1日目

村編1─ようこそ、メイプル村へ

明里達の後に、絵の中へと送られた透、鈴良、優志の3人は、どこかの道の上に立っていた。
きょろきょろとあたりを見回す3人。
「ここ、どこ?」
まず始めに透がそうつぶやいた。
見渡す限り、前も後ろもずっと透達が立っている5m幅くらいの道が続いていて、道の周りは短い草が生えている原っぱだった。
木が生えているほかは、地平線が見えるほど平らな景色が広がっている。
どうしよう?おじいさんがこっち向きで送ってくれたんだから、前に進むべきかなあ。
透がそう考えているとき、

鈴良がいち早くそれに気付いた。
そして、それを指し示して言った。
「ほら、見て!あそこに看板があるよ」

透が鈴良の指した方を見ると、ななめ前に大きな木があって看板がかかっている。
3人がその木のところに行って見てみると、その木には大きな矢印と「メイプル村まであと3km」と書かれた看板がかかっていた。
矢印は、前を指している。
「メイプル村って、わたし達が行くべき村なのかな?」
透がその看板をじっと見つめながら言った。
鈴良も優志もわからないので答えようがない。
わたし達は村で絵を書くために絵の中に入ったんだから、多分この村だよね。
透は自分でそう結論を出すと、
「この村に行ってみよう!」
と鈴良と優志を振り返って言った。
「そうね」
鈴良も同意した。
しかし優志は、
「あと3kmも歩くのかよ。あのじいさん、何で村に直接送らなかったんだ?」
と不機嫌そうに言った。
…………。
優志の言葉に、透と鈴良は苦笑いした。
3人はとりあえず村に向かって歩き始めたが、優志は看板を振り返り思った。
最初に見たとき、あんな木あったっけか?
そう、透と鈴良は気付かなかったけれど、あの木は最初はありませんでした。

しばらく歩いているうちに、優志はその木のことは忘れて、また不機嫌になって考え始めた。
ったく。部長に呼ばれて、せっかく久しぶりに部に出てきたのに、何でこんなわけわかんないことになるんだよ。
それに…。!
優志は今までのことを振り返って考えていたが、おじいさんの話のところまで行きついた。
「そういや俺達が行く村って、小人とかいるって言ってなかったか?」
優志の問いに、今までしていた話を止めて透と鈴良が答える。
「うん!いるって言ってたね。会うの楽しみっ!」
透がはずんだ声でうれしそうに言う。
「どんな村なのかしらね」
鈴良も楽しそうな顔で言う。
そんな2人に優志は冷静に言った。
「俺は小人とか、そういうものばっかりじゃないことを祈るな」
普通じゃないと、食べるところとか寝るところとかど―すんだよ。
優志はそう思っていたのだが、透は違う意味に受け取った。
?あ、そっか。優志くんは小人とか好きじゃないんだ。
透の頭の中では、小人、妖精などがいる。
「そういえば、お前達、名前何ていうんだ?」
そんな優志の言葉に、透の考えは中止された。
そして気落ちした。
え?わたし達、1年生の時からずっと同じ部なのに…。
一方鈴良は、当たり前のように納得し、
「あ、そっか。野村くんはあんまり部活に出てないから…。私は夢里鈴良」
と名乗った。
続いて透も、
「わたしは真坂透」
と元気に言った。
「とおると、うずら…?」
優志のつぶやきに、透は慌てて訂正した。
「違うよ。うずらじゃなくて、すずらちゃん!」
そう言った直後、鈴良がうれしそうに言った。
「透ちゃん、村の入り口が見えるよ!」
「え?」
お互いを見ていた透と優志は、その一言で前を向いた。
近づくと、「メイプル村」と入り口のアーチに大きく書かれているのがわかった。
「あ!本当だ!着いたんだ!」
透が喜びの声をあげる。
3人はア―チをくぐり、村の中へと入った。
村は普通の大きさで、いる人も普通の人、優志はちょっと安心した。
透達は、村の通りをまっすぐ進む。
…と、村の人達に注目されているのに気がついた。
その中で、子供を連れたおばさんが透達に話しかけた。
「おや、こんにちは。きつねさん達かい?」
「え?きつね?」
3人はあまりの意外な問いに驚いた。
もしかして、私達が見たことない人だからきつねが化けたと思ったのかしら?
鈴良はそう分析した。
「あ、違います。わたし達、旅をしていて遠くから来たんです」
透が答えになっていないような答え方をする。
でもおばさんは、それが何を言ってるかわかったようで、
「え?もしかして、村の外から来たのかい?」
と目を丸くして聞いた。
「はい」
透と鈴良が答えると、そのおばさんはとても驚いたようで、
「へえ。村に、他のところからのお客さんが来たのは初めてだよ」
と興奮したように言った。
「それで?どうしてこの村に来たんだい?」
「私達、絵描きで、この村で絵を描くために来ました」
おばさんの問いに、鈴良がはきはき答える。
それを聞いたおばさんは、
「それなら宿に泊まらないとね」
と言い、ちょうど外に出てきた体格のいいおじさんを呼んだ。
「お―い。ちょっと」
おじさんが来ると、おばさんは手短に説明した。
「この子達ね、絵を描くためにこの村に来た旅の人なんだってさ。それで、この子達が泊まるためにサーラの宿まで連れてってくれない?わたしゃ、シャミ―もいるから連れていけないんだよ」
「いいぜ。ナコ。まかせな」
それを聞いたおじさんは胸をたたいて言った。
「よろしく頼むよ。じゃあ、またね」
そう言って去っていくナコに、透と鈴良は、
「おばさん、ありがとうございました」
と言って手を振った。
優志も軽くおじぎした。
ナコも振り返って手を振ってくれた。
「じゃあ宿まで案内するからオレについてきな」
「はい!」
おじさんの後を透達はついていく。
周りを見ると、メインストリ―ト沿いに木製の建物が並んでいる。
少し昔の西洋といった感じで、3人は気に入った。
こういう村、映画で見たことあるな。
優志はそう思った。
私、こういう西洋の村に憧れあったのよね。
鈴良はうれしそうに街並みを見ている。
今日からここでしばらく暮らすんだ。楽しみ―。
透はわくわくしている。
「サ―ラのところはいい宿だぞ。
 オレは泊まったことないが、時々村の子供達も泊まりに行ってるみたいだ」
おじさんは楽しそうに説明してくれた。
透と鈴良は期待した。

「ここだ。サ―ラの宿は」
そこはメインストリ―トの1番奥の建物。
3階建てくらいの大きさで、ちょっとおしゃれな看板がかかっていた。
おじさんはそこの扉を開けて、宿の人らしい女の人に声をかけた。
「サ―ラ、この子達、旅行者なんだってさ。
 それで泊めてやってほしいんだが」
サ―ラと呼ばれた、見た目が20代くらいの若い女の人は、透達に視線を移して顔を輝かせた。
「ええ!?旅してるの?私、旅人の本大好きでたくさん読んでるのよ」
そんなサ―ラに透は笑顔で答えた。
「はい、今日から旅を始めたんです」
サ―ラはそれを聞いて微笑んで言った。
「そうなの。ようこそメイプル村へ」
「お世話になります」
鈴良が頭を下げて言った。
透も頭を下げた。優志も軽く頭を下げた。
「ああ、そういえば、あんた達の名前は?」
おじさんが聞くと、透が真っ先に答えた。
「わたしは真坂透です」
「私は夢里鈴良です」
続いて鈴良も名乗ったが、優志は黙っていた。
「…………」
すぐに優志が答えなかったので、鈴良は慌てて紹介した。
「それでこちらが野村優志くんです」
しかし、おじさんやサ―ラはさほど気にせず、
「ふんふん。マザ・カト―ル、ユメサト・スズラ、ノムラ・ユ―ジだな」
この村は名前がカタカナなので、おじさんはこんなふうに理解した。
透の名前の切り方が間違っているが、発音は同じなので透達は気付かない。
「オレはダン・ぺルだ。ダンと呼んでくれ」
ダンはそう名乗ると、
「サ―ラ、この子達を頼むぞ。じゃあな」
足早に出て行こうとした。
透と鈴良はお礼を言い、ダンはにこやかに出て行った。
「あら、2部屋しか空いてないわ」
サーラが宿泊リストを持って声をあげる。
そして3人に申し訳なさそうに言った。
「今ね、他にもたくさんお客さんが泊まってて、2部屋しか空いてないの。それで2人と1人に
 分かれてほしいんだけど」
「はい。わかりました」
鈴良がそう答え、透は考え始めた。
優志はそんな透達を見ながら、壁にもたれかかっていた。
そして、
んなの、決まってんだろ。
と思っていたが、面倒なので黙って見ていた。
それに絶対に自分が思った通りに判断すると思ったからだ。しかし…。
透はいろんな組み合わせを考えていた。
う―ん。わたしと鈴良ちゃんが一緒になると、優志くんが1人になっちゃうし、わたしが優志くんと一緒になると、鈴良ちゃんが1人になっちゃうし…。
悩む透をサ―ラと鈴良は微笑んで見ている。
鈴良は透が真剣に考えているので、結論が出るまで黙っていようと思ったのだ。
そしてサ―ラはみんなで答えを出すのを待っている。
そうだ!
透は決心した。
「決まったよ!」
やっと決まったのか…。
そんなのわかりきったことじゃね―か。悩むことないだろ。
優志はそう思いながらため息をついた。
しかし、透の結論は優志の考えとは違っていた。
「鈴良ちゃんと優志くんが一緒の部屋になればいいんだ」
みんなも1人になるのは嫌だし、わたしが我慢すればいいんだよね。
透がそう思って出した案だったのだが、優志はその言葉に足をすべらせ、そして大声で言った。
「どこがどうなってそうなるんだ―」
しかし、優志の叫びを誰も聞いていない。
「あ、大丈夫よ。私が1人部屋になるから」
鈴良がそう言ってるのを聞いて、無視されていた優志は怒った。
「俺の話を聞け―」
その声で透達一同が優志の方を向いた。
野村くん、怒ってるみたいね…。
鈴良はそう感じた。
優志は自分の考えを率直にのべた。
「お前達(とおるとうずら)が一緒の部屋になればいいだろ」
しかし透は意外な顔をして言った。
「え?優志くん、1人でいいの?」
優志は意外な問いに驚いたが、ひるまず言い返した。
「お前達仲いいんだからそうしろよ。俺はどっちとも仲良くね―んだから」
透はそう言われても、また聞き返した。
「夜、こわくないの?」
「こわくね―よ」
じゃあ、いっか…。優志くんもそう言ってるんだしね。
透は納得して、サ―ラに言った。
「じゃあ、そうお願いします」
サ―ラはそれを受けて、にっこり笑って言った。
「それでは部屋分けが出来たゆなので、それぞれの部屋に案内するわね」
あ!
その時、透は肝心なことを思い出した。
そして、それを申し訳なさそうに言った。
「あの、わたし達、お金持ってないんです」
その言葉に鈴良と優志もはっとした。
かばんはそれぞれ教室にあるし、今はみんなおじいさんから借りたリュックしか持っていない。
そんな状態なので、誰もお金を持っていなかった。
しかしサ―ラはきょとんとした顔をした。
「お金?お金ってなあに?」
その態度に3人とも驚いた。
そして、鈴良が思ったことを聞いてみた。
「この村にはお金がないんですか?」
サ―ラはうなずいて言った。
「ええ。見たことも聞いたこともないわ。何に使う物なの?」
透がたどたどしく説明する。
「え―と、食べ物をもらったり、こういう宿に泊まる時に渡す物で…」
そこまで聞くと、サ―ラは透達に優しく微笑んで言った。
「そんなものいらないのよ。
この村はみんなが食べられるだけの充分な食料があるし、私も好きでやってることだしね。
それと交換に物はいらないわ」
そんなサ―ラの態度に、3人は心を打たれた。
サ―ラって素敵な人だなあ。ううん、さっき会ったナコさんやダンもとってもいい人。
この村の人達ってとってもあったかいね。
透は感動してそう思った。
サ―ラは受付から階段へと行って、てすりに手をかけて3人を呼んだ。
「さあ、部屋に案内するからついてきて」
透、鈴良は小走りでサ―ラのところまで行った。
優志もその後をゆっくりついていく。
サ―ラは階段を昇って渡り廊下を渡る。
ふきぬけになっているので、渡り廊下からは、さっきいた入り口や受付などが見える。
透や鈴良はそんな1階を見ながら渡った。
廊下の奥には部屋が3つあった。
そのうちの2番目の部屋の前でサ―ラは立ち止まった。
ドアプレ―トには『5』と数字がふってある。
そしてサ―ラは簡単に説明を始めた。
「ここの宿はね、部屋が6つあるの。渡り廊下の向こう側に3つ、こっちに3つね」
カチャ
サ―ラが目の前のドアノブを回してドアを開けた。
「そしてこの5号室がカト―ルとスズラの部屋ね」
サ―ラもダン同様に名前を理解していた。

透は疑問に感じた。
今、わたしのことカト―ルって言った?
透が首をかしげている間に、鈴良とサ―ラは2人で話をしている。
「和室なんですね」
「ええ。夜は布団を敷いて寝てね」
そしてサ―ラは優志に向き直って、透達を振り返りながら言った。
「私はユ―ジを案内してくるわね。ユ―ジ、行きましょう」

透と鈴良は早速部屋に入ってみた。
中はとっても和風で、あまり物がないので2人は部屋を広く感じた。
真ん中のテーブルには、お茶セット(きゅうす、湯のみなど)とおせんべいが乗っている。
「なんだか旅館みたいだね」
透も鈴良もウキウキした気分だった。
鈴良が畳に腰をおろし、リュック、スケッチブックを置いた。
透も荷物をおろして座る。
そして鈴良に聞いた。
「これからどうする?まだ昼間だし、村の中を見てまわろうか?おじいさんに頼まれた絵も描かなきゃいけないし」
鈴良はうなずいてから、ほっと小さなため息をついた。
「うん。でも少し休んでからにしましょう。私、ちょっと疲れちゃった」
透もそう言われ、疲れを思い出した。
そんなに疲れるほど動いたわけでもなかったが、初めてのところで気を張っていたこともあって、疲れを感じたのだった。
「うん、わたしも」
透達がそんなことをしている間、優志は…。
優志はサ―ラに、透達の部屋の隣、6号室に案内された。
「ここがユ―ジの部屋よ。ここは洋室なの」
その部屋はベットなどがあるせいか、同じ広さなのに透達の部屋より大分狭く感じた。
特に何の反応も示さない優志に、サーラは何も気にした様子はない。
「何かあったら下に来てね」
微笑みを浮かべたまま立ち去った。
そして、透達の部屋の前で立ち止まった。
2人はお茶を飲んでゆっくりくつろいでいる。
そんな2人に、
「ユ―ジの部屋は隣の6号室よ。カトール達も何かあったら下に来てね」
と伝えると、2人はサ―ラを振り返って、元気に返事をした。
「はい、ありがとう。サ―ラ」


3─元気少女メミリー

「優志く―ん」
透が隣の優志の部屋のドアを開けると、優志はベットに横になっていた。
「優志くん、これから絵を描きにいこうと思うんだけど、一緒に行こうよ」
透は明るく誘ったが、優志は向こうを向いたまま1言言っただけだった。
「…俺はまだ疲れてるんだ」
そっか。
「じゃあ、待ってるから疲れが取れたら来てね」
透は納得して自分の部屋へと戻って行った。
「………………」
優志はしばらくゴロゴロしていたが、思い直した。
行きたくね―けど、行くか。
あのじいさん、確かここにいるのはスケッチブックがいっぱいになるまでとか言ってたし、描かないで俺だけ帰れなくても困るしな。
優志は起き上がると、スケッチブックを持って透達の部屋へ行った。
ドアは半分開いていたので、完全に開けて中にいた透と鈴良に言った。
「俺はもう行けるぞ」
しっかり準備している優志を見て、透はうれしくなった。
「!じゃあ、行こっか。鈴良ちゃん」
透は素早く反応すると、スケッチブックを持って立ち上がった。
鈴良も続いた。
「うん」

「じゃあ、行ってきます!」
サ―ラにそう元気に手を振り、村へと繰り出した透達。
とりあえず迷う心配のない、さっき通ったメインストリ―トを歩いていると、建物の前に立っていた人に声をかけられた。
その人は兄さんという感じの若い男の人で、離れたまま手を振りながら話しかけてきた。
「やあ。君達だろ?絵描き旅行者は」

3人は突然話しかけられて驚き、思わず立ち止まった。
「ダンに聞いたよ。じゃあこれからよろしくな」
その人はそう言って、すぐその建物の中に引っ込んだ。
急だったので、3人は何も返事ができなかった。
ちょっとびっくりしたが、また歩き出した透達は、今度は自分達よりちょっと上(高校生くらい)の女の子に声をかけられた。
「ねえねえ、あなた達でしょ?絵描きさんは」
前から走りよってきたその子は、3人にそう質問した。
「はい、そうですけど…」
鈴良がそう答えると、その子は瞳を輝かせた。
「すっご―い!うれしい。本を読んで憧れていた旅人さんに会えるなんて」
本?確かサ―ラも同じことを…。
鈴良がそう考えている間にもその子の話は続いている。
「私はメミリ―っていうの。ねえ、絵を描くなら最初はメインストリ―トを描いてくれない?」
「メインストリ―ト?」
透が聞き返す。透はこの通りがメインストリ―トだと知らなかったのだった。
メミリ―は張り切って説明する。
「私達が今いるこの通りのこと。この村の人みんながここに住んでるのよ」
そしてメミリ―は透達の後ろを指差した。3人は振り返る。
「あっちに森があってね。村の人みんなが遊びに行ったり、食料がたくさんあるとってもきれいなところもあるんだけど、最初はやっぱりこの通りを描いてほしいの。ね、お願い。
 描きやすいところに案内するから」
メミリ―のお願いに透は笑ってうなずいた。
「うん。いいよ。ね、いいよね?」
2人に聞くと、鈴良は笑って、優志は黙ってうなずいた。
「ちょうど今から絵を描こうと思ってたところなんです。じゃあ今から案内してもらえます?」
鈴良が聞くと、メミリ―は元気にうなずいた。
「もちろん」

メミリ―に着いて行くと、3人がついさっき入ってきたばかりの村の入り口で止まった。
「ちょっとここで待ってて」
そう言うとメミリ―は、右側で入り口から1番目の建物に入っていった。
その建物はログハウスで床が半階分高くなっており、家の正面に階段があった。
建物の右端には蛇口が備え付けてあった。
『トロルおじさん。イスを3脚貸して』
待ってる透達に中からメミリ―の声がかすかに聞こえてくる。
やがてメミリ―は小さなイスを3つ運び出してきた。
「さ、これに座って下さいな。おじさんが絵を描くにはこのイスが1番いいって」
そう言って、村の門の手前にイスを並べた。
「わざわざありがとう」
透がそうお礼を言うと、メミリ―はうれしそうに言った。
「こっちこそ、お願いを聞いてもらってるんだもの。本当にありがとう。」
3人はイスに座って、メミリ―はそれを満足そうに見ながらはっと思い出した。
「あ!そういえば、名前聞いてなかったわね」
3人も思い出した。
そういえばメミリ―のお願いの方に話が移ってしまい、自分達は名乗っていなかった。
「わたしは真坂透です」
「私は夢里鈴良です」
「俺は野村優志」
今度は優志もちゃんと名乗った。
「カト―ル、スズラ、ユ―ジ、ありがとう。また後でね!」
メミリ―は元気に駆け去って行った。
3人はそんなメミリ―を見送った。
「メミリ―って元気なお姉さんだね」
透のその言葉に鈴良と優志も同感だった。
なんとなく明里先輩に似てるわね。
あの積極的なところがそっくりだよな。
2人は内心そう思っていた。
「じゃあ、描こっか」
透がそう言って、3人は気持ちを切り替えてスケッチブックを開いた。
…と、優志が気が付いた。
「そういえば俺達、描くもの持ってないんじゃね―か?」
そう言われ、透と鈴良もはっとした。
「あ…………」
「………………」
黙る3人。
その中、鈴良は思いついた。
「そういえば、おじいさんにリュックもらったわよね。あの中に入ってるのかもしれないわ」
「ああ」
「なるほど」
透と優志は納得した。
「でも…、みんな部屋に置いてきちゃったわね」
鈴良が残念そうに言う。
3人ともスケッチブックしか持ってきていなかった。
「じゃあ、わたしがみんなのリュック持ってくるよ!」
透が張り切って立ち上がった。
「すぐ行ってくるから待ってて」
そんな透を見て、優志が声をかけた。
「あ、おい。1人で大丈夫かよ」
しかし、透は余裕の笑顔でうなずいた。
「平気、平気!わたし走るのは結構速いの」
そう言って、サ―ラの宿へと走っていった透。
優志はどちらかというと、1人で荷物を運ぶことを心配したのだが、透が駆けていく様子を見て感心した。
本当に早い。
そんな優志に、透と同じクラスでよく知ってる鈴良は説明した。
「透ちゃん、クラスで2番目に走るの速いのよ。それに美術部に入ってるけど、体力もちゃんとあるし」
「へえ」
優志はさらに感心した。

「はいっ!ただいま。持ってきたよ」
透は2人にそれぞれリュックを渡す。
「透ちゃん、ありがとう」
「悪いな」
2人がそれぞれお礼を言った。
「じゃあ開けてみよう」
透がイスに座ったところで、3人はリュックを開けてみた。
すると…。
優志は鉛筆と消しゴムが入っていた。
鈴良は12色の色鉛筆が出てきた。立派にケ―スに入っている。
透は水彩絵の具だった。
普段部活では、透も鈴良も水彩絵の具だった。
優志はあまり部活に出てこないが、たまに出るときは鉛筆だった。
つまり鈴良は部活の時と画材が違ったのだが、実と違って落ち込んだりはしなかった。
逆に色鉛筆を楽しそうに見ている。
透は水彩絵の具なので水が必要なため、一緒に入っていた水汲みバケツを持って、さっきメミリ―が入っていったお店を見た。
建物の柵に付いている蛇口を思い出したのだった。
透は立ち上がってその建物の方を向くと、鈴良達を振り返って言った。
「わたし、ここの人に水もらっていいかどうか聞いてくるね」
そして建物に向かった。

「こんにちは―。絵の具をとくために水が欲しいんですけれど、外の蛇口から少しもらってもいいですか?」
入り口で透が中に向かって大きな声で率直に聞くと、店の奥にいた人が答えてくれた。
「うん、いいよ。絵描きさん。あと、イスは絵が描き終わったら中に持ってきてね」
その人は30歳くらいの男の人だった。眼鏡をかけた優しそうなおじさん。
建物の中にはこの人しかいなかったので、この人がさっきメミリ―が言ってたトロルおじさんだと透はわかった。
その人に透はお礼を言った。
「はい。貸してもらってありがとうございます。お水いただきますね」
そうトロルおじさんに頭を下げて蛇口に水を汲みに行った。
そして透は鈴良達と絵を描き始めることができたのでした。

「できた!」
絵は3人ほぼ同じ頃できあがった。
優志もなんだかんだ言っていても、絵は真面目に描いていた。
3人とも完成した自分の絵を見ていると、突然、ポケットに入れていた電話が透の手に飛んできた。
「えっ、なに?」
透は驚きの声をあげる。
鈴良・優志も驚いて電話に注目した。
見ると、星型のボタンが光っている。
透は広げていたスケッチブックを閉じて、そのボタンを押した。
そして電話を手に持ったまま、返事をした。
「はい。透です」
するとすっごく元気な明里の声が聞こえてきた。
『透ちゃん?あたしだよ、明里』
わあ。明里先輩だ。
透は驚きながらもうれしかった。
『あたし達はね、結構楽しんでるよ。いい山なんだ。
 透ちゃん達はどんなところにいるの?』
透ははずんだ声で答える。
「わたし達は、おじいさんに村で絵を描くよう頼まれたんです。
 それで今、村の入り口で絵を描いてたんですよ」
すると実と星成の声も聞こえてきた。
『透先輩!元気そうですね』
「実くん、星成くん!」
透はさらにうれしくなる。
透にとって、先輩の明里も大好きだし、自分より年も背も小さい実と星成は仲間であり、弟のよう
な大事な存在なのだった。
「うん。とっても楽しいよ。村の人もいい人達だし」
透がそう話しているのを、鈴良は自分も明里達の声が聞けてうれしそうに見ていたが、優志はさっきまで機嫌が良かったのになぜか、楽しそうに話している透を見てまた不機嫌になってきた。
それで優志は鉛筆をリュックにしまい、スケッチブックを持って立ち上がった。
そしてさっききた道を黙って歩き始めた。
透は電話に夢中で気付かなかったが、鈴良はすぐに気付いた。
そして透に教えた。
「透ちゃん、野村くんが…」
透はその声で顔をあげると、歩き去っていく優志が見えたので慌てた。
「あっ!優志くん、待って!」
透がそう言ったものの、聞こえていないのか優志は立ち止まりも振り向きもせず、どんどん行ってしまう。
どうしよう。優志くんが行っちゃうよ。
でも電話が……。
少しの間迷ったが、透は優志を追いかけることにした。
そこで明里達に謝った。
「あの…、ごめんなさい。また後で電話してもいいですか?」
すると明里が明るく笑いながら言うのが聞こえてきた。
『あ。別に特別用があったわけじゃないから、そんなに気にしなくていいよ。でもひまがあったらぜひかけてちょうだい』
「じゃあ今夜かけますね。すみません」
そう最後に言って星型のボタンを押すと、光が消えた。
明里先輩達に悪いことしちゃったな。
でもとにかく優志くんを追いかけなくちゃ。
そう思って急いで道具をしまい、水が入ったバケツとスケッチブックを持って追いかけようとしたが、イスを返すことを思い出した。
「あ、イス返してこなきゃ」
そこでとうに道具をしまい終えて透を待っていた鈴良が、
「私がイス片付けてくるわ。あの店に持っていくんでしょ?
 あ、その水もなんとかしてくるから貸して」
そう言って透の水汲みバケツを受け取った。
そして透に笑顔でこう付け加えた。
「透ちゃんは足速いから、野村くんに追いついておいて。いなくなったら困るしね」
「うん、わかった。ごめんね」
透はうなずいて、優志を追いかけ、メインストリ―トを全速力で走った。

透はすぐに優志に追いついた。
優志の隣を歩きながら話しかける。
「優志くん、突然先に行っちゃうんだもん。びっくりしたよ」
透は少し怒ったふうに言ったが、優志はひょうひょうと答えた。
「長々と電話しそうだったし、待ってるの疲れるからな」
透は気持ちを切り替えて聞いた。
「それで、今どこに向かってるの?」
「宿」
あまりにもあっさりと言うので、透はびっくりして聞いた。
「え?もう帰るの?まだ来たばかりなのに」
優志は透の言ってる意味がわかって、説明する。
「村を見るにしても、とりあえず荷物は置いてこないとな。
 もう今日は絵を描いたんだし、これ、じゃまだろ?」
そう言って持っているスケッチブックを振った。
「あ、それもそうだね」
透は納得した。

優志はとあることを思い出した。
「ところで、『とおる』ってどういう字書くんだ?」
そういえば聞いてなかったけ。聞こうとしたらこの村に着いたんだよな。
突然聞かれて透は驚いたが、ちゃんと説明する。
「え?わたしの名前?透明の『透』だよ」
「それで透か」
優志は頭にその字を思い浮かべて納得すると、今度は鈴良のを聞いた。
「じゃあ、『うずら』はひらがなか?」
えっ!優志くん、まだ勘違いしてる。
「『うずら』じゃなくって『鈴良』ちゃんだよ!」
透は必死に言ったが、優志はまた…。
「?すずか?」
「違うってば―」
2人がそんなことを言い合っていると、鈴良が2人に追いついてきた。
「お待たせ!ちゃんと返してきたわよ。はい!透ちゃん」
鈴良はそう息をはずませて言うと、透に空になった水バケツを渡した。
「ありがとう」
お礼を言ってバケツを受け取る。
「それで…、どこに向かっているの?」
鈴良も同じことを聞くと、今度は透がしっかり答えた。
「サ―ラの宿に向かってるの。村を見て回るのに、荷物があるとじゃまだから置いてこようって優志くんが」

2001年1~5月制作
2/6ページ
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