短編
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「律さん、美味しいね。ヒンナだね。」
アシリパに倣ってみんなで作った鹿肉のオハウ(汁物)を囲むのは、律、杉元、アシリパ、白石、尾形といった面々。
杉元は、目尻の蕩けたような笑顔を律に向けた。
「寒かったよね。沢山食べて温まって。」
そう言う杉元の笑顔だけでも、律は芯から冷えた身体がじんわりと温かくなったように感じた。
アシリパも白石も続いて、「沢山食べろー!」と笑顔を向けてくれる。
春先とはいえ、北海道の山。寒さはまだまだ続くようで、他の面々に比べると寒さに弱い律は、指先が
ここまでの道中で木の根につまづいた律の手を取った杉元は、その冷たさに驚き、そして自身の両手で包み込んだ。
「今晩は温かいもの食べようね」
と、ほのかに頬を染めて照れくさそうにいう杉元に、律は申し訳なさを感じつつも、「ありがとう」とはにかんだのだった。
オハウを囲み、杉元達の優しさに釣られて笑顔になる律を、尾形は横目で見ていた。
食事が終わると、朝まで休むため焚き火を囲んでそれぞれ横になった。
それぞれ寝息が聞こえ始める中、律はオハウと焚き火とでだいぶ温まったものの、また少し末端が冷えてきてしまいなかなか眠れずにいた。
手先を温めようと、背を向けていた焚き火にごろんと向き直り暖をとっていると、後ろから腕が伸びてきて、律はびくりと身体を強張らせた。
「まだ寒いのか」
耳元で聞こえた低い声に驚き、顔だけ後ろを振り返ると、すぐそばにあったのは尾形の顔だった。
それはまるで、後ろからすっぽりと抱きすくめられているような状況で、混乱する律。その様子を愉しむように「はは」と小さく笑う尾形の吐息が耳をくすぐり、律はその耳と顔とに熱が集まるのを感じた。
「静かにしろよ。恥ずかしい思いをするのはお前だろう、律。俺は構わないがな。」
珍しく愉しそうに囁く尾形に律はどぎまぎと答えた。
「な、に、どうしたんですか...」
「なに、寒そうだったから温めてやってるんだろう。」
ぐりぐりと律の首筋に顔を押し付ける尾形の体温はそこまで高くはなく、逆に暖を取られているのではないかと律は思った。しかし、確かに一人で寝ているよりは幾分も温かい。後ろから回った尾形の手が、律の手を包み込んだ。
「ありがとう...でも尾形さんも、私で暖をとっているでしょう。」
尾形はまた「ははぁ」と笑い、その吐息で律の首筋をくすぐった。低めの体温とは違いその吐息は熱く、律は小さく身じろいだ。しかし律の腰にズレた尾形の腕にぐっと力が込もったせいで、更に密着する形となった。
「杉元に手を握られていたな。奴の手は温かかったか?」
不意に低く冷たい声が耳元で響き、律は身体を強張らせた。
「・・・お前の身体を温めた鹿肉は、俺が獲ってきたんだ。」
「・・・?」
「杉本じゃない。」
またグリグリと律の首筋に顔を押し付けながら、尾形はくぐもった声でつぶやいた。
律は驚き、ほんの一瞬の逡巡の末、もぞもぞと尾形の方へ身体を向けた。ビクッと猫のように驚いた尾形と目が合う。
その様子にふっと柔らかな笑みを浮かべた律は、尾形の頭を優しく撫で付けた。
「うん、ありがとう。みんなの分の食材を獲って来てくれて、ありがとう。」
その優しい笑みに、尾形は心臓がどきりと跳ねた。そしてしばらくその表情をぼぉっと堪能するうちに、ゾクゾクとしたものが背中からあがってきた。ゆらゆらと温かい焚き火を背に、自身の腕の中で微笑む彼女は、まるで幻想的だった。普段皆に笑顔を振り撒く彼女は今、自身の腕の中で、自分だけに、微笑みかけているのだ。
尾形は律の頬にするりと手を添えた。
「みんなの為じゃない。・・・律。」
焚き火のせいか、はたまた別の何かがあるのか。熱っぽく見える尾形の瞳に、律は呼吸を忘れ、目を逸らせずにいる。
徐々に尾形の顔が、律の顔に近づいてゆき、額同士がこつんとぶつかった。
「あ...」
「律」
上目遣いに、しかし獲物を捉えたようなその視線に、律は思考が出来ずにいる。その暗く深い黒の瞳には、ゆらゆらと炎が映っている。
頬に触れていた尾形の手が、律の後頭部に回る。
「嫌なら避けろ」
唇にかかる吐息が熱い。甘く低く響く声に、律は頭が痺れる感覚を覚える。喰われる、と、直感で思った。
尾形は余裕なさそうに眉間に皺を寄せ、文字通り律の唇に喰らい付いた。しばらく貪るようなキスをしたあと、熱い舌が侵入し、口内を侵していく。
どのくらいそうしていただろう。律が尾形の胸をドンドンと叩いたのを合図に、ゆっくり、ねっとりと、尾形の舌が律の口内から出ていく。
肩で息をして、目尻に涙をためた律は苦しそうに、しかし蕩けた表情で尾形を見ている。また背筋にゾクゾクとしたものを感じた尾形は、「ははぁ」と笑い、律を抱きしめる。
「惜しいが、続きはまたのお楽しみにしておいてやる」
耳元で艶っぽく囁かれゾクゾクと身体を震わせる律に、尾形はこれ以上ない満足感に満たされ、口角を上げた。
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