をついたのだった。