短編
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余計なことをしでかした自覚はあった。
若者のイベントに絆されるなど、愚かだ。
彼女の気持ちも分かっている。
100年を越える付き合いなのだ、分からぬ筈もない。
彼女もボク達 に、誰よりも深い愛情を向けてくれている。
それは到底言葉では表しきれない。
それで充分だったはずなのに。
多少その想いに違いがあったとしても、互いに思いを理解しあっているだけで、充分だったはずなのに。
コップに並々と注がれた水が、わずかな衝撃で零れてしまうように、ボクの思いが、そして想いが、僅かに零れた。
(恥ずかしいねぇ、馬鹿だよまったく。)
後悔先に立たずだ。
彼女はボクの気まずさも分かってくれているのだろう。
次に会った時にはいつも通り接してくれた。
その心遣いがなおのこと堪える。
言葉の外で繋がりあっているボク達に、愛の定義を求めるチョコレートなど、不必要だったのだ。
隊首室に戻り、何か飲もうかと考えていたとき、ふと視界に、部屋を出たときには見なかったものが映り込み、視線を止める。
窓辺に置かれた紫。
近づいて手に取るとそれは桔梗の花だった。
ホワイトデーのお返しだろう。
ボク達の関係はいつも、花言葉の通り『誠実』である。
でなければ恐いのだ。
何があるかわからない仕事柄のせいだろう。
『もしも』が起きたとき、無意味なこととわかっていても人はその理由を探す。
不誠実を働いたボクは、それをきっと、恐ろしく後悔するだろう。
それが原因でないとわかっていても、きっと無理矢理不誠実のせいにして、己を呪う。
これは彼女にたいしたことだけではない。
浮竹に対してもまた、同じだ。
ボクにとっての二人は、欠がえのない存在なのである。
二人への思いは深く、酷く似ていることは否定しない。
ただそこにわずかな違いがあることはきっと、浮竹の方も理解しているに違いない。
彼とてボクと、同じなのだ。
桔梗の花言葉の由来には、ひとりの女の物語がある。
女は家紋である桔梗を見つめ、戦に出た夫の帰りを待ち続けたという。
雨の日も風の日も、食糧が尽きようと、国が滅びようと、体が朽ち果てようと、時代が変わろうと。
女が地縛霊にでもなったのか、虚となったか、はたまた無事に魂送されたかはさておき、狂おしい純情が帰りを待つ女を生涯支えたのであろう。
この話をもとに、複数の花言葉が生まれた。
誠実、従順、優しい愛情、友の帰還を待つ、それから・・・
思わず笑みをこぼす。
なるほどこうして考えると確かに、ボク達にぴったりの花やもしれぬ、と。
浮かれた若者がそうするように、そっと紫の花弁に口付け、それからやはり自分は馬鹿だと思った。
彼女の気持ちは、誰よりも分かると思う。
長年の付き合いに加え、彼女をずっと見てきたのだ。
言葉足らずは表情で補える。
表情を隠していても仕草や瞳の動きだけで分かる。
それさえ見えないとしても、彼女が考えそうなことなら大抵分かる。
100年を越える付き合いなのだ。
100年を越えて、圧し殺してきたのだ。
いたずらに過ごしているわけではない。
だからバレンタインの夜、橋で海燕に絡まれている様子を見たとき、大方の事は察した。
手に持つ箱の送り主も、彼女が何を悩んでいるのかも。
だが彼女は毎年渡される彼女の好物のチョコレートの出所を知らない。
あれは貰い物ではない。
「貰い物がたくさんある」
と毎年彼女を呼び出しているが、渡している物全てが貰い物だとは言っていないから、嘘はついていない。
熟知している彼女の好みにぴったりのチョコレートを現世で見つけた。
試しに渡したところ喜んでたべたから、それ以来毎年彼女にはこれと決めている。
年に一度、どのチョコレートよりも先にに食べさせては、満足しているのだ。
自己満足だし、子どもじみた、とんでもないエゴ。
でも構わない。
誰も知らないのだ。
咲本人でさえ。
ならば何も悪いことなどないだろう。
詰まらない男の自己満足だ。
誰にも危害は加えない。
だが今年は少しだけ、京楽の行動に絆れたのかもしれない。
少しだけ、態度に出してしまった。
食べるように強く進めてしまったり、食べさせてしまったり。
あいつは鈍いが、気付いただろう。
100年を越える付き合いだ。
彼女とて、口に出さずとも俺の考えていることの多くを理解している。
俺も馬鹿だったと思う。
余計なことさえしなければ、これからもまたバレンタインのささやかな楽しみが続いたはずなのに。
ふいに窓辺に花が置かれているのが目に入った。
いったい誰が置いたというのか。
手に取ってみると、季節外れの桔梗だった。
白い桔梗とは粋なものだと花びらに触れる。
鼻を近づけるとほんのりと瑞瑞しい香りがする。
ホワイトデーのお返しなのだろう、と微笑みが漏れる。
俺達の関係は真面目だ。
どうなるかわからないこの世界、相手には常に誠実でいたいし、不誠実でいることは、恐い。
『もしも』が起きたとき、その不誠実を働いた己を呪うであろうことを考えると、堪らない。
それはもちろん京楽に対してもだ。
同期で3人だけが生き残ったあの日から、俺達は互いが欠けることに酷く敏感で、だからこそ強くなった。
互いを守るために。
互いに己を呪わせぬために。
桔梗の花言葉はいくつかある。
『誠実』とすれば、こんな俺達の関係性についてか。
『従順』とすれば、俺の思いに逆らいはしないということか。
来年からもチョコレートを受け取ってくれるということだろうか。
白い花を選んだのは、彼女の好みぴったりのものを送る俺に、俺の髪と同じ色のものを選んだと言うところだろう。
『優しい愛情』とすれば、日頃の感謝と言ったところか。
『友の帰りを願う』というのもあったはずだ。
それから確か・・・
白い花弁を食む。
青臭い中に、花の瑞々しさが混じる。
俺の気持ちも、京楽と同じでやはり、言葉にはできない。
部下の誰も、俺たちのこんな醜い純情の成の果てなど知りはしないだろう。
得意なのだ、明るく、無邪気な仮面を被ることは。
あまりにも圧し殺しすぎて、みる影もないが、そこにあるのは、間違いない。
『永遠の愛』
窓の外の、良く晴れた夜空に輝く月を見上げ、そして思う。
彼女はきっと、京楽にも同じ桔梗の、紫の花を送っただろう、と。
若者のイベントに絆されるなど、愚かだ。
彼女の気持ちも分かっている。
100年を越える付き合いなのだ、分からぬ筈もない。
彼女も
それは到底言葉では表しきれない。
それで充分だったはずなのに。
多少その想いに違いがあったとしても、互いに思いを理解しあっているだけで、充分だったはずなのに。
コップに並々と注がれた水が、わずかな衝撃で零れてしまうように、ボクの思いが、そして想いが、僅かに零れた。
(恥ずかしいねぇ、馬鹿だよまったく。)
後悔先に立たずだ。
彼女はボクの気まずさも分かってくれているのだろう。
次に会った時にはいつも通り接してくれた。
その心遣いがなおのこと堪える。
言葉の外で繋がりあっているボク達に、愛の定義を求めるチョコレートなど、不必要だったのだ。
隊首室に戻り、何か飲もうかと考えていたとき、ふと視界に、部屋を出たときには見なかったものが映り込み、視線を止める。
窓辺に置かれた紫。
近づいて手に取るとそれは桔梗の花だった。
ホワイトデーのお返しだろう。
ボク達の関係はいつも、花言葉の通り『誠実』である。
でなければ恐いのだ。
何があるかわからない仕事柄のせいだろう。
『もしも』が起きたとき、無意味なこととわかっていても人はその理由を探す。
不誠実を働いたボクは、それをきっと、恐ろしく後悔するだろう。
それが原因でないとわかっていても、きっと無理矢理不誠実のせいにして、己を呪う。
これは彼女にたいしたことだけではない。
浮竹に対してもまた、同じだ。
ボクにとっての二人は、欠がえのない存在なのである。
二人への思いは深く、酷く似ていることは否定しない。
ただそこにわずかな違いがあることはきっと、浮竹の方も理解しているに違いない。
彼とてボクと、同じなのだ。
桔梗の花言葉の由来には、ひとりの女の物語がある。
女は家紋である桔梗を見つめ、戦に出た夫の帰りを待ち続けたという。
雨の日も風の日も、食糧が尽きようと、国が滅びようと、体が朽ち果てようと、時代が変わろうと。
女が地縛霊にでもなったのか、虚となったか、はたまた無事に魂送されたかはさておき、狂おしい純情が帰りを待つ女を生涯支えたのであろう。
この話をもとに、複数の花言葉が生まれた。
誠実、従順、優しい愛情、友の帰還を待つ、それから・・・
思わず笑みをこぼす。
なるほどこうして考えると確かに、ボク達にぴったりの花やもしれぬ、と。
浮かれた若者がそうするように、そっと紫の花弁に口付け、それからやはり自分は馬鹿だと思った。
彼女の気持ちは、誰よりも分かると思う。
長年の付き合いに加え、彼女をずっと見てきたのだ。
言葉足らずは表情で補える。
表情を隠していても仕草や瞳の動きだけで分かる。
それさえ見えないとしても、彼女が考えそうなことなら大抵分かる。
100年を越える付き合いなのだ。
100年を越えて、圧し殺してきたのだ。
いたずらに過ごしているわけではない。
だからバレンタインの夜、橋で海燕に絡まれている様子を見たとき、大方の事は察した。
手に持つ箱の送り主も、彼女が何を悩んでいるのかも。
だが彼女は毎年渡される彼女の好物のチョコレートの出所を知らない。
あれは貰い物ではない。
「貰い物がたくさんある」
と毎年彼女を呼び出しているが、渡している物全てが貰い物だとは言っていないから、嘘はついていない。
熟知している彼女の好みにぴったりのチョコレートを現世で見つけた。
試しに渡したところ喜んでたべたから、それ以来毎年彼女にはこれと決めている。
年に一度、どのチョコレートよりも先にに食べさせては、満足しているのだ。
自己満足だし、子どもじみた、とんでもないエゴ。
でも構わない。
誰も知らないのだ。
咲本人でさえ。
ならば何も悪いことなどないだろう。
詰まらない男の自己満足だ。
誰にも危害は加えない。
だが今年は少しだけ、京楽の行動に絆れたのかもしれない。
少しだけ、態度に出してしまった。
食べるように強く進めてしまったり、食べさせてしまったり。
あいつは鈍いが、気付いただろう。
100年を越える付き合いだ。
彼女とて、口に出さずとも俺の考えていることの多くを理解している。
俺も馬鹿だったと思う。
余計なことさえしなければ、これからもまたバレンタインのささやかな楽しみが続いたはずなのに。
ふいに窓辺に花が置かれているのが目に入った。
いったい誰が置いたというのか。
手に取ってみると、季節外れの桔梗だった。
白い桔梗とは粋なものだと花びらに触れる。
鼻を近づけるとほんのりと瑞瑞しい香りがする。
ホワイトデーのお返しなのだろう、と微笑みが漏れる。
俺達の関係は真面目だ。
どうなるかわからないこの世界、相手には常に誠実でいたいし、不誠実でいることは、恐い。
『もしも』が起きたとき、その不誠実を働いた己を呪うであろうことを考えると、堪らない。
それはもちろん京楽に対してもだ。
同期で3人だけが生き残ったあの日から、俺達は互いが欠けることに酷く敏感で、だからこそ強くなった。
互いを守るために。
互いに己を呪わせぬために。
桔梗の花言葉はいくつかある。
『誠実』とすれば、こんな俺達の関係性についてか。
『従順』とすれば、俺の思いに逆らいはしないということか。
来年からもチョコレートを受け取ってくれるということだろうか。
白い花を選んだのは、彼女の好みぴったりのものを送る俺に、俺の髪と同じ色のものを選んだと言うところだろう。
『優しい愛情』とすれば、日頃の感謝と言ったところか。
『友の帰りを願う』というのもあったはずだ。
それから確か・・・
白い花弁を食む。
青臭い中に、花の瑞々しさが混じる。
俺の気持ちも、京楽と同じでやはり、言葉にはできない。
部下の誰も、俺たちのこんな醜い純情の成の果てなど知りはしないだろう。
得意なのだ、明るく、無邪気な仮面を被ることは。
あまりにも圧し殺しすぎて、みる影もないが、そこにあるのは、間違いない。
『永遠の愛』
窓の外の、良く晴れた夜空に輝く月を見上げ、そして思う。
彼女はきっと、京楽にも同じ桔梗の、紫の花を送っただろう、と。