短編
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「あれ?
卯ノ花さんじゃないですか。
珍しいっすね。」
掛けられた声にはっとして顔を上げる。
「海燕、殿・・・」
雨乾堂への橋の上でしばらく考え込んでしまっていたため、橋の手前までやってきていた海燕の存在に気付かなかったのはあるまじき失態だった。
同期とはいえ無席の咲と隊長の浮竹では格が違い、親しくすることなどあり得ない。
だからこそいつもであればここ、雨乾堂に来る時は人に見つからないよう気を配っており、見つかったことはまずない。
彼が珍しいと驚く原因もそこにある。
「隊長ですか?
中にいると思いますよ。」
人懐っこく愛想のよい副官は、そう言って橋を渡ってくる。
「あ、は、はい、そうですね。」
「どうしたんですか?
あ、その箱!
もしかしてバレンタインっすか?」
「えっ」
京楽に渡されたチョコレートを手に持ったままだったことに今更ながら気付き、どう言い訳しようかと迷う。
「しかもそれ!
現世の有名店の高級チョコじゃないっすか!
もしかして本命だったりして。」
窺うように見てくる瞳に、二重の意味でどきりとする。
ひとつはこのチョコレートを自分に贈ってくれた人のこと。
もうひとつは彼に勘違いされて本命疑いをかけられている人のこと。
言葉を繋げずにいる咲の背中に声がかけられた。
「呼んでおいて待たせたな、咲。」
後者が姿を表し、二人は彼を見る。
「頼んでいたのを買ってきてくれたんだな、ありがとう。」
彼はいつも通りの笑顔でそう言って、咲の手からチョコレートを受け取った。
「えっ、じゃあ・・・」
海燕は彼の言葉に目を瞬かせる。
「実は妹がどうしてもこれを食べたがっていてな。
俺では時間がとれんから咲に無理に頼んだんだ。」
「なぁんだ、そうなんすか!
糠喜びしちゃったじゃないですか。」
海燕と浮竹の間で、咲は曖昧に笑った。
彼の言った『糠喜び』という言葉の意味を考えている間に、言った本人は持っていた書類を浮竹に渡して、軽く敬礼して見せた。
「明日提出の書類です、よろしくお願いします。
じゃ、俺はこれで。」
「御苦労さん。
都君によろしくな。」
浮竹の労いに、にっと照れたように笑うとくるりと背中を向けて帰っていった。
「まぁなんだ、少し上がって行ったらどうだ。」
背中を見送りながら『糠喜び』の意味を考え続けていた咲に、浮竹が声をかける。
こちらを穏やかに見下ろしている彼を振り返ると、咲の手を拾って小箱を乗せて室内へと入っていくので、 慌てて口を開いた。
「ありがとうっ。」
彼らはいつも紳士的で、気づいたときに直ぐに礼を言わねばいい損ねることの方が多いくらいだ。
彼らはいつも最大限の優しさを咲に与えてくれる。
室内に入るといつもの薬の匂いとは違い、甘いチョコレートの匂いが満ちていた。
部屋の主は片隅にまとめられたチョコレートの山を漁っているらしい。
「今年もたくさん貰い物があってな。
ええっと・・・あった、お前が気に入っていた所のだ。」
覚えていてくれたことが、くすぐったい。
咲のお気に入りのため、毎年真っ先に渡してくれる。
布の手触りが優しいくすんだ橙色の箱に、葡萄色のリボンが可愛らしすぎない。
良いセンスだ。
「秘密だぞ。」
そう言って茶目っ気たっぷりにウインクするから、くすりと笑ってしまう。
これも毎年の事だ。
京楽だって咲がこのチョコレートを好きであることを知らない。
「うん、ありがとう。」
彼の部屋の一角にはチョコレートの山ができるのは毎年の事。
言ってしまえば京楽の部屋にも、目の前の物よりは少し小さいが同じような山がある。
(浮竹の方が人気なんだな。
・・・爽やかさの違いかな。)
渡された箱のリボンをほどく。
柑橘類とチョコレートの混ざった香りが広がる。
箱を開けると、例年と同じく、オレンジピールのチョコレートが上品に納められていた。
甘いものに目がない咲だが、これは特段好きなのだ。
「いただき・・・。」
そこでふと、さっき聞いた言葉を思い出す。
ーしかもそれ!
現世の有名店の高級チョコじゃないっすか!
もしかして本命だったりして。ー
はっとして箱の製造元を確認すれば、やはり現世だ。
尸魂界でこんな洒落たものは見たこともない。
味や見た目から考えても、これが高級品であることに間違いはない。
(どうして今まで気付かなかったんだろう。)
「どうした?」
不思議そうな顔で浮竹が覗き込んでくるので、慌てて蓋をして彼に突き返した。
「や、やっぱり駄目だ。」
「ん?どうした?」
目を瞬かせる友に首をふる。
「これは現世の高級チョコだ。
きっと浮竹への本命だよ。
私が食べていいものじゃない。」
真剣に訴える。
彼の事を心の底から愛しく想う誰かが、彼のために心を砕き、彼が喜んでくれるであろうものを選んだのだ。
そして出来ることなら、彼に想いが伝わることを願って。
その、愛らしい想いを、壊してはいけないと思った。
多くの人が様々なことを願うけれど、それが叶うことは極僅かである現実は、痛いほど知っている。
だからこそ、瑞瑞しい希望を、わざわざ壊したくなかった。
「困ったな。
だがこんなにあるんだぞ?」
彼は後ろのチョコレートの山を見る。
「じゃあ、本命のは置いておいて、義理のをもらうよ。」
「どうやったら見分けがつくんだ?」
確かに隊長に贈るものだ、義理であっても貴族であれば高級品を渡すに違いない。
彼に取り入ろうとする者も、少しでも取り立ててもらいたいと思う者も、また同じかもしれない。
「いやいや、浮竹がもらったときの感じが違うはずだ。
浮竹なら分かるだろそのくらい。」
(危うく丸め込まれる所だった。)
賢い彼に言いくるめられたことは数知れない。
「ああ、分かるさ分かる。
これは本命で貰った物とは違うこともな。」
彼は微笑んで蓋を開け、ひとつ摘まんだ。
辺りにふわりとオレンジとチョコレートの香りが広がる。
その香りに気をとられた時だった。
「ほら、美味いだろ?」
目の前で満足げに笑う浮竹。
口の中いっぱいに広がる、オレンジの爽やかな酸味と濃厚なチョコレートの甘み。
「・・・けど。」
「俺が食べろと言うんだ・・・気にするな。」
優しげに目を細め、彼は池を眺められる部屋の外に胡座をかき、その隣にチョコレートの箱をおいた。
咲も諦めて、箱をはさんで隣に座る。
「じゃあ一緒に食べよう?」
「今日はずいぶん気にするんだな。
それのせいか?」
浮竹の視線が向いているのは、京楽に貰ったチョコレートだ。
「・・・そうかも。」
咲は浮竹のおいたチョコレートの隣に、持っていた箱をそうっと置いた。
そして少し迷ったあと、オレンジピールのチョコを摘まんで食べた。
本当に美味しい。
その味は正に咲の好みで、今年も思わず頬が緩んでしまう。
ありがたい話ではあるが、毎年これほどまでに咲の好みのものを浮竹に贈る人は一体誰なのだろうかと、不思議に思うくらいだ。
(浮竹の大好物であれば納得がいくんだけど、そうではないみたいだし。)
オレンジの香りにはリラックス作用があると、昔、烈に聞いたことがあった。
色んな緊張がほどけて、咲はほうっと溜め息をついた。
「これ、頂き物なんだ。
ひとつ、深紅のハートのチョコレートが入っている。」
月光をきらきらと映す水面を見ながら、ぽつりと、呟くように話した。
「贈り主は、これを見たときに私を思い出したって言っていた。」
浮竹はちらりと彼女の表情をうかがう。
月の光が、優しく白い肌を照らす。
悩ましげに顰られた眉の下の瞳は、水面を写している。
その澄んだ瞳は、何度見ても飽きないと思った。
「・・・言葉にするにはあまりに・・・重いって、そう言っていた。」
思わず目を伏せる。
何を、とは言わないが、浮竹には充分伝わった。
「そうか。」
横顔を見つめたまま、ひとつ頷く。
話が終わったようなので、浮竹は口を開いた。
「お前も言葉にならぬ思いに、言葉にできぬ思いに、覚えがあるだろう。」
小さく頷く仕草は昔から変わらず、きっと贈り主もこんな些細な仕草に胸を締め付けられる思いなのだろうと思った。
いつの間にかすっかり大人の女性になってしまったが、彼女は今でも時おり、少女のような顔を覗かせる。
「その思いが溢れてしまったのだろうな。
若者の祭りに絆れるなど、贈り主もまだ若いようだ。」
ははは、と浮竹はいつも通りの顔で笑った。
すっかりリラックスした咲もくすくすと笑う。
「私達の思いは同じなんだろうな、きっと。」
その言葉は、京楽と咲と、それから浮竹を含めたものであったし、浮竹もそれを理解していた。
だからこそ浮竹は、少し考えてから首を振った。
「俺もその男の気持ちが分かる。
たぶん、お前とほとんど同じだが・・・少しだけ違うのだろうな。」
その言葉に驚いて浮竹を見た。
「そうかな?」
「ああ。
たぶん、な。」
すぅっと細められた彼の目が、一瞬、知らない目に見えた。
いつも通りの鳶色で、いつも通り月光を受けて美しく、いつも通り長い睫毛に縁取られているはずなのに、咲は一瞬体を固くした。
背筋がぞくりとしたのだ。
蛇に睨まれた蛙のように、ぴくりとも動けなかった。
穏和で慈愛に満ち、いつも優しさでくるんでくれる彼に、こんなことを感じるなど初めてだった。
白髪の一本一本が数えられる距離で、鳶色の瞳が心を見透かすように、じっと見つめる。
彼の白く節張った大きな手がオレンジピールを摘まみ、咲の口元へ運んだ。
冷たいチョコレートが唇をなぞり、そしてその中央で止まった。
それがじわりと溶けた時、このチョコレートの贈り主にふと思いあたって、咲はゆっくりと目を見開いた。
圧し殺しきれぬ純情
卯ノ花さんじゃないですか。
珍しいっすね。」
掛けられた声にはっとして顔を上げる。
「海燕、殿・・・」
雨乾堂への橋の上でしばらく考え込んでしまっていたため、橋の手前までやってきていた海燕の存在に気付かなかったのはあるまじき失態だった。
同期とはいえ無席の咲と隊長の浮竹では格が違い、親しくすることなどあり得ない。
だからこそいつもであればここ、雨乾堂に来る時は人に見つからないよう気を配っており、見つかったことはまずない。
彼が珍しいと驚く原因もそこにある。
「隊長ですか?
中にいると思いますよ。」
人懐っこく愛想のよい副官は、そう言って橋を渡ってくる。
「あ、は、はい、そうですね。」
「どうしたんですか?
あ、その箱!
もしかしてバレンタインっすか?」
「えっ」
京楽に渡されたチョコレートを手に持ったままだったことに今更ながら気付き、どう言い訳しようかと迷う。
「しかもそれ!
現世の有名店の高級チョコじゃないっすか!
もしかして本命だったりして。」
窺うように見てくる瞳に、二重の意味でどきりとする。
ひとつはこのチョコレートを自分に贈ってくれた人のこと。
もうひとつは彼に勘違いされて本命疑いをかけられている人のこと。
言葉を繋げずにいる咲の背中に声がかけられた。
「呼んでおいて待たせたな、咲。」
後者が姿を表し、二人は彼を見る。
「頼んでいたのを買ってきてくれたんだな、ありがとう。」
彼はいつも通りの笑顔でそう言って、咲の手からチョコレートを受け取った。
「えっ、じゃあ・・・」
海燕は彼の言葉に目を瞬かせる。
「実は妹がどうしてもこれを食べたがっていてな。
俺では時間がとれんから咲に無理に頼んだんだ。」
「なぁんだ、そうなんすか!
糠喜びしちゃったじゃないですか。」
海燕と浮竹の間で、咲は曖昧に笑った。
彼の言った『糠喜び』という言葉の意味を考えている間に、言った本人は持っていた書類を浮竹に渡して、軽く敬礼して見せた。
「明日提出の書類です、よろしくお願いします。
じゃ、俺はこれで。」
「御苦労さん。
都君によろしくな。」
浮竹の労いに、にっと照れたように笑うとくるりと背中を向けて帰っていった。
「まぁなんだ、少し上がって行ったらどうだ。」
背中を見送りながら『糠喜び』の意味を考え続けていた咲に、浮竹が声をかける。
こちらを穏やかに見下ろしている彼を振り返ると、咲の手を拾って小箱を乗せて室内へと入っていくので、 慌てて口を開いた。
「ありがとうっ。」
彼らはいつも紳士的で、気づいたときに直ぐに礼を言わねばいい損ねることの方が多いくらいだ。
彼らはいつも最大限の優しさを咲に与えてくれる。
室内に入るといつもの薬の匂いとは違い、甘いチョコレートの匂いが満ちていた。
部屋の主は片隅にまとめられたチョコレートの山を漁っているらしい。
「今年もたくさん貰い物があってな。
ええっと・・・あった、お前が気に入っていた所のだ。」
覚えていてくれたことが、くすぐったい。
咲のお気に入りのため、毎年真っ先に渡してくれる。
布の手触りが優しいくすんだ橙色の箱に、葡萄色のリボンが可愛らしすぎない。
良いセンスだ。
「秘密だぞ。」
そう言って茶目っ気たっぷりにウインクするから、くすりと笑ってしまう。
これも毎年の事だ。
京楽だって咲がこのチョコレートを好きであることを知らない。
「うん、ありがとう。」
彼の部屋の一角にはチョコレートの山ができるのは毎年の事。
言ってしまえば京楽の部屋にも、目の前の物よりは少し小さいが同じような山がある。
(浮竹の方が人気なんだな。
・・・爽やかさの違いかな。)
渡された箱のリボンをほどく。
柑橘類とチョコレートの混ざった香りが広がる。
箱を開けると、例年と同じく、オレンジピールのチョコレートが上品に納められていた。
甘いものに目がない咲だが、これは特段好きなのだ。
「いただき・・・。」
そこでふと、さっき聞いた言葉を思い出す。
ーしかもそれ!
現世の有名店の高級チョコじゃないっすか!
もしかして本命だったりして。ー
はっとして箱の製造元を確認すれば、やはり現世だ。
尸魂界でこんな洒落たものは見たこともない。
味や見た目から考えても、これが高級品であることに間違いはない。
(どうして今まで気付かなかったんだろう。)
「どうした?」
不思議そうな顔で浮竹が覗き込んでくるので、慌てて蓋をして彼に突き返した。
「や、やっぱり駄目だ。」
「ん?どうした?」
目を瞬かせる友に首をふる。
「これは現世の高級チョコだ。
きっと浮竹への本命だよ。
私が食べていいものじゃない。」
真剣に訴える。
彼の事を心の底から愛しく想う誰かが、彼のために心を砕き、彼が喜んでくれるであろうものを選んだのだ。
そして出来ることなら、彼に想いが伝わることを願って。
その、愛らしい想いを、壊してはいけないと思った。
多くの人が様々なことを願うけれど、それが叶うことは極僅かである現実は、痛いほど知っている。
だからこそ、瑞瑞しい希望を、わざわざ壊したくなかった。
「困ったな。
だがこんなにあるんだぞ?」
彼は後ろのチョコレートの山を見る。
「じゃあ、本命のは置いておいて、義理のをもらうよ。」
「どうやったら見分けがつくんだ?」
確かに隊長に贈るものだ、義理であっても貴族であれば高級品を渡すに違いない。
彼に取り入ろうとする者も、少しでも取り立ててもらいたいと思う者も、また同じかもしれない。
「いやいや、浮竹がもらったときの感じが違うはずだ。
浮竹なら分かるだろそのくらい。」
(危うく丸め込まれる所だった。)
賢い彼に言いくるめられたことは数知れない。
「ああ、分かるさ分かる。
これは本命で貰った物とは違うこともな。」
彼は微笑んで蓋を開け、ひとつ摘まんだ。
辺りにふわりとオレンジとチョコレートの香りが広がる。
その香りに気をとられた時だった。
「ほら、美味いだろ?」
目の前で満足げに笑う浮竹。
口の中いっぱいに広がる、オレンジの爽やかな酸味と濃厚なチョコレートの甘み。
「・・・けど。」
「俺が食べろと言うんだ・・・気にするな。」
優しげに目を細め、彼は池を眺められる部屋の外に胡座をかき、その隣にチョコレートの箱をおいた。
咲も諦めて、箱をはさんで隣に座る。
「じゃあ一緒に食べよう?」
「今日はずいぶん気にするんだな。
それのせいか?」
浮竹の視線が向いているのは、京楽に貰ったチョコレートだ。
「・・・そうかも。」
咲は浮竹のおいたチョコレートの隣に、持っていた箱をそうっと置いた。
そして少し迷ったあと、オレンジピールのチョコを摘まんで食べた。
本当に美味しい。
その味は正に咲の好みで、今年も思わず頬が緩んでしまう。
ありがたい話ではあるが、毎年これほどまでに咲の好みのものを浮竹に贈る人は一体誰なのだろうかと、不思議に思うくらいだ。
(浮竹の大好物であれば納得がいくんだけど、そうではないみたいだし。)
オレンジの香りにはリラックス作用があると、昔、烈に聞いたことがあった。
色んな緊張がほどけて、咲はほうっと溜め息をついた。
「これ、頂き物なんだ。
ひとつ、深紅のハートのチョコレートが入っている。」
月光をきらきらと映す水面を見ながら、ぽつりと、呟くように話した。
「贈り主は、これを見たときに私を思い出したって言っていた。」
浮竹はちらりと彼女の表情をうかがう。
月の光が、優しく白い肌を照らす。
悩ましげに顰られた眉の下の瞳は、水面を写している。
その澄んだ瞳は、何度見ても飽きないと思った。
「・・・言葉にするにはあまりに・・・重いって、そう言っていた。」
思わず目を伏せる。
何を、とは言わないが、浮竹には充分伝わった。
「そうか。」
横顔を見つめたまま、ひとつ頷く。
話が終わったようなので、浮竹は口を開いた。
「お前も言葉にならぬ思いに、言葉にできぬ思いに、覚えがあるだろう。」
小さく頷く仕草は昔から変わらず、きっと贈り主もこんな些細な仕草に胸を締め付けられる思いなのだろうと思った。
いつの間にかすっかり大人の女性になってしまったが、彼女は今でも時おり、少女のような顔を覗かせる。
「その思いが溢れてしまったのだろうな。
若者の祭りに絆れるなど、贈り主もまだ若いようだ。」
ははは、と浮竹はいつも通りの顔で笑った。
すっかりリラックスした咲もくすくすと笑う。
「私達の思いは同じなんだろうな、きっと。」
その言葉は、京楽と咲と、それから浮竹を含めたものであったし、浮竹もそれを理解していた。
だからこそ浮竹は、少し考えてから首を振った。
「俺もその男の気持ちが分かる。
たぶん、お前とほとんど同じだが・・・少しだけ違うのだろうな。」
その言葉に驚いて浮竹を見た。
「そうかな?」
「ああ。
たぶん、な。」
すぅっと細められた彼の目が、一瞬、知らない目に見えた。
いつも通りの鳶色で、いつも通り月光を受けて美しく、いつも通り長い睫毛に縁取られているはずなのに、咲は一瞬体を固くした。
背筋がぞくりとしたのだ。
蛇に睨まれた蛙のように、ぴくりとも動けなかった。
穏和で慈愛に満ち、いつも優しさでくるんでくれる彼に、こんなことを感じるなど初めてだった。
白髪の一本一本が数えられる距離で、鳶色の瞳が心を見透かすように、じっと見つめる。
彼の白く節張った大きな手がオレンジピールを摘まみ、咲の口元へ運んだ。
冷たいチョコレートが唇をなぞり、そしてその中央で止まった。
それがじわりと溶けた時、このチョコレートの贈り主にふと思いあたって、咲はゆっくりと目を見開いた。
圧し殺しきれぬ純情