綾部さん
学校に綾部が来ない。それも2週間。
そんな時に白羽の矢が立つのは大体学級委員長と相場が決まっている。
平滝は齢(よわい)12にしてその不条理さを知ることとなる。
「滝さん、すまないけど僕じゃダメみたいなんだ…申し訳ないけど学級委員長である滝さんに一度プリントを届けてもらって、ついでで話を聞いてきて貰えないかな?」
滝がわざわざ放課後に呼び出されて担任から言われたのは、とどのつまり1年1組の学級委員長として綾部喜八の様子を見てこい…という御達しだ。
「綾部…さんちにですか。」
品行方正、頭も良く、生活態度も申し分なしで先生受けが良い滝とて、彼女もまだ12歳。出来ることと出来ないことがある。
「ただちょっと様子を見てくるだけで良いんだ。僕じゃインターホンに反応してもドアすら開けてくれないんだよね…」
と、眉間に深い皺を寄せて眉毛をぐっと下げた。
「私も…綾部さんとは知り合ったばかりで…会えるかどうかわかりませんけど」
「そうかもしれないけど!僕が行くよりは多少は違うと思うから!ね?!」
内心、何が「ね?」だよとは思いながらここまで来たら引き下がることは出来ないと感じ取り、つい
「わかりました。この平滝がなんとか引っ張り出してみせましょう」
と言ってしまったのである。
心の内では、「(役立たずのクソ教師め…)」なんて思っていたクセに。
担任はそそくさと二週間分の配布物を、まとめ買いしたのであろう新品で透明なファイルに入れて、
「じゃ、よろしくね!学級委員ちょ♡」
などと調子に乗って言って渡してくるものだからその手を叩き落としてやりたかったが、それは受け取る右手とは反対の左手で握りこぶしを作ることでなんとか堪えた。我ながらようやる。
そんなつい先程職員室で交わされた会話を思い出しているとあっという間に古びたアパートの前に辿りついた。
綾部さんとは今現在同じクラスではあるが、4月に初めて出会ったばかりで小学校の違う彼女の事は正直言ってこれっぽっちも知らない。
もちろん家の位置なんて知り得るはずもなかったが、このクラスの担任面倒ごとはとことん押し付けるようで誰かに聞けと言うのだ。いくら優秀な私であるからと言って頼りすぎではなかろうか?
そんな担任にイライラしていると、丁度職員室に居合わせた3組の斉藤さんに出会った。ご都合良く話を聞いていて、綾部さんと同じ小学校の地区だった彼女から運良く家の場所を教えて貰うことが出来た。
斉藤さんも綾部さんの噂は耳に入っていたようで、顔から察するにかなり心配をしていた。
そんな斉藤さんに見送られつつ足早に綾部さんの家へ向かった訳だ。が、ここに来て困った事態に気がつく。
「話題がない…」
滅多に教室に居なかった彼女との共通の話題なんてわかるわけがなかった。
手は既にインターホンを押す準備が出来ている。しかし、押すのを躊躇ってしまう。
「ンンンン…!えい、この平滝、1度引き受けた任務!遂行せず誰がす、」
「うるさい」
「はっっっっ!」
突然、キィという錆び付いた金属音独特の音と共に悪態をついた綾部喜八が目の前に現れた。
「あっ、綾部さん!」
「なに?」
「これ、プリント。来週提出の三者面談の物もあるから持ってきた」
そうまくし立てると先程預かったクリアファイルごと綾部に渡した。
「あーこれね…悪いけど担任にウチは誰も行かないよって言っといてくんない?」
「えっ」
「親っていうかお父さん忙しくてあんま家帰って来ないからこのプリント渡す事も無いと思うし、意味無いよ。だから、ほら…」
「いや、それは自分でやんなよ」
思わず素の声が出た。
「えー…学校行く気無いんだけど」
気怠そうにしていた綾部さんの顔がいっそう曇る。
「学校来なよとは言わないけど、そういうのは自分で出した方が良いと思うよ。正直私は学級委員長として先生に言われてここに来ただけだし、綾部さんのお守りをするつもりは無い」
思っていたより格段に冷たい言葉が口からこぼれ出ていた。
あまりにも意外な言葉をかけられたのか綾部さんの顔が先程とはかわり、驚いた表情になる。
「初めてそんなふうに言われた」
心底心から言っているのであろう。
「私は綾部さんを甘やかすつもりは無いし噂もどーだって良いからね」
「噂?」
「え、?」
「…ううん…なんか知らないけど私の噂があるんだね…フウン…」
「あっ…えっと、傷つけたらごめんね」
と、つい人の良さが出てしまい、黙っておけば良かったものを謝ってしまった。不覚だった。
そこに付け込まれてしまい
「あー傷ついた~傷ついたから、滝、明日から朝は迎えに来てよね」
なんて変な約束を結ばれてしまったのだから、これからは言動に注意しようと心に誓った。
そんな時に白羽の矢が立つのは大体学級委員長と相場が決まっている。
平滝は齢(よわい)12にしてその不条理さを知ることとなる。
「滝さん、すまないけど僕じゃダメみたいなんだ…申し訳ないけど学級委員長である滝さんに一度プリントを届けてもらって、ついでで話を聞いてきて貰えないかな?」
滝がわざわざ放課後に呼び出されて担任から言われたのは、とどのつまり1年1組の学級委員長として綾部喜八の様子を見てこい…という御達しだ。
「綾部…さんちにですか。」
品行方正、頭も良く、生活態度も申し分なしで先生受けが良い滝とて、彼女もまだ12歳。出来ることと出来ないことがある。
「ただちょっと様子を見てくるだけで良いんだ。僕じゃインターホンに反応してもドアすら開けてくれないんだよね…」
と、眉間に深い皺を寄せて眉毛をぐっと下げた。
「私も…綾部さんとは知り合ったばかりで…会えるかどうかわかりませんけど」
「そうかもしれないけど!僕が行くよりは多少は違うと思うから!ね?!」
内心、何が「ね?」だよとは思いながらここまで来たら引き下がることは出来ないと感じ取り、つい
「わかりました。この平滝がなんとか引っ張り出してみせましょう」
と言ってしまったのである。
心の内では、「(役立たずのクソ教師め…)」なんて思っていたクセに。
担任はそそくさと二週間分の配布物を、まとめ買いしたのであろう新品で透明なファイルに入れて、
「じゃ、よろしくね!学級委員ちょ♡」
などと調子に乗って言って渡してくるものだからその手を叩き落としてやりたかったが、それは受け取る右手とは反対の左手で握りこぶしを作ることでなんとか堪えた。我ながらようやる。
そんなつい先程職員室で交わされた会話を思い出しているとあっという間に古びたアパートの前に辿りついた。
綾部さんとは今現在同じクラスではあるが、4月に初めて出会ったばかりで小学校の違う彼女の事は正直言ってこれっぽっちも知らない。
もちろん家の位置なんて知り得るはずもなかったが、このクラスの担任面倒ごとはとことん押し付けるようで誰かに聞けと言うのだ。いくら優秀な私であるからと言って頼りすぎではなかろうか?
そんな担任にイライラしていると、丁度職員室に居合わせた3組の斉藤さんに出会った。ご都合良く話を聞いていて、綾部さんと同じ小学校の地区だった彼女から運良く家の場所を教えて貰うことが出来た。
斉藤さんも綾部さんの噂は耳に入っていたようで、顔から察するにかなり心配をしていた。
そんな斉藤さんに見送られつつ足早に綾部さんの家へ向かった訳だ。が、ここに来て困った事態に気がつく。
「話題がない…」
滅多に教室に居なかった彼女との共通の話題なんてわかるわけがなかった。
手は既にインターホンを押す準備が出来ている。しかし、押すのを躊躇ってしまう。
「ンンンン…!えい、この平滝、1度引き受けた任務!遂行せず誰がす、」
「うるさい」
「はっっっっ!」
突然、キィという錆び付いた金属音独特の音と共に悪態をついた綾部喜八が目の前に現れた。
「あっ、綾部さん!」
「なに?」
「これ、プリント。来週提出の三者面談の物もあるから持ってきた」
そうまくし立てると先程預かったクリアファイルごと綾部に渡した。
「あーこれね…悪いけど担任にウチは誰も行かないよって言っといてくんない?」
「えっ」
「親っていうかお父さん忙しくてあんま家帰って来ないからこのプリント渡す事も無いと思うし、意味無いよ。だから、ほら…」
「いや、それは自分でやんなよ」
思わず素の声が出た。
「えー…学校行く気無いんだけど」
気怠そうにしていた綾部さんの顔がいっそう曇る。
「学校来なよとは言わないけど、そういうのは自分で出した方が良いと思うよ。正直私は学級委員長として先生に言われてここに来ただけだし、綾部さんのお守りをするつもりは無い」
思っていたより格段に冷たい言葉が口からこぼれ出ていた。
あまりにも意外な言葉をかけられたのか綾部さんの顔が先程とはかわり、驚いた表情になる。
「初めてそんなふうに言われた」
心底心から言っているのであろう。
「私は綾部さんを甘やかすつもりは無いし噂もどーだって良いからね」
「噂?」
「え、?」
「…ううん…なんか知らないけど私の噂があるんだね…フウン…」
「あっ…えっと、傷つけたらごめんね」
と、つい人の良さが出てしまい、黙っておけば良かったものを謝ってしまった。不覚だった。
そこに付け込まれてしまい
「あー傷ついた~傷ついたから、滝、明日から朝は迎えに来てよね」
なんて変な約束を結ばれてしまったのだから、これからは言動に注意しようと心に誓った。