からかさお化けと彦吉
☆からかさお化けの伝説☆
ぴょんっ ぴょんっ ぴょんぴょんぴょんっ
この町名物の からかさは
人を驚かすのが大好きで
ぴょん ぴょん ぴょん ぴょん
出てくるよ
ぴょんっ♪ ぴょんっ♪ ぴょんぴょんぴょんっ♪
この町名物の からかさは
仲良し彦吉が やってくると
ぴょんぴょんぴょんっと
家まで送ってく
まだ人が着物を着ていた頃のこと、ここ、ある下町の通りにまつわる話がある。
今と変わらず、その頃もいろいろな商店が軒を連ねていた。
しかし雨が降ると、人通りが少ないうえに、からかさお化けが出たそうな。
からかさをさして歩いていると、自分の仲間と思うのか、愉快な顔をしたからかさお化けがおどかしにやって来る。
人が自分に驚いて逃げていくのを、からかさお化けは喜んでいるようだった。
なんと、そのからかさお化けと仲良くなった若者がいたそうな。
さて、雨が降る中、この通りの店の軒下に25歳ほどの若者が立っていた。
若者は振り出したばかりの雨空を見てため息をつく。
「さっきまで降っていなかったのだが…」
若者は隣村から用事があって、この下町の通りの店に来たのだが、からかさを持っていないのだ。
しばらく軒下にいたが、若者は心を決めた。
「ええい、走って帰ろう!」
そう自分に言って勢いよく走り出す。
ぴょんっ ぴょんっ
そんな若者の前に、愉快な顔をしたからかさお化けが現れた。
からかさお化けは、からかさをさしていない人間の前にも現れるらしい。
普通なら逃げ出すところだ。
からかさお化けは、若者が驚くのを楽しみにしていた。
しかし若者は驚いた様子を見せず、からかさお化けをじっと見ていた。
そしてからかさお化けに話しかけた。
「これがうわさのからかさお化けか。
なあお前、かさになってくれないか?」
若者は細かいところにこだわらない性格だったらしい。
からかさお化けは、動くことはできても、話すことはできない。
若者の行動に驚いていたけれど、しかし逃げることもなく、その場に立っていた。
若者はそんなからかさお化けの様子を見て、同意したと思った。
そこでからかさお化けの足を持ってかさにすると、自分の村へと歩き始めた。
若者は明るい顔をして、からかさお化けに話し掛ける。
「おらは彦吉。この町の隣村に住んでるんや。
おらの家はかさを買う余裕はなくてなあ。だからお前がいてくれてうれしかったんよ」
からかさお化けは、彦吉の頭の上で静かに話を聞いている。
からかさお化けは、話さない、顔も変わらない、しかし彦吉に付き合っているのを嫌がってはいないようだった。
帰り道は誰にも会わず、彦吉達だけだった。
雨の音が聞こえる中、静かな時間だった。
家に着くと、からかさお化けを降ろしてお礼を言う彦吉。
「からかさ、ありがとうな。おかげでぬれずにすんだ」
からかさお化けの頭をぽんぽんとたたく。
ぴょんっ♪ ぴょんっ♪
からかさお化けはいつもよりもうれしそうにジャンプして帰っていったそうな。
△
からかさお化けは相変わらず人を驚かせていたが、変わったこともある。
彦吉に感謝されたのがよほどうれしかったらしい。
それとも1人ぼっちだったから、彦吉と一緒にいたかったのかもしれないなあ。
雨の中彦吉がやって来ると、からかさお化けはすぐに跳んでいった。
「からかさ、来てくれたんか!」
そして彦吉のかさになったそうな。
彦吉もそのうちからかさを買う余裕ができたのだが、からかさお化けが来てくれるので、かさは生涯買わなかったそうな。
時代は変わり、からかさをさす人もなくなり、通りは姿を変えた。
しかし今でも、雨の日かさを持っていない人の前に、愉快な顔をしたからかさお化けはあらわれるそうな。
もし逃げたりしないで話し掛ける勇気があれば、お前さんもそのからかさお化けと友達になれるかもしれんよ。
からかさお化けと彦吉が出会って、半年ほど経った頃のこと。
ある日彦吉が喜びを顔いっぱいに表して、からかさお化けに報告した。
「からかさー。おら、ついに結婚が決まったんよ。
相手はお菊ちゃん。かわいい子でな、小さい頃から大好きだったから、うれしくてうれしくて」
その言葉通りうれしさのあまり、からかさお化けをぎゅっと後ろから抱きしめる。
家も歳も近くて、小さい頃から仲がよかったお菊さんと、彦吉は結婚することに決まったばかりだった。
それをからかさお化けに今日会って、真っ先に報告したのである。
からかさお化けは、結婚とか、かわいいとかよくわからない。
でも彦吉が幸せそうだからうれしかった。
しかしここで問題が一つあった。
彦吉は落ち着きを取り戻して、そのことを考える。
(お菊ちゃんと結婚する前に、友達のからかさのことを紹介せなあかんな。)
噂ではこのからかさお化けは、今二人がいるこの通りに「雨の時にだけ」現れる妖怪だった。
今日は曇り空だが、まだ雨は降っていない。
それでもこうやって会っているくらい、彦吉はからかさお化けと仲良くなっていたのである。
彦吉はこのからかさお化けが大好きだった。
からかさお化けも自分から飛び出してくる辺り、彦吉をとても気に入っているのがわかる。
彦吉が話すのをからかさお化けが聞いているという関係だが、二人はすっかり友達だった。
そんな大事な友達と、自分の奥さんとなる人に黙って付き合っているわけにはいかない。
彦吉はそう考えていた。
(町の名物妖怪と知り合いだっていったら、お菊ちゃんなんていうやろか。
どう思われるかわからんけど、隠しているわけにはいかんからな。
ーーーとりあえず結婚するまでには…ということにしよう。)
やはりいい出しにくいことなので、彦吉はそうわりとのんびり考えていた。
そして彦吉は、大事なからかさお化けをみつめていった。
「お菊ちゃんも、お前を好きにぬってくれるといいんやけどなあ」
「彦吉さん、困ってるやろなあ」
お菊さんは唐傘を持って、町の通りを走っている。
ちょうどここは、からかさお化けが出没するといわれている場所だった。
お菊さんが彦吉の家を訪ねると、町に用を足しに行ったと伝えられた。
それなのに小雨が降ってきたので、心配して迎えに来たのだ。
お菊さんの家は彦吉の家よりは裕福で、唐傘が一本あるのだった。
雨雲のせいで町は薄暗く、少し心細い思いもある。
だがまさか本当に出るとは思っていないお菊さんは、頑張って彦吉を探して走る。
そして通りの向こうからこちらに歩いてくる、彦吉の姿を見つけた。
「あっ。彦吉さん」
お菊さんは安心した顔になって、その彦吉に声をかけようとした。
しかしその彦吉は不思議と傘を差していた。
(?彦吉さんは唐傘持ってないはずやのに…。)
不思議に思ってよくみてみると、その唐傘には目と口が付いていた。
(あれは…!)
お菊さんは見たことはないが、噂で聞いた姿に、それが何なのかわかった。
驚きのあまり唐傘を落としてしまう。
そして勢いで彦吉の前に飛び出すと、強い口調でいった。
「彦吉さんが、なんで妖怪と一緒におると⁉︎」
彦吉の方も、そう突然現れたお菊さんにいわれて驚いた。
そして彦吉が何も答える間もなく、すぐにお菊さんはきびすを返して走っていってしまった。
(お菊ちゃんに紹介する前にみつかってしまった…!)
一方彦吉も今の出来事が衝撃的で、からかさお化けから手を離していた。
しかし突然離されても、からかさお化けは器用に着地する。
彦吉はそれからしばらくたたずんでいたが、ついには落ち込んでしゃがみこんでしまった。
からかさお化けは心配して、そんな彦吉の周りをぴょんぴょん跳ぶ。
彦吉はぼんやりとつぶやいた。
「もうお菊ちゃんとの結婚は、無理になってしまったかもしれんなあ。
何ですぐに、自分からきちんと紹介できなかったんやろ。
そうしたら、こういうふうにはならなかったんになあ」
もし彦吉から紹介していたなら、今のようにいわれたとしても、からかさお化けのことをよく思われなかったとしても、答えることはできただろう。
からかさお化けはいい妖怪で、周りから何といわれようとも、彦吉は大好きだと思っていると。
しかし準備ができていなかった今は、何もいうことができなかった。
お菊さんに自分からは全く伝えられなかったことが、彦吉は悲しかった。
それでも彦吉は寂しげな笑顔を浮かべて、今度はそのからかさお化けに向かっていう。
「からかさ、お前のせいやないからな。おらの方からお前に声をかけたんやし」
そういう通り、からかさお化けと友達になるのを望んだのも彦吉の方からだった。
だから今回の出来事は、どこを取っても自分が蒔いた種。
からかさお化けのせいとは、本当に思っていなかった。
そのからかさお化けは、人が驚いて逃げていくのを見るのは大好きだった。
でもそのことによって、大好きな友達の彦吉が悲しそうなのはうれしくない。
…ーーーしばらく小雨にうたれているうちに、彦吉の頭は冷えてきた。
立ち上がってから、しっかりとした気持ちになっていう。
「…何を弱気なこというとったんやろ。おらはまだお菊ちゃんに何も話してないやないか。
からかさ、今日はもうちょっとおらに付き合ってな」
そう決意した時には、雨もポツポツと落ちてくる程度になって、傘を差す必要もなくなっていた。
彦吉はお菊さんの落としていった傘が目に入り、拾う。
そして村に向かって勇み足で歩き出す。
そんな彦吉の後ろを、からかさお化けはぴょんぴょん跳んでついていくのだった。
(彦吉さんが妖怪とおったなんて、とても信じられんわ。
うち、あの時どうかしてて、幻でも見たんやね。)
家に戻ってきたお菊さんは、そう自分を落ち着かせていた。
お菊さんの家族は今ちょうど家を出ている時で、お菊さん一人きりだった。
しばらくすると、そこに彦吉がずぶ濡れの姿で訪ねてきた。
その様子を見て、お菊さんは慌てる。
「彦吉さん、こんなに濡れて…」
そう心配しながらも、心の底では安心していた。
(やっぱりからかさお化けを差していたなんていうのは、見間違いだったんね。
もしあれが本当だったら、こんなにびしょ濡れになっているわけないもの)
事実濡れたのは、お菊さんが去って、からかさお化けを差す余裕がなくなってからなのだが…。
彦吉はいつも通りの優しい顔をして、まずお菊さんが忘れていった唐傘を渡す。
「さっきお菊ちゃん、大事な唐傘忘れてったやろ」
さっきまで気が動転していて、お菊さんはすっかり忘れていた。
そういわれてやっと思い出す。
「そういえばそうやったわ。彦吉さん、届けてくれてありがとう」
お菊さんは唐傘を受け取ると、丁寧に片付ける。
彦吉は心を決めて、そんなお菊さんに、穏やかさの中にまじめさが入った表情できりだした。
「それから今日は、お菊ちゃんに友達を紹介しようと思ってな…」
「友達?誰?」
さっき目撃したとこはいえ、まさかそのからかさお化けが友達だとは考えていない。
お菊さんが瞳を丸くして、不思議そうに彦吉を見る。
するとその後ろから、あのからかさお化けが跳び出した。
お菊さんはびっくりして叫ぶ。
「本当にいた!彦吉さん、妖怪に取り憑かれてる!」
そんな怖がるお菊さんとは対照的に、彦吉は首を振って落ち着いていう。
「取り憑かれてはおらん。友達になったんや」
「このからかさお化けと友達?」
妖怪と友達なんて信じられない話に、お菊さんは尋ね返した。
彦吉はからかさお化けの傘に手を乗せて、明るい顔でいう。
「このからかさお化けは、おもしろがって人を驚かしたりもするけど、いいやつなんや。
な、からかさ。お菊ちゃんにあいさつしてみい」
からかさお化けはそういわれて、お菊さんの前にジャンプする。
お菊さんはびっくりして後ろに引く。
そしておびえた表情のまま、その姿勢で止まってしまう。
からかさお化けが元気に跳び回ってみても、お菊さんの様子は変わらなかった。
それを見て、彦吉はため息をつく。
(やっぱり無理なんやろうか。)
さっきまで頑張って作っていた明るい表情もしおれてしまう。
いわれた通りにやったからかさお化けは、彦吉が喜んでいるかと思って、後ろを振り返った。
しかし彦吉は肩を落としている。
からかさお化けもそんな彦吉の様子にがっかりして、傘が前かがみになる。
そんなからかさお化けを、お菊さんはじーっとみていた。
(あら?そんなには違ってないけど、よくよく見るとさっきと表情が変わっているような…?
さっきは笑っているように見えたのに、もしかして今はしょげていると⁉︎)
妖怪がこんなことでしょげている。
そうわかると、お菊さんは楽しくなってきた。
(なんや、気持ちは人と近いんやなあ。そんなに怖いものやないんや。)
お菊さんは思い切って、そーっとからかさお化けの傘にさわってみる。
からかさお化けは不思議そうな顔をして、その間じーっとしている。
彦吉はそんなお菊さんの姿を見て、安心の笑顔になった。
お菊さんがからかさお化けに興味を示してくれたことが、とてもうれしかったのだ。
お菊さんが手を離すと、からかさお化けはまた彦吉を振り返る。
すると今度は、彦吉がとてもうれしそうだった。
からかさお化けもうれしくなって、その場でぴょんぴょんと跳ねる。
そんなからかさお化けに対して、お菊さんはすっかり怖い気持ちがなくなった。
(妖怪っていっても、このからちゃんはええ子なんやなあ。
素直やし、そんなに彦吉さんが大好きなんや。)
そうわかったお菊さんは、にっこりと笑顔になって彦吉にいった。
「ほんまに彦吉さんのええ友達やね。
よろしくな、からちゃん。うちは菊や」
そう優しく話しかけられて、からかさお化けはまたうれしくなった。
さっきよりも高くぴょんぴょんと跳ぶ。
彦吉はお菊さんとからかさお化けが仲良くなれて、一安心だった。
こうして、からかさお化けにまた友達ができた。
町へと帰っていくからかさお化けを、彦吉とお菊さんの二人で見送る。
二人とも晴れやかな気持ちだった。
彦吉はからかさお化けをお菊さんに紹介できて、心のひっかかりがなくなった。
そのうえお菊さんが、そのからかさお化けを気に入ってくれた。
そのうえお菊さんが、そのからかさお化けを気に入ってくれた。
お菊さんは、素直で愉快な妖怪の存在を知ったうえに、仲良くなることができた。
今回のことはそれぞれにとって、予想外のいい出来事だった。
そして一息ついたお菊さんは、彦吉がまだ濡れていたのを思い出した。
それで持っていた布で拭く。
「彦吉さん、濡れたままで。風邪でも引いたら困るやないの。
これから一家の大黒柱になる人なんやから、体を大事にしてや」
その言葉で彦吉は、お菊さんとの結婚の話がなくならなかったことにも気付いた。
彦吉はそれに深い喜びを感じるのだった。
そんな彦吉に、お菊さんは空を見上げて教える。
「見て!からちゃんの行った方に虹が出とる」
からかさお化けの帰っていった町の上に、虹がくっきりとかかっている。
そのきれいな七色が、彦吉にもお菊さんにも、二人の未来のようにみえました。
めでたし、めでたし。
ぴょんっ ぴょんっ ぴょんぴょんぴょんっ
この町名物の からかさは
人を驚かすのが大好きで
ぴょん ぴょん ぴょん ぴょん
出てくるよ
ぴょんっ♪ ぴょんっ♪ ぴょんぴょんぴょんっ♪
この町名物の からかさは
仲良し彦吉が やってくると
ぴょんぴょんぴょんっと
家まで送ってく
まだ人が着物を着ていた頃のこと、ここ、ある下町の通りにまつわる話がある。
今と変わらず、その頃もいろいろな商店が軒を連ねていた。
しかし雨が降ると、人通りが少ないうえに、からかさお化けが出たそうな。
からかさをさして歩いていると、自分の仲間と思うのか、愉快な顔をしたからかさお化けがおどかしにやって来る。
人が自分に驚いて逃げていくのを、からかさお化けは喜んでいるようだった。
なんと、そのからかさお化けと仲良くなった若者がいたそうな。
さて、雨が降る中、この通りの店の軒下に25歳ほどの若者が立っていた。
若者は振り出したばかりの雨空を見てため息をつく。
「さっきまで降っていなかったのだが…」
若者は隣村から用事があって、この下町の通りの店に来たのだが、からかさを持っていないのだ。
しばらく軒下にいたが、若者は心を決めた。
「ええい、走って帰ろう!」
そう自分に言って勢いよく走り出す。
ぴょんっ ぴょんっ
そんな若者の前に、愉快な顔をしたからかさお化けが現れた。
からかさお化けは、からかさをさしていない人間の前にも現れるらしい。
普通なら逃げ出すところだ。
からかさお化けは、若者が驚くのを楽しみにしていた。
しかし若者は驚いた様子を見せず、からかさお化けをじっと見ていた。
そしてからかさお化けに話しかけた。
「これがうわさのからかさお化けか。
なあお前、かさになってくれないか?」
若者は細かいところにこだわらない性格だったらしい。
からかさお化けは、動くことはできても、話すことはできない。
若者の行動に驚いていたけれど、しかし逃げることもなく、その場に立っていた。
若者はそんなからかさお化けの様子を見て、同意したと思った。
そこでからかさお化けの足を持ってかさにすると、自分の村へと歩き始めた。
若者は明るい顔をして、からかさお化けに話し掛ける。
「おらは彦吉。この町の隣村に住んでるんや。
おらの家はかさを買う余裕はなくてなあ。だからお前がいてくれてうれしかったんよ」
からかさお化けは、彦吉の頭の上で静かに話を聞いている。
からかさお化けは、話さない、顔も変わらない、しかし彦吉に付き合っているのを嫌がってはいないようだった。
帰り道は誰にも会わず、彦吉達だけだった。
雨の音が聞こえる中、静かな時間だった。
家に着くと、からかさお化けを降ろしてお礼を言う彦吉。
「からかさ、ありがとうな。おかげでぬれずにすんだ」
からかさお化けの頭をぽんぽんとたたく。
ぴょんっ♪ ぴょんっ♪
からかさお化けはいつもよりもうれしそうにジャンプして帰っていったそうな。
△
からかさお化けは相変わらず人を驚かせていたが、変わったこともある。
彦吉に感謝されたのがよほどうれしかったらしい。
それとも1人ぼっちだったから、彦吉と一緒にいたかったのかもしれないなあ。
雨の中彦吉がやって来ると、からかさお化けはすぐに跳んでいった。
「からかさ、来てくれたんか!」
そして彦吉のかさになったそうな。
彦吉もそのうちからかさを買う余裕ができたのだが、からかさお化けが来てくれるので、かさは生涯買わなかったそうな。
時代は変わり、からかさをさす人もなくなり、通りは姿を変えた。
しかし今でも、雨の日かさを持っていない人の前に、愉快な顔をしたからかさお化けはあらわれるそうな。
もし逃げたりしないで話し掛ける勇気があれば、お前さんもそのからかさお化けと友達になれるかもしれんよ。
からかさお化けと彦吉が出会って、半年ほど経った頃のこと。
ある日彦吉が喜びを顔いっぱいに表して、からかさお化けに報告した。
「からかさー。おら、ついに結婚が決まったんよ。
相手はお菊ちゃん。かわいい子でな、小さい頃から大好きだったから、うれしくてうれしくて」
その言葉通りうれしさのあまり、からかさお化けをぎゅっと後ろから抱きしめる。
家も歳も近くて、小さい頃から仲がよかったお菊さんと、彦吉は結婚することに決まったばかりだった。
それをからかさお化けに今日会って、真っ先に報告したのである。
からかさお化けは、結婚とか、かわいいとかよくわからない。
でも彦吉が幸せそうだからうれしかった。
しかしここで問題が一つあった。
彦吉は落ち着きを取り戻して、そのことを考える。
(お菊ちゃんと結婚する前に、友達のからかさのことを紹介せなあかんな。)
噂ではこのからかさお化けは、今二人がいるこの通りに「雨の時にだけ」現れる妖怪だった。
今日は曇り空だが、まだ雨は降っていない。
それでもこうやって会っているくらい、彦吉はからかさお化けと仲良くなっていたのである。
彦吉はこのからかさお化けが大好きだった。
からかさお化けも自分から飛び出してくる辺り、彦吉をとても気に入っているのがわかる。
彦吉が話すのをからかさお化けが聞いているという関係だが、二人はすっかり友達だった。
そんな大事な友達と、自分の奥さんとなる人に黙って付き合っているわけにはいかない。
彦吉はそう考えていた。
(町の名物妖怪と知り合いだっていったら、お菊ちゃんなんていうやろか。
どう思われるかわからんけど、隠しているわけにはいかんからな。
ーーーとりあえず結婚するまでには…ということにしよう。)
やはりいい出しにくいことなので、彦吉はそうわりとのんびり考えていた。
そして彦吉は、大事なからかさお化けをみつめていった。
「お菊ちゃんも、お前を好きにぬってくれるといいんやけどなあ」
「彦吉さん、困ってるやろなあ」
お菊さんは唐傘を持って、町の通りを走っている。
ちょうどここは、からかさお化けが出没するといわれている場所だった。
お菊さんが彦吉の家を訪ねると、町に用を足しに行ったと伝えられた。
それなのに小雨が降ってきたので、心配して迎えに来たのだ。
お菊さんの家は彦吉の家よりは裕福で、唐傘が一本あるのだった。
雨雲のせいで町は薄暗く、少し心細い思いもある。
だがまさか本当に出るとは思っていないお菊さんは、頑張って彦吉を探して走る。
そして通りの向こうからこちらに歩いてくる、彦吉の姿を見つけた。
「あっ。彦吉さん」
お菊さんは安心した顔になって、その彦吉に声をかけようとした。
しかしその彦吉は不思議と傘を差していた。
(?彦吉さんは唐傘持ってないはずやのに…。)
不思議に思ってよくみてみると、その唐傘には目と口が付いていた。
(あれは…!)
お菊さんは見たことはないが、噂で聞いた姿に、それが何なのかわかった。
驚きのあまり唐傘を落としてしまう。
そして勢いで彦吉の前に飛び出すと、強い口調でいった。
「彦吉さんが、なんで妖怪と一緒におると⁉︎」
彦吉の方も、そう突然現れたお菊さんにいわれて驚いた。
そして彦吉が何も答える間もなく、すぐにお菊さんはきびすを返して走っていってしまった。
(お菊ちゃんに紹介する前にみつかってしまった…!)
一方彦吉も今の出来事が衝撃的で、からかさお化けから手を離していた。
しかし突然離されても、からかさお化けは器用に着地する。
彦吉はそれからしばらくたたずんでいたが、ついには落ち込んでしゃがみこんでしまった。
からかさお化けは心配して、そんな彦吉の周りをぴょんぴょん跳ぶ。
彦吉はぼんやりとつぶやいた。
「もうお菊ちゃんとの結婚は、無理になってしまったかもしれんなあ。
何ですぐに、自分からきちんと紹介できなかったんやろ。
そうしたら、こういうふうにはならなかったんになあ」
もし彦吉から紹介していたなら、今のようにいわれたとしても、からかさお化けのことをよく思われなかったとしても、答えることはできただろう。
からかさお化けはいい妖怪で、周りから何といわれようとも、彦吉は大好きだと思っていると。
しかし準備ができていなかった今は、何もいうことができなかった。
お菊さんに自分からは全く伝えられなかったことが、彦吉は悲しかった。
それでも彦吉は寂しげな笑顔を浮かべて、今度はそのからかさお化けに向かっていう。
「からかさ、お前のせいやないからな。おらの方からお前に声をかけたんやし」
そういう通り、からかさお化けと友達になるのを望んだのも彦吉の方からだった。
だから今回の出来事は、どこを取っても自分が蒔いた種。
からかさお化けのせいとは、本当に思っていなかった。
そのからかさお化けは、人が驚いて逃げていくのを見るのは大好きだった。
でもそのことによって、大好きな友達の彦吉が悲しそうなのはうれしくない。
…ーーーしばらく小雨にうたれているうちに、彦吉の頭は冷えてきた。
立ち上がってから、しっかりとした気持ちになっていう。
「…何を弱気なこというとったんやろ。おらはまだお菊ちゃんに何も話してないやないか。
からかさ、今日はもうちょっとおらに付き合ってな」
そう決意した時には、雨もポツポツと落ちてくる程度になって、傘を差す必要もなくなっていた。
彦吉はお菊さんの落としていった傘が目に入り、拾う。
そして村に向かって勇み足で歩き出す。
そんな彦吉の後ろを、からかさお化けはぴょんぴょん跳んでついていくのだった。
(彦吉さんが妖怪とおったなんて、とても信じられんわ。
うち、あの時どうかしてて、幻でも見たんやね。)
家に戻ってきたお菊さんは、そう自分を落ち着かせていた。
お菊さんの家族は今ちょうど家を出ている時で、お菊さん一人きりだった。
しばらくすると、そこに彦吉がずぶ濡れの姿で訪ねてきた。
その様子を見て、お菊さんは慌てる。
「彦吉さん、こんなに濡れて…」
そう心配しながらも、心の底では安心していた。
(やっぱりからかさお化けを差していたなんていうのは、見間違いだったんね。
もしあれが本当だったら、こんなにびしょ濡れになっているわけないもの)
事実濡れたのは、お菊さんが去って、からかさお化けを差す余裕がなくなってからなのだが…。
彦吉はいつも通りの優しい顔をして、まずお菊さんが忘れていった唐傘を渡す。
「さっきお菊ちゃん、大事な唐傘忘れてったやろ」
さっきまで気が動転していて、お菊さんはすっかり忘れていた。
そういわれてやっと思い出す。
「そういえばそうやったわ。彦吉さん、届けてくれてありがとう」
お菊さんは唐傘を受け取ると、丁寧に片付ける。
彦吉は心を決めて、そんなお菊さんに、穏やかさの中にまじめさが入った表情できりだした。
「それから今日は、お菊ちゃんに友達を紹介しようと思ってな…」
「友達?誰?」
さっき目撃したとこはいえ、まさかそのからかさお化けが友達だとは考えていない。
お菊さんが瞳を丸くして、不思議そうに彦吉を見る。
するとその後ろから、あのからかさお化けが跳び出した。
お菊さんはびっくりして叫ぶ。
「本当にいた!彦吉さん、妖怪に取り憑かれてる!」
そんな怖がるお菊さんとは対照的に、彦吉は首を振って落ち着いていう。
「取り憑かれてはおらん。友達になったんや」
「このからかさお化けと友達?」
妖怪と友達なんて信じられない話に、お菊さんは尋ね返した。
彦吉はからかさお化けの傘に手を乗せて、明るい顔でいう。
「このからかさお化けは、おもしろがって人を驚かしたりもするけど、いいやつなんや。
な、からかさ。お菊ちゃんにあいさつしてみい」
からかさお化けはそういわれて、お菊さんの前にジャンプする。
お菊さんはびっくりして後ろに引く。
そしておびえた表情のまま、その姿勢で止まってしまう。
からかさお化けが元気に跳び回ってみても、お菊さんの様子は変わらなかった。
それを見て、彦吉はため息をつく。
(やっぱり無理なんやろうか。)
さっきまで頑張って作っていた明るい表情もしおれてしまう。
いわれた通りにやったからかさお化けは、彦吉が喜んでいるかと思って、後ろを振り返った。
しかし彦吉は肩を落としている。
からかさお化けもそんな彦吉の様子にがっかりして、傘が前かがみになる。
そんなからかさお化けを、お菊さんはじーっとみていた。
(あら?そんなには違ってないけど、よくよく見るとさっきと表情が変わっているような…?
さっきは笑っているように見えたのに、もしかして今はしょげていると⁉︎)
妖怪がこんなことでしょげている。
そうわかると、お菊さんは楽しくなってきた。
(なんや、気持ちは人と近いんやなあ。そんなに怖いものやないんや。)
お菊さんは思い切って、そーっとからかさお化けの傘にさわってみる。
からかさお化けは不思議そうな顔をして、その間じーっとしている。
彦吉はそんなお菊さんの姿を見て、安心の笑顔になった。
お菊さんがからかさお化けに興味を示してくれたことが、とてもうれしかったのだ。
お菊さんが手を離すと、からかさお化けはまた彦吉を振り返る。
すると今度は、彦吉がとてもうれしそうだった。
からかさお化けもうれしくなって、その場でぴょんぴょんと跳ねる。
そんなからかさお化けに対して、お菊さんはすっかり怖い気持ちがなくなった。
(妖怪っていっても、このからちゃんはええ子なんやなあ。
素直やし、そんなに彦吉さんが大好きなんや。)
そうわかったお菊さんは、にっこりと笑顔になって彦吉にいった。
「ほんまに彦吉さんのええ友達やね。
よろしくな、からちゃん。うちは菊や」
そう優しく話しかけられて、からかさお化けはまたうれしくなった。
さっきよりも高くぴょんぴょんと跳ぶ。
彦吉はお菊さんとからかさお化けが仲良くなれて、一安心だった。
こうして、からかさお化けにまた友達ができた。
町へと帰っていくからかさお化けを、彦吉とお菊さんの二人で見送る。
二人とも晴れやかな気持ちだった。
彦吉はからかさお化けをお菊さんに紹介できて、心のひっかかりがなくなった。
そのうえお菊さんが、そのからかさお化けを気に入ってくれた。
そのうえお菊さんが、そのからかさお化けを気に入ってくれた。
お菊さんは、素直で愉快な妖怪の存在を知ったうえに、仲良くなることができた。
今回のことはそれぞれにとって、予想外のいい出来事だった。
そして一息ついたお菊さんは、彦吉がまだ濡れていたのを思い出した。
それで持っていた布で拭く。
「彦吉さん、濡れたままで。風邪でも引いたら困るやないの。
これから一家の大黒柱になる人なんやから、体を大事にしてや」
その言葉で彦吉は、お菊さんとの結婚の話がなくならなかったことにも気付いた。
彦吉はそれに深い喜びを感じるのだった。
そんな彦吉に、お菊さんは空を見上げて教える。
「見て!からちゃんの行った方に虹が出とる」
からかさお化けの帰っていった町の上に、虹がくっきりとかかっている。
そのきれいな七色が、彦吉にもお菊さんにも、二人の未来のようにみえました。
めでたし、めでたし。
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