ファミリー・コンプレックス
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いつもよりゆっくりと起床し、ノロノロと食堂へ向かい、だらだらと朝食を食べ、休息日にも関わらず念入りに寝具をしてからやっと外出した尾形は、目的地である義妹の宿屋の手前でふと、足を止めた
宿屋の前に見知った小柄な・・・だけど初めて見る袴姿の義妹が立っていた
暖簾を押して、屋内から中年の女が何か話しかけている様子から、長時間そこで立っていたのであろうことが伺える
あの女の目的はなんなのだろうか
真意を見極めなければいけない、そのためには相手の懐に入ること・・・
そう、偽善の塊の義弟のように・・・
自分の心を叱咤して、尾形は足を踏み出した
「謝罪・・・とは、何に対する謝罪なのでしょうか?・・・義妹殿」
甘味処で団子と濃いめのお茶を前に、俺は酷く冷めた口調で目の前の義妹に問いかけた
義弟 勇作を真似た似非笑顔はどこかへ置いてきたのだろうか
品が並び、ルナがポツポツとはなしはじめると、俺の貼り付けた笑みはガラガラと剥がれ落ちてしまった
きっと今の俺は、一般の少女が見たら震え始めそうな冷ややかな視線を義妹に無遠慮に投げつけている事だろう
知るか
癪に障るこの女が悪い
『百之介お兄さまは勇作兄さまの発言で・・時々、気分を害されている様にお見受け致しました・・・
真にお心を通わせていらっしゃらないのかと・・
勇作兄さまは・・・・無垢・・・といいますか、キレイすぎるといいますか・・・現実的ではないようなところがあって、それが危なっかしかったり、百之介お兄さまのお心を害すこともあるのではないですか?』
小難しい言い方をしているが、要はボンボンの為に助力しろ、と言いたいのだろう
死亡率の高い旗手を目指し、清廉潔白であろうとする偽善の塊のような義弟
目の前の、己と全く血の繋がりのない義妹は、元々従兄弟の義弟をどうしても死なせたくないらしい
そのために俺に盾にでもなれと?
この娘はその対価にどこまで自分を犠牲にできるのだろうか
面白そうだ
見てみたい・・・
養女で政治の駒とはいえ、良家で大切に育てられた令嬢
恩のある義弟の為にどれだけ俺に諂うだろう?
尾形は眼の前で俯いている10も年下の世間知らずな義妹に一瞥をくれてニヤリと顔を歪めた
もちろん俯いているルナはそんな義兄の歪んだ思考には気づいていない
「ふぅ・・義妹殿のおっしゃることはわかります 旗手は死亡率が高いですし、若い士官は怨みの標的になりやすい・・守る者が居れば安心できるでしょう」
俺の言葉にルナはパッと花が咲いたような、明るく眩しいほどの笑顔を浮かべて俺と目を合わせた
この顔を絶望に歪めてみたい
「しかし世間知らずの義弟殿の言葉にこの婚外子の・・・泥水を啜って汚いこともやらざるを・・・得ず過ごしてきた薄汚れた私は・・私には・・己の汚さを痛感させられてばかりなのです・・・義弟と過ごすにはもう・・私は手を汚しすぎていまして・・・・ 」
俺はわざとらしく卓の上に手を広げて、悲しげに呟いた
もちろんこれが、人の同情を擽る行為だと知った上での行動だ
偽善の塊のこいつらには効果てきめんだろう
『百之介お兄さま・・・わ、わたし・・・』
ルナは苦しそうに、胸の前で神に祈るように手を握り、眉をひそめ綺麗な顔を歪めた
まるで自身が傷つけられでもしたかのようだ
他人の言葉にこれほど簡単に深く共鳴して、こいつらにはなんの徳があるというのか
理解できない
まぁ・・・それよりもこんな顔をしても美しいとは、美形とは恐ろしいものだな
・・・もっと、醜く歪めてみたいと思う
今まで義妹を慈しんできた者達が幻滅するような、醜悪な心根を晒させたい
どろり、どろり、と俺の中に黒いものが溢れ、溜まっていく
「・・・・貴女が」
『?』
小さく呟いた俺の言葉を、聞き逃すまいとルナが前のめりになって近づく
「・・貴女が、勇作殿の代わりに汚れてくれるなら、この身を盾にして勇作殿を御守りしましょう」
『・・・え?』
そうその顔を醜く歪めろ
「できませんか?麗しい令嬢には」
ルナの顔から、面白いほどに血の気が引いていくのが見えた
絶望
一体何を想像したかは知らないが、こちらの意図を理解したルナの顔からは色が消えた
できなければ、できなくても構わない
結局、家族、兄弟愛など、その程度の物だったということだ
この顔が見られただけでも大いに満足している
綺麗なものに囲まれて、蝶よ花よと育てられた人間が、性善説では生きられないとわかって、己可愛さに兄弟を見限る・・・ぁあ、愉快だ
なんと言って断るんだ?
無様にいいわけでもするか?
女だと、慈しめと己を弁護士はじめるか
早く見たい
お前の人間の汚い部分を俺にさらけ出せ
『ーーーーーか』
俯いているルナが何か呟いた
「ん?」
今度は俺がルナの言葉を聞き取ろうと、前のめりになる
『百之介お兄さまの言う“汚れる”とは、具体的に何をすればよろしいのでしょう』
「・・・はぃ?」
予想外だった
こんなに早く腹をくくってくると思っていなかった
脅かして、できないと泣いて縋ってくれば、もっと、もっとその自尊心を踏みにじってやろうとしか思っていなかった
良家の娘が、自ら、名誉が傷つくようなことを承諾するなんて思っていなかった
こいつはなんなんだ
何故ここまでする?
『百之介お兄さま、私なんかで勇作兄さまの代わりになるのであれば、お兄さまと同じところまで“汚れ”る覚悟を致しましす
・・・私は何をすれば良いか仰ってくださいませ』
もともと線が細い割に体幹がしっかりして、凛とした印象だったが、覚悟を決めたと言った目の前の娘はまるで、高貴な身分の者のように見えた
「ルナ、君は今いくつだ?」
尾形が恐ろしいほど感情の抜け落ちた虚ろな目をしてルナにつぶやいた
『・・・?12です』
高貴な身分の者などお目にかかったことはないが、所作が美しい、とはこういう事だろう
・・・・
これが俺(祝福されなかった者)とコイツら(祝福された者)の違いなのか?
何が違う?
どうすれば同じになれる?
「そぅか・・・・ならば私に抱かれてください」
『・・・へ?』
うつむき加減に視線を下げ、影を落としたお兄さまの顔はまるで、幽霊のように顔色が悪く少し怖い
私と目が合うとニヤリと口角を上げて微笑んでくれたものの、この場から逃げ出したいような気持ちで私の全身が総毛つのを感じた
「旗手になるためにと、バカ正直に童貞を守り抜いている勇作殿の為に、花沢の家のために育てられた一人娘の、貴女の純潔を、私に散らさせてください」
『じ、純潔?あ、えっと・・・』
俺は、そう言って、卓に片肘をついて顎を乗せた
そしてもう片方の手で、緩く編み込まれた知っているおさげ髪とはだいぶ違う小洒落たルナの髪に触れた
やはり艶があって柔らかい
ビクッっと、今日初めてルナがか弱い乙女の様に震えた
怖がる姿が俺に優越感を与える
零れそうなまでに大きな瞳を見開いてこちらを見ている
何をされるかよくわかっていないこの憎き義妹を好きにできる
赤く朱のさした頬は真っ白な肌によく映えて愛らしかった
これを、この感情が義弟が義妹の話をする時の“愛しい”や“可愛い”といった感情なのだろうか
それは結局、好きな女を虐めたいという感情なのか・・・
俺は高潔な義弟の、理解できない感情が思いの外下世話なものだったことに少しがっかりして、あからさまに溜息をついた
『お兄さま・・・わ、私は、私達は・・・兄妹なのですよ・・・?そのような・・・』
赤い顔に冷や汗を浮かべてルナが小さく震えながら呟いた
小動物を追い詰めている時の高揚感に似た物を感じる
絶対的な弱者と強者
俺はこの娘をどうにでもできるのだ
「私は花沢の戸籍の者ではありませんし、父君には認知もされておりませぬ。それに、花沢の家と言っても嫁に来た母君の妹の子である貴女と、私は全くの血縁はない・・・他人です。何も問題はないでしょう?」
近親相姦は禁忌だと主張するルナを俺は正論で黙らせてやった
青白く血の気が引いたルナは、頬だけ羞恥に赤く染めて、桶から飛び出した金魚のように口をパクパクさせていて、滑稽だった
面白いのでもっとからかってみるか?
「・・・もし仮に近親相姦だとしてもそれはそれで良いではありませんか。」
俺の言葉にバッと弾かれたように顔を上げたルナは大きな瞳を潤ませて顔を真っ赤にしていた
『へ!?え、い、いぁえ?』
思考がバグってまともに言葉も察せず、更にパクパクと酸欠の金魚状態になっていた
このまま追い込んだら過呼吸でも起こしそうなほどだった
「倫理だ何だと言ったって幼少期から共に育ったわけでもないし、一目惚れ・・・というものもありますし、良い歳の赤の他人の男女が出逢って惹かれ合った・・・たまたま関係が義兄妹というだけでしょう?それに、汚れるなら真っ黒に・・・後戻り出来ない方が楽しそうだ」
嬉々として語る百之介にルナは口をパクパクすることも忘れてポカーンと間抜けな顔をしていた
楽しい
楽しい
楽しい
心躍るとはこういうことを言うのか
自分は絶対的有利な立場で絶望的な選択を迫る
俺は隠せそうにない釣り上がる口角を肘をついて合わせた手で覆った
『・・・』
俯いたままルナは答えようとしない
息もしているのかと思うほどに微動だにしなかった
まぁ、女に取っては一大事なこと・・・
・・・やはり怖気づいたか
俺は雄弁に語っていた口を閉じ、俯いている黙ったままのルナを見下ろした
「嫌なら断ってくださって結構ですよ、お互い、この話はなかったことにしましょう」
そう言ってたちあがろうと椅子を引いた俺
『待ってください!』
その俺の袖を掴んだルナの手は可笑しいほどに震えていた
捕らえた
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